「あらあら、光流くん。今日は一段と可愛いわね。じゃあ愁くん、光流くんをよろしくね。うちにもまた泊まりに来てくれるかしら?」
「近々お伺いします。じゃあ、光流借りていきますね!」
美咲に手を振り、外に出る。最寄駅で電車に乗ってショッピングモールのある駅で降りた。
「凄い人だね」
「休日だから余計にじゃない?」
「へえ、そうなんだ。愁はどのショップに行きたいの?」
家を出る前から中々視線を合わせてくれない愁の顔を覗き込むとまた顔を赤められてしまった。今日の愁の照れるツボはよく分からない。
「ねえ、僕やっぱり変なんじゃない? さっきから周囲からの視線がいつもと違ってて落ち着かないって言うか……」
「変じゃないよ……変というか、可愛い」
「ふふ、気を遣ってくれなくて良いのに」
自分の事は自分が一番よく分かっている。
「そんなんじゃ……」
「愁、これは? なんか愁にめちゃ似合いそう!」
愁の手を引いてショップの中に入る。マネキンが着ていた服を探して愁に合わせると、マネキンよりも様になっていた。
——来て良かった! 真剣な表情で服選びする推し尊い!
目頭を押さえて歓喜に震える。普通にシャッターを切るだけじゃ物足りなくてバーストで収める。
「ちょ、バーストはやめて!」
「だってかっこいい」
「光流って感じするけど。それじゃお店の人にもお客さんにも迷惑かかっちゃうでしょ?」
ハッと我に返って「すみませんでした」と言ってバッグにスマホをしまった。
興奮し過ぎていて周りが見えていなかったようだ。肩を落としていると、さっき自分が選んだ服だけを買った愁に手を引かれて店を出る。
「ごめんね。他の服は良かったの?」
「光流が選んでくれたやつだけでいいよ。もっとゆっくりできるとこ行こう?」
——手……。
意識が一点に集中していき、顔が火照り出す。意識してしまうともうダメで、手に心臓でもあるかのように脈打ち出した。
——手を繋いで歩くとか、本当にデートみたいだ。
愁は揶揄っているだけかもしれないけれど、自分にとっては初めての経験なのもあって面映い気持ちになった。
時折り、愁の顔を盗み見る。照れるわけでもなく、疑問にも感じて無さそうな表情をしていたので、こんなに緊張しているのはフェアじゃない気がしてきた。
——愁ってズルいよね。
でも、カッコいい。ズルい……かっこいい。また堂々巡りだ。推しにはどう足掻いたって勝てる気がせずに諦める。
そもそも勝手にドデカ感情を抱いているのは自分だけなのだから仕方ない。分からないように深く息を吐き出した。
いくつかショップを渡り歩いて服を買った後でフードコートで昼食を食べていると、三人連れの女子グループに声をかけられた。
「こんにちは。綺麗な色ですね、染めてるんですか?」
愁の髪の毛に自然な動作で女の子の細い指が緩くかかる。
「地毛だよ」
目的は愁なのだろうけど、愁があまり喋らないからかこっちにまで話を振られる。いわゆる逆ナンと呼ばれるものかもしれない。初めてなのでこれをそう呼んでいいのかは分からないけど。
「一緒に遊びに行きませんか?」
「え、あの……」
こういうのは初めてでしどろもどろになってしまった。クラスの女子なら話すのは慣れてきたけれど、全く知らない人とどう接していいのかも分からずに、喋るのがツラくてドリンクを手に取る。
「ごめんね、オレたち恋人同士で今デート中だから遠慮してくれる?」
「ごふっ」
今まで見たこともないくらいに爽やかな笑顔を浮かべて言った愁を見て、思わず飲んでいたジュースを吹く。
——恋人……っ。てか、何でジュース飲んでたの僕。今のキラキラ笑顔を撮りたかった……。
せっかくのジュースももったいない。二口分は損した。せっかく愁が買ってくれたのに。
貰った服に掛かっていなかっただけでも良しとする。
「光流大丈夫?」
聞きながらも笑っているので、大して心配はしていなさそうだ。その間に女子たちはそそくさと去って行ってしまった。
「心配してないくせに」
「うん、ごめんね。面白かった」
フルフルと肩を震わせて笑っている愁の頭に手を伸ばす。「何?」と視線で訴えかけてくるのを無視して、さっき女の子に触れられていたあたりの髪の毛に指を絡める。
「僕以外が愁に触れるのって……なんか嫌だなって思って」
唖然とした顔をされたので、今更ながらしまったと後悔した。
「あ……ごめんなさい、何でもないよ。今のは変な意味じゃないから! だから気にしないで」
ヘラリと曖昧に笑ってみせる。いつものように話題を逸らそう。ネタを探す為に左右に視線を巡らせた。が、先に次の話題を振ったのは愁だった。
「食べたらここ出て別のショップ行ってもいい?」
「うん、どこでもいいよ。僕は愁が行きたいとこに行きたい」
今まで興味もなかったというのもあり、ファッション系統にはかなり疎い。今日の服装だって愁からの貰い物で、しかも組み合わせたのも愁だ。
——あれ? でもサイズが僕にピッタリなのはどうしてだろう?
愁との体格差を考えてみても、お下がりがピッタリな筈がない。推しが尊過ぎて写真を撮っていたのもあって疑問にも感じていなかった。
「愁、服ってさ……」
「そろそろ行こうか?」
愁が二人分のトレイを持って立ち上がる。話し出したタイミングが被ってしまい、真相は聞きそびれた。
それから場所を移動して色んなショップを渡り歩いていく。愁自身の服だけじゃなくこちらの服まで買い始めたから焦った。
「修学旅行で必要でしょ?」
「そうなんだけど……。あとでレシートちょうだい? ちゃんと返すから」
「光流、今度はあそこにしよう?」
はぐらかされ、手を引かれる。また手を繋がれるとつんのめって転けそうになってしまった。
「ごめんね。大丈夫だった?」
「うん、平気」
——そんな軽々と受け止めないで……。
距離が近過ぎて心臓に悪い。近距離で拝む推しの顔はもはや凶器に等しい。
——僕はきっとこのご尊顔を拝む為に生きてきた。
心の中で深く頷く。それからは手もずっと繋がれたままで歩くペースも落とされた。恐らくは合わせてくれたのだろう。
「オレ、デートってした事ないから舞い上がっちゃって相手に合わせるの忘れてた。ちゃんと検索して勉強したんだけど……上手く出来なくてごめんね。足とかしんどくない?」
「ううん、大丈夫。愁は? しんどくない? その前に僕と一緒で退屈じゃない?」
大きく瞬きされる。
「光流と一緒にいて退屈なわけないじゃん。すっごい楽しい」
——無邪気な笑顔っ、尊すぎる!
大口を開けて笑った愁をパシャリと写す。
「本当に光流は油断も隙もないね」
「推しの満面な笑みとかご褒美以外の何ものでもないよ」
ふふっと微笑むと逆に写真を撮られた。荷物がたくさんの手で写すなんて、手先もかなり器用だ。
「お返し」
「僕の顔なんか写しても良い事ないよ?」
「使い道ならあるよ。この角度からの光流の上目遣いはヤバいから……てか、ほら行こう?」
——使い道……? 何に使うんだろう?
