数日後の夜、白城の保安官寮は静寂に包まれていた。鞍馬は自主訓練を終え、寮の食堂で他の保安官たちと談笑していた。普通に見え、普通に話せる彼は、同僚たちと自然に打ち解けていた。だが、朝日が入ってくると、鞍馬の視界は一変する。茶色のクマのぬいぐるみが大きな声で、「鞍馬くん！ 今日も一緒にご飯食べに行こう！」と叫びながら近づいてくる。鞍馬は笑顔で「いいよ、朝日くん」と答えたが、その目はどこか遠い。
朝日はその違和感に気づき始めた。鞍馬が他の保安官と話す時は自然なのに、自分と接する時は微妙な距離感がある。
「ねぇ、鞍馬くん。なんか僕のこと、変な目で見てる？(目色変わってるよね。他の子はね、目色そのまま。僕の時だけ、金色に変わってる。何か、銀血みたいなカバー機能とかあったっけ？)」
朝日は半分冗談で、半分本気で尋ねた。鞍馬は「そんなことないよ」と笑って誤魔化した。だが、朝日は納得いかず、食堂を出た後、鞍馬を廊下に引きずり出した。
「鞍馬くん、はっきり言ってよ！ 僕のこと、ちゃんと見て欲しいの！」
朝日は鞍馬の顔を両手で掴み、白色の瞳を覗き込んだ。鞍馬には、クマのぬいぐるみが必死に吠える姿が映り、心臓が跳ねた。生理的な拒絶感が金血の力で抑えられているとはいえ、朝日の強引さに動揺した。
「朝日くん、落ち着いてって……」と呟いた瞬間、八島と敷島が現れた。
「朝日くん！ 鞍馬くんをいじめないの！」
八島が叫び、世話焼きモード全開で朝日の腕を掴んだ。敷島も静かに、しかし厳しく続けた。
「ダメでしょ！ 朝日くん、鞍馬くんのペースを尊重しなきゃ。彼には彼の戦いがあるんだから……(やっぱり見方に問題があるよね……)」
朝日はしゅんとし、「ごめんなさい…ただ、鞍馬くんが僕をちゃんと見てくれない気がして……」と呟いた。鞍馬は罪悪感を感じつつ、クマのぬいぐるみの悲しげな目に胸を締め付けられた。
その夜、敷島は鞍馬の状態を総合的に判断した。八島の観察報告と、朝日への態度から、鞍馬の金血の力が異常な影響を及ぼしていると結論づけた。白城の秩序を守るため、敷島は重い決断を下す。鞍馬を白城外の永久派遣員とし、白城への帰還を禁ずる。
敷島は自ら鞍馬を呼び、会議室で告げた。
「鞍馬くん、君を白城外の永久派遣隊員に任命する。白城への帰還は禁止だからね？(朝日くんだけに変な見方してるでしょ？ しかも、朝日くんは教育係だから、移動させられないの。だから、悪いんだけど、鞍馬くんを外へ逃がした方が効率は良いのね？ 永久派遣隊員は、僕みたいなプロみたいな人じゃないとダメなんだけど)」
敷島の声は慈悲深く、しかし揺るぎなかった。鞍馬は言葉を失い、ただ頷いた。朝日は部屋の外で聞き耳を立て、「鞍馬くん！ なんでだよ！」と叫んだが、八島に抱きしめられて黙った。
鞍馬は荷物をまとめ、白城を去った。砂漠の夜空の下、朝日のクマのぬいぐるみの姿が脳裏に焼きつく。金血の力が作り出した幻影と共に、彼は新たな任務の地へ向かった。白城の秩序は守られたが、鞍馬の心はぬいぐるみの視界に閉ざされたままだった。