禁門の変から幾度かの季節が過ぎ、御所の瓦は新しい檜皮に取り替えられ、焦げた匂いは雨で薄れたはずだった。けれども夜になると、どこからともなく炭の粉のような甘い苦さが喉の奥に残る。余燼は目には見えず、風の底に沈んでいる。今宵、その沈んだものを掻き立てようとする流言が、町の角から角へ、灯の明り障子の隙間を這うように広がった。「御所の周りで狼藉がある」「警邏は薄い」「闇討ちの者が紛れている」。言葉は風と違って、勝手に走る。走る足音だけが賑やかで、踏まれた砂利は黙っている。
亥の刻の鐘が遠くで三つ鳴った。御所の回廊を囲む白砂は月の明かりを飲み、照り返しは薄い乳の色をしている。門外の灯籠には火が細く立ち、油は一段抑えてある。抑えた灯は、影を深くする。影は、誰かの心の形を増幅する。増幅された心は、挑発に乗りやすい。そういう夜だと、静は見抜いていた。
表向きに町の顔を見せるため、御所の唐門から伸びる高欄に“総司”の姿があった。紺の羽織に白い足袋、団扇を低く持ち、歩幅は大きすぎない。挑発の一言を投げられれば、すぐにでも応じて刃を抜く男のように見える。だが、彼は高欄の上にいる。歩いているのは地上の回廊、白砂の上。足裏で砂の湿りを噛むのは静だった。髪の遊び毛を少しだけ落とし、月の縁取りを頬に受け、呼吸を長く始めて短く終える。総司の癖を借り、しかし足指は静のもの。足指は砂に絵を描くように、見えない曲線を残した。
流言は罠だ。罠は、狙われる者の癖を見込み、その癖を釣り針にする。御所の回廊の角、灯の下に黒い影が現れた。笑うでもなく、怒るでもなく、ただ“待つ”影。挑発は言葉でなく視線でなされる。静はそれを受け、わざと視線を外した。外した視線の落ちる先に、灯が一つ、息をついた。灯が息をつくと、影は伸びる。影が伸びると、人は間合いが詰まったと錯覚する。
高欄の上の総司は、団扇の骨で欄干の木口を一度だけ叩いた。乾いた“拍”が木の内側を走って、柱の根で小さく返る。静の耳には届かない高さ。だが静は背中でその“拍”を受け取ったように、足指の噛みを半分ほど緩めた。緩んだ足は、影を短くする。灯と足の間に挟まれた時間が変わる。時間は光と影を操る二枚の掌のひとつだ。
挑発は来た。回廊の影の中から、甲高い笑いが刺す。「沖田殿、禁門で取り逃がした影を、今宵ここで踏み潰してはどうか」——古い火の名を呼ぶ声には酒の湿りがあり、しかし模様のない怒りが混じっている。静は一歩、影の濃い方へ寄り、膝を緩めた。膝の緩みは“乗る”合図に見える。影がまた伸びる。間合いが詰まったつもりの足が、二歩に一歩のリズムを崩す時だ。
総司は高欄を猫の背のように軽く渡りながら、灯の背に回った。灯の背で、油皿の芯に息を当てる。芯は呼吸に敏感だ。息は風ほど荒くない。芯は長くも短くもならず、ただ火の輪郭がぼやける。ぼやけた灯は、影の縁を曖昧にする。曖昧になった縁を、静は足の裏で“拾う”。拾えば拾うほど、影は「伸び縮み」の意地を見せる。攻め手の“間合いの勘”は、影で測っている。測る棒を、誰かがいつも少しずつ曲げているとしたら。
蓮は回廊の柱間に十字槍を水平に渡し、穂を布で包んで鈍くし、石突に古帯を巻いて柱の角にゆるく結んだ。高さは膝頭。走り込む者の膝が自然に横へ“流れる”角度。押すでもなく、止めるでもなく、ただ“偏(かたよ)る”。偏れば、人は自分で体勢を崩す。崩すのは蓮ではない。自分の急ぎだ。