今度は軽く手を引かれたのでつんのめって転けそうになる事はなかった。
途中途中で休憩を交えながら服を買っていく。
——どれだけ買う気なのかな。
手を繋いでいる分、愁の右手に荷物だけが増えていった。重そうだ。見てみぬふりは出来なくて空いている左手を差し伸べる。
「僕も持とうか?」
少し考えた顔をしてから愁が破顔した。
「んじゃ、この三つお願いしていい?」
「任せて!」
荷物を引き受けて歩き出す。愁が行きたいと行った店でまたいくつか買い物を済ませて外に出る。
「まだ服買うの? それとも別のものも買う?」
「ううん、今は借りてる部屋に向けて歩いてる」
「ふーん、そうなんだ……」
——部屋……部屋? こんな都心部に⁉︎
そういえば金持ちだったと思い返して、封筒の事を思い出した。
「愁さ、まだお金そのまま持ち歩いてるの?」
「ううん、今は殆ど銀行に預けて使う分だけ家に置いてるよ。前に光流んとこ行った時、美咲さんに言われたんだよね」
いつそんな話をしていたんだろう。全然気が付かなかった。
「なら、良かった。僕もあれはどうかと思う」
「そうなのかな。すぐ出せて便利だったんだけどね」
「盗まれるからダメだよ。それに始めは盗む気なかったとしても、魔がさしちゃう可能性もあるからね?」
「そういうもん?」
「そういうもんだよ」
分かった、とどこか機嫌良さげに歩く愁の顔を横から見上げる。
一日くらい一緒に居れば推しの尊さに慣れるかと思ったけど、推しの魅力は慣れるどころか増している気がした。
太陽光にさらされてキラキラと輝いていたプラチナブロンドは、今は夕日のオレンジ色に溶け込んでほんのりと哀愁さと儚さを演出している。微かに香るくらいの推しの香水ぽい香りを風が運んできて「グッジョブ」と心の中で叫んだ。
——大変です。自然界が推しを演出する為に存在しています。寧ろいい仕事しすぎです。
眩暈がした。
「疲れた?」
「ううん、違くて……愁が輝き過ぎていてツラい」
「うん、意味わからない。あ、着いたよ」
「……」
——推しの部屋が、ターミナル駅直結の高層高級マンションだなんて聞いていません。
さっきとは違う意味でまた眩暈がした。そのまま自動ドアに向かいそうになって思わず足を踏ん張る。
「待って待って待って、愁! ここは僕が足を踏み入れちゃいけない気がするっ‼︎」
「そんな事ないよ。気にしないで? ほら、行くよ光流」
「え? ええっ⁉︎」
まだ足を踏ん張ったままでいると、愁に顔を覗き込まれた。
「オレの部屋に来るの……嫌?」
困ったようにはにかまれると、その顔の良さに脳神経を焼き切られた気がして、背筋を伸ばす。
——え、何? マンションの照明までもが推しを輝かせてくるんですけど?
その前にそんな顔で頼まれて断れるわけがない。
「嫌じゃないです‼︎」
無意識に大きな声で答えていた。推しに弱すぎる自分に腹が立ったのは初めてだった。
「良かった。じゃあ行こうか」
——何してるの僕……。
無理無理無理。推しにあんな捨てられたような子犬みたいな顔で「嫌?」なんて聞かれたら断れないじゃないか……。
——あ、写真撮り損ねた。
あらゆる意味でショックを受け、落胆を隠せない。
ホテルのロビーのような場所に入ると、何かの用事を済ませてきたのかコンシェルジュが急いで歩いてきて頭を下げられた。
「おかえりなさいませ、海堂さま」
「三枝さん、ただいま。この子これからちょくちょくオレの部屋に来ると思うから覚えといてくれる? オレが居ない時に来てもオレの部屋に通してくれていいので」
「かしこまりました」
「よよよよよろしくお願いします。村上光流です」
頭を下げて挨拶を済ませるなり、エレベーターに向かった。
全てにおいて緊張する。どの内装も見慣れないものばかりで落ち着かない。エレベーターに乗り込み上を目指した。二十三階で止まったのでエレベーターを降りる。扉の外から室内を見てまた足を止めてしまった。
——広っ‼︎
とても一人で住んでいるとは思えない空間が広がっていて、いつどこかの扉が開いて家族が顔を出してもおかしくなかった。
ただやはりシンプルすぎるというか、広いだけで生活臭というものがまるでない。一人でこの空間はあまりにも寂しすぎる。愁が寝れない理由はこの部屋のせいなんじゃないかとすら考えてしまった。
「こっち座ってくれる?」
「うん、分かった」
怖気付いていたのも忘れて、リビングに置かれてある無駄に大きなソファーに腰掛ける。
「愁いつからここに住んでるの?」
「転校してきてからだから、ここは住んで日が浅いよ。あの人の仕事の都合で転々としてたから、その前もその前もこんな感じかな? 中学から一人で住んでる。でも毎日あの人と顔を突き合わせなきゃいけないのかって思うと一人の方がマシ」
「あの人?」
「産みの母親」
前に教室内で妹の事を〝あの子〟として片付けていたのを思い出し、家族間の仲が良くないのは言われずとも感じ取れた。踏み込んで聞いて良い話じゃない。また愁も話したくない様子だったのもあってそのまま口を閉ざす。
「光流はどこの大学行くの?」
「家から近いとこかな。特にやりたい事ないからそのまま就職でいいと思ってたけど、美咲さんと滋さんが行きなさいって言うからっていうのが理由なんだけどね。愁はどこ行くの?」
「オレは早くどこか行きたいかな。この際もう県外でいいと思ってる」
「そうなんだ」
離れてしまうのは寂しいけどこればかりはどうにもならない。
冷蔵庫からペットボトルの飲み物を取り出してきた愁が隣に腰掛けた。一本は手渡され、お礼を言って受け取った。
「もしオレが一緒のとこに行こうって言ったらどうする?」
「愁と一緒に居られるのは嬉しいけど、僕一人では決められないかな」
苦笑すると「そうだよね」と返事が来る。気持ち的には愁と一緒に行きたいと伝えるのは変に期待だけさせるようで憚られた。
「そうだ。夕ご飯頼もうと思うんだけど食べたいものある?」
「愁、もしかしてデリバリー物ばかり食べてる?」
「うん。家ではそう。調理実習で分かったと思うけど、オレそっちの才能なさすぎて自分でも引くレベルなんだよね。だから毎日光流の弁当が楽しみで仕方ないの」
愁はそう言いつつも笑って手をヒラリと振ってみせる。本当に楽しみにしてくれていたのが分かって、いつも以上に嬉しくなった。
「じゃあ今まで以上に僕頑張るね。今度ここに来る時は材料買いに行こうよ。僕が作る」
「え、本当に?」
「もちろん。食べたいものがあったらリクエストして? 作ったことない物だったら美咲さんに教えて貰うから」
パッと顔を輝かせた推しが可愛く見えて、体の中がムズムズするような歓喜に見舞われる。
——どうしよう。可愛い。
座っていた位置を詰めて愁の頭に両手を伸ばして、軽く撫でた。
「光流さ……」
「うん、何?」
「そんな事ばっかしてるといつかオレに襲われるよ」
「襲われ……っ⁉︎」
「こういう意味で」
両手首をそれぞれの手で掴まれて、頬に唇を押し当てられる。
「え? え? 愁⁉︎」
「これでももの凄く抑えてるから。分かったら、オレに不用意に触れないでね」
「分かっ……た」
ドキドキしすぎて心臓が口から出るかと思った。それからまた少し間を空けて座り、食事を選んで注文して、届いたのを二人で食べた。
——さっきの本気なのかな? また揶揄われた? それとも単に触られるのが嫌だった?
料理の味も分からないくらい頭の中がさっきの愁でいっぱいだった。風呂に入り寝る準備をしていく。寝室に置かれている大きなベッドへと案内された。
「光流はベッド使って? オレはソファーで寝るから」
ダブルベッドなので二人くらいは余裕で寝れそうだ。
「一緒に寝ないの? 大きいから二人で寝れるよ?」
「襲って良いなら一緒に寝てもいいけど?」
ニッコリと笑みを浮かべてはいるものの、愁の目は笑っていなかった。
「ごめんなさい、おやすみなさい」
「残念。オレのエッチぃ顔見れるかもよ?」
「うぐ……っ」
それはちょっと見てみたいとはこの状況では言えなかった。シャレにならなくなる。しかし、笑いで身を震わせている愁を見て、揶揄われたのだと悟った。
「愁は最近僕で遊び過ぎだよ」
むくれると、愁が「ごめんごめん」と言いながら部屋から出ていく。開け放たれたままの扉から愁の後ろ姿が見えた。
——さっきの愁の顔も写真撮りたかったな。
意外とレアな笑みだったので残念な気持ちになってくる。
——愁て本気で僕を口説こうとしてたのかな?