御所の白砂は夜になると音を増やす。踏めば、湿りが泣く。泣きは短い。短さが重なって、長い騒ぎのように聞こえる。その騒ぎの中に、別の音が紛れる。矢羽が障子を掠める音、金物が鞘の口に触れる音。総司は欄干の上で身を薄くし、影だけを送る。彼の影は高い。高い影は人の高さを欺く。下の静の影が灯に寄って長く伸びると、上の総司の影は欄干と重なって、地面に“二人目”の見えを作る。攻め手の目は、影を人に数える。数えるたび、間合いが滑る。
挑発の声の主は、見切ったように一歩踏み出し、次の瞬間に躊躇した。影が足首を掴んだのだ。掴んだのは影ではない。灯の高さと距離、それがつくる比例の嘘。静は灯の道を跨ぎ、歩幅を半指分だけ増やした。影が伸びる。総司は真上から、その影の先にもうひとつ影を置く。伸びたものの先が膨らみ、攻め手は「距離が余る」と思い込む。余る距離に、膝を長く伸ばす。伸ばした膝が、蓮の槍の横木に触れ、横へ流れる。流れた膝は自分で重心を逃がす。その逃げに合わせるのが、攻められる側の仕事だ。
「影踏みをしている」と、静は心の中で呟いた。「禁門で踏み外した影を、今夜こそ均しに来た、と彼らは思っている」余燼の匂いは、挑発の背から漂っている。火をつけた者と、消え残った火を撫でる者。似て非なる指が同じ匂いを持つ夜。静は鼻腔の奥の薄い痛みで、その匂いの古さを測る。古いが、新しい手が触った。古い火は人の心に残る。新しい手は、その残り火を煽ぐ。煽がれた心は、影を踏みに来る。
総司は欄上で、団扇の骨をわずかに開いた。風を送らないための団扇。布は閉じ、骨だけを鳴らす。鳴らすと言っても、音は出ない。骨の“間”が空気の厚みを弾き、灯芯の炎だけが一刹那、背伸びをする。背伸びした炎の瞬間、静は足を止め、膝を落とす。影は縮む。攻め手の勘は、伸びるはずのものが縮んだことで、もう一度足を作り直す。作り直す足は、遅い。遅いものは、悪いことではない。だが、遅さを自覚しない者の遅さは、自滅に近い。
回廊の曲がり角で、蓮は槍の高さをわずかに変えた。結び目は固くせず、帯で“遊び”を残す。追う足の高さは、怒りの温度で変わる。怒りが高いと膝が上がる。低いと擦って進む。今夜の足は、高い。高い膝を横に流す方が、崩しは速い。槍は斬るためではない。導くためだ。導く槍は、穂の角で押すのではなく、石突の鈍い丸みで撫でる。撫でられた膝は、己の重みを横にこぼす。こぼした者は、自分で立て直せない。
静の前に二つ影が増えた。片方は背が低く、足が速い。もう片方は背が高く、足が重い。二人が「挟み」を作ろうとしている。前に早い影、後ろに重い影。静は歩幅を半分に割り、影の長さを前だけに長く見せる。重い後ろの影は、自分が間合いに届くと信じて歩を詰め、前の速い影は、信じがたいほど早く踏み込む。踏み込んだ足が、蓮の横木に邪魔をされる。横に流れた膝が前の影の足首に触れ、二人の呼吸が一瞬ズレる。ズレは音になる。調子外れの音。鴬張りの床は、そんな音には鳴かない。鳴かないことで、こちらへ合図を返す。
高欄の上の総司は、そこから二の丸側の高みへ移る時、欄干の飾り金具に雫のように残った冷えを指先で拾った。夜の湿りが、灯と影の境目を太らせる。太った境界は、足の裏でほどけにくい。静の足指は、その太りを割る作業をしてきた。割れ目の角度を、総司は上から見て揃える。視線の角度が、影の角度を決める。決められた影の角度は、攻め手の目には見えない。見えないが、身体は受け取ってしまう。受け取って、勘を信じる。信じさせてから、ずらす。
挑発は続く。「禁門の夜、君らは灯を消して逃げたと聞くぞ。今宵はどうだ」声はひどく大きく、しかし、木に跳ね返って弱い。弱いのは、己の言葉に自分が酔っているからだ。静は声の主の位置を、影ではなく反響で取る。柱間が作る反響の帯は、どこかで薄い。薄いところに口がある。口から出た言葉は、夜気に溶ける前に嫌な湿りを持つ。そこに矢は来ない。矢を放つ者は寡黙だ。