さっき頬に当たった愁の唇の感触を思い出して一人赤面した。
どうせならちゃんと味わいたかったと思うのは、一ファンとしての願いなのか、それとも愁に寄ってくる女子たちのように恋人になりたい願望から来るものなのか考える。
一番大切で側に居たいのは愁で間違いない。それが恋心なのかと問われると未だに答えが出せずにいた。
——愁はどうなんだろう?
側から離れられなくなれば良いとは言われたけれど、好きだと直接言われたわけではない。悶々とした思いを抱えたままブランケットの中に潜り込んだ。
——愁の匂いがする。
タオルの時と同じで、推しの匂いで胸が高鳴ってくる。このまま寝てしまえば大丈夫かもしれない。瞼を閉じると、夢の中に落ちていったけれど、すぐに意識が浮上してきた。この息苦しさには覚えがある。小学生の時に出た発作と同じだ。
——何で、また……。いつもと部屋が違うから?
呼吸が浅くなって、喉が変な音を奏でる。胸が苦しくて涙が止まらない。もう随分と過去の出来事なのに、鮮明に脳内で再生されていく。
——ああ、嫌だ……もう見たくない。
『貴方みたいな子、要らないわ』
振り返りもせずに去っていく背中を追いかけようとしたけれど、上手く走れなくて転んだ。過去がフラッシュバックしている。
「待って……、お……ねが……」
「光流? どうかしたの?」
開けっぱなしにしていた寝室の扉から愁が歩いてくる。
「いか…………な……で、置いて……っ、かないで」
ベッドの上に上がってきた愁に正面から抱きしめられて、背中をさすられた。
「ごめん、やっぱり一緒に寝るべきだったね。ここにいるよ。オレは光流を置いてかないから」
ふわりと気持ちごと体を持ち上げられ、過去の残影から現実に引き戻される。腕枕が酷く温かくて不安も全て払拭されていった。
「しゅ、う?」
「うん。オレには光流が必要だから。このままずっと一緒にいるから安心して? オレは絶対に光流を捨てたりしない」
——温かい……。
肌の温もりや息遣い、頭や背中に触れてくる大きな手のひらの感触が心地よくて船を漕ぐ。覚えていられたのはそこまでで、安心感に包まれたのと同時に意識が飛んだ。
目が覚めたらやけに動きづらいのに気がついて、寝ぼけ眼で何度か瞬きを繰り返した。
「光流おはよ」
推しの顔のドアップがそこにあって、それどころか抱き枕みたいにしがみついている……自分が。
「~~っ⁉︎」
音にならない悲鳴が出た。
「な、なななな」
「とりあえず落ち着こうね?」
——あ、そっか。僕また発作が出て……。
もう出ないと思っていただけに釈然としない。
「最後に発作出たの小学生の時だったからもう出ないと思ってた。迷惑かけてごめんね。愁の部屋で出たとなると修学旅行でも出ちゃうかな……どうしよう」
「ん。オレが抱きしめて寝るから大丈夫だよ」
「抱きしめ……え?」
「オレも昨日ありえないくらい爆睡出来たんだよね。光流抱きしめてると良く寝れるみたい。ウィンウィンでしょ? でも襲っちゃったらごめんね」
「心臓に悪いから勘弁して」
「嫌じゃないんだ。ならオレとこうしてる事になれよう?」
ニッコリと効果音がつきそうなくらいの綺麗な笑顔を至近距離で見てしまい、心臓が止まるかと思った。
顔が熱くて堪らない。どうにかなってしまいそうなくらいに火照っていて、鏡を見なくてもいま自分の顔が真っ赤な自信がある。
——どうしましょう。推しとの距離が、謎の縮まり方をしています。
誰に向けるわけでもない独り言を心の中で呟いた。