総司は息の底を絞り、団扇の骨で二度だけ欄干を叩いた。裏手の御殿では、番が灯の油を改めている刻限。灯は一段高くも低くもできる構えだ。だがまだ早い。いま必要なのは、灯の“寄り”を作ること。灯の寄りとは、灯の“顔”をこちらへ向けさせること。油皿の位置を僅かにずらし、芯の傾きを指の背で撫でる。灯は人の指が好きだ。指の癖を覚える。覚えた灯は、人が去った後でも、その癖で燃える。
蓮は槍の固定を一箇所増やした。固定といっても、硬くしてはいけない。しなる木ほど、膝を流すときに“味”がある。味は、武器には必要だ。武器の味は、人の味を殺さない。殺さずに、動きを“折る”。折れた動きは、次の動きの約束を破る。破られた約束は、次の瞬間の勘を裏切る。裏切られ続けた勘は、いずれ自らを捨てる。捨てた勘の空白を、こちらは歩幅で満たす。
静は影を踏まれそうになった時、いつものように避けず、逆に踏ませた。踏ませてから、灯に寄った。寄ると、影は長くなる。踏んだ者は、踏んだ影が増えたように見えて、勝った気で踏み込みを増す。その増しが、膝を蓮の横木へ導く。横木は、ただそこにある。そこにあるという事実だけが、夜の道を曲げる。
高欄の上から見れば、夜の御所は呼吸でできている。松は低く吸い、竹は高く吐く。灯は拍を刻み、白砂はその拍を吸い込んで均す。総司は拍を一つ、胸の中で減らした。減らすことで、静の足は一歩、早くなる。早くなった足は、影の伸び縮みの間にすべり込み、攻め手の間合いに“無音”を置く。無音の一拍。そこに矢が来れば、それは自分で“外れる”。
矢は来た。石灯籠の背から、一本。狙いは回廊の柱と柱を結ぶ線の中央。影ではなく、線を撃ってくる者だ。静は足の裏を白砂から少し浮かせ、その線を“外した”。外すといっても、抜けるのではない。線の上に自分の影だけを置き換え、身体は線の外へ滑らせる。滑った身体の上で、矢の風が通る。風は、当たらないものを好む。風が当たらないと、矢はただの物になる。物になった矢は、柱の根に小さく音を残した。
総司は欄干から跳ばず、歩いた。歩くことで、上の影は下の影と歩幅を共有する。共有された歩幅は、地上の静の足を“総司の足”に見せる。見張る目は、癖で識別する。団扇の骨で膝を叩くか、足指を噛むか。今夜はそれが全く入れ替わっている。入れ替わった癖は、人の頭の帳面を破る。帳面が破れれば、残るのは勘だけ。勘は光に弱い。弱いものには、影がきつい。
蓮は回廊の端、曲がり角へ槍を移した。角は視界を盗む。盗まれた視界は音で補う。音で補う者は、音に騙される。蓮は帯の結び目で槍をひとつ撥ね、布の擦れる音だけを柱間に置いた。近いようで遠い音。遠いようで近い音。追う者の足は、音と影を追って、己の膝を横へ這わせる。這わせた膝を自分の手で掬おうとして、さらに崩れる。崩れたところで斬らない。斬らないことで、崩れは深くなる。人は、斬られぬときほど自分を斬る。
流言の火は、夜の中で息を荒くし始めた。誰かが「囲め」と言い、別の誰かが「退く」と言う。声が揃わない。揃わないうちに、灯がひとつ、風で揺れた。揺れは総司の団扇の骨によるものではない。夜の呼吸だ。呼吸に合わせ、静は背を伸ばした。背が伸びると、影は短くなるはずだ。ところが、灯に寄ったために影は長く見える。この矛盾が、攻め手の足を鈍らせる。鈍る足は、音を出す。音は、御所の板戸にさざ波のように広がる。
高欄の上で総司が見たのは、乱に“顔”があるということだった。怒りの顔、笑いの顔、怖れの顔。顔は、灯に向く。灯に向いた顔は、影の形を決める。決まった形が、仲間を安心させる。安心は、油断であり、力でもある。今夜はその“顔”を消す。消すために、灯を一段、落とす必要がある。落とすのは、最後だ。落とす前に、影で“人”を解きほぐしておく。
静は挑発の主に近づいた。近づくというより、影をそばに連れていった。影は長い。長い影は、高欄の上の総司の影と重なり、地面に不自然な“二重”を作る。二重の角度が、攻め手の足を混乱させる。足が混乱した瞬間、蓮の槍が膝頭を横へ押し流す。流された膝は、自分で回ろうとして、回りきらぬまま体勢を低くする。低くした体勢は、逃げるためのものでもあり、攻めるためのものでもある。だが、どちらのためにもならぬ“高さ”に落ちる。そこが狙いだ。
二条の屋根の上を風が渡り、松の鱗に触れて低い音を鳴らした。音は拍を持つ。総司は拍を団扇の骨で受け、欄干の上で歩幅に翻訳した。翻訳された拍が下へ降り、静の足に響く。響きは耳ではなく、足裏の薄い皮で受ける。受けた皮は、白砂の湿りをひとつ余計に掬う。掬われた湿りが、影を滑らかにする。滑らかな影は、攻め手の目を“撫でる”。撫でられた目は、怒りを長く持てなくなる。
禁門の余燼は、まるで老いた狐の尾のように、かすかに揺れていた。その揺れに釣られて出てきたのが、今夜の“乱”だった。乱は火を欲しがるが、火は灯と違う。灯は道具だ。火は生き物だ。今夜、燃やしてはならないのは火。燃やしてよいのは、流言の紙だけだ。紙は、灯の下で燃やすものではない。灯を落としてから、静かに水に浸すものだ。
総司はついに、欄干の上から長押に降りた。降りるというより、影を置き換えた。置き換えられた影は、今度は上に行き、静の頭上を一瞬だけ黒く覆う。覆いの間に、静は足を止め、膝を軽く叩いた。叩く癖は総司のもの。癖が返って総司の身体に入る。入れ替わりは、告げない。告げないから、効く。効くから、説明はいらない。
蓮は回廊の別の柱間に槍を移し、今度は低くして足首を流した。流された足首は、膝よりも取り戻しづらい。取り戻そうとすれば、腰が回る。回った腰は、肩の向きと喧嘩をする。喧嘩した身体は、自分で勝手に止まる。止まったところへ、こちらは何もしない。何もしない、が今夜の刃だ。
乱の顔が、少しずつ薄くなる。声が弱り、足の音が止み、矢羽の音が消える。消えたところで、総司は最後の段取りに入る。御所の灯を一段、落とす。油皿の芯を捻るのではない。芯の“記憶”を撫でる。灯の記憶とは、これまで燃えてきた拍の積み重ねだ。それを一拍だけ、深く沈める。沈めると、影は均(なら)される。均された影は“顔”を持たない。持たぬ影の中で、人は何者でもない。何者でもない者は、乱にならない。
静は灯が落ちる気配を足裏で感じた。砂の冷たさが、半指分だけ深くなった。その瞬間、挑発の主の顔から、怒りの“輪郭”が消えた。眼がただの眼に戻る。口がただの口に戻る。顔がただの顔に戻る。戻った顔は、群れからほどけやすい。ほどけた者は、ほどけたまま夜に散る。散る背中に刃を向けたら、それは敗けだ。彼らの敗けではなく、こちらの。
蓮は槍を外し、布で穂を包み直した。包む音は、帯の中で小さく済む。柱間には何も残らない。残るのは、横木に触れた膝の“重みの記憶”だけだ。記憶は手で拭えない。拭えないから、次に効く。効かせるために、今夜は刃を出さない。
高欄の上に戻った総司は、団扇を畳み、骨の一本をわずかに曲げて、すぐ戻した。戻す時に鳴る小さな“拍”は、静にだけ聞こえる高さ。静は足指の噛みをほどき、深く息を吸った。吸った息に、余燼の匂いは薄かった。白砂は月を飲み、月は薄く笑い、松が緑を黒に戻した。
乱の顔は消えた。御所の灯を落としたことで、影は均された。均されれば、影で人を数えることはできない。癖で人を識別する者も、影の順で間合いを測る者も、今夜は棒を失った。棒がなければ、子どもの足取りになる。子どもの足取りは、争いを知らない。知らない足が混じった回廊は、ただの道だ。
禁門の余燼は、それでも消えない。消えないが、燃えない。燃えないように、灯を落とした。落とした灯は、朝になればまた上げる。上げるまでのあいだ、御所は影だけで呼吸をする。呼吸の長さは、静と総司の歩幅と同じだ。長く始めて、短く終える。短く始めて、長く終える。その二つが、今夜も背中合わせに重なった。
総司は高欄から降りる前に、欄干の金具に指先を当てた。冷えは消え、指の腹に木の温みが戻っていた。温みは、人の仕事の証だ。静は回廊の角に残ったわずかな砂の乱れを足裏で均し、蓮は柱間から帯をほどいて折り畳み、穂の布を撫で、槍袋に戻した。三人は何も言わず、何も明かさず、ただ御所の内を抜け、松の陰の向こうへ消えた。
振り返れば、そこには何もない。灯が一段落ち、影が均され、夜の音が薄くなり、余燼はただの夜気に紛れている。御所の守りは、入れ替わっていたのかと問う者がいるなら、風は答えない。答えないことが、答えだ。入れ替わって守る、静かな攻防。拍は嘘をつかず、影は名を持たず、足は道を覚える。禁門の余燼は、そうして息を引き、次の朝の白い光に場所を譲る。
町へ降りる道で、総司は喉の奥に手を当て、咳を一度だけ、月に溶かした。静は足指を伸ばし、白砂の記憶を指の腹で確かめる。蓮は槍袋の紐を肩で直し、柱間に残した“流れ”の角度を眼の裏で反芻する。三人の歩幅は、揃いすぎず、ずれすぎず。拍は歩幅の中で鳴り、灯のないところでも道を作る。
家々の軒先では、遅い灯がひとつふたつ、眠気のように瞬いた。御所の灯は落ちている。だが、人の灯は消せない。消す必要もない。乱の顔だけを消せばよい。顔のない夜は、ただの夜だ。夜は、明ける。明けることを疑わない夜だけが、余燼を本当に眠らせる。
静は空を仰いだ。月は薄く、雲は流れ、風は音を持たない。音のない風の中で、彼女は膝を一度、内側から撫でた。総司の癖のような、その撫で方で。総司は足指を白砂に乗せぬまま、その癖を肩で受け取る。蓮は横木の気配を忘れず、しかし、槍をいつでも“置ける”ように肩の力を抜く。誰がどこで入れ替わっていても、道は同じところに通じている。通じているということだけが、今夜の勝ちだった。
夜の御所は、息を整えた。灯は低く、影は平らで、柱は動かない。動かないものの強さに、動く者はいつも助けられる。助けられていることを知る者だけが、助ける側に回れる。三人の足音は砂に吸われ、松の匂いは衣に浅く移り、禁門の余燼は、どこかへ行った。行ったふりでもよい。ふりから始まる平穏も、ある。
御所の外、町の角に貼られた貼り紙には、まだ狼藉の流言が残っている。誰かが朝に剥がし、誰かが昼に貼る。剥がす指と貼る指は、同じ町の指だ。指の温度がいつか同じになるようにと、誰かが灯を一段落とした。落とされた灯の下で、影は均された。均された影には、顔がない。顔のない影の上を、子が走り、犬が吠え、誰かが笑う。笑いは音だ。音は、拍だ。拍は、道だ。道は、明るいところでも暗いところでも、人を家まで連れて帰る。今夜もまた、そうだった。
亥の刻の鐘が遠くで三つ鳴った。御所の回廊を囲む白砂は月の明かりを飲み、照り返しは薄い乳の色をしている。門外の灯籠には火が細く立ち、油は一段抑えてある。抑えた灯は、影を深くする。影は、誰かの心の形を増幅する。増幅された心は、挑発に乗りやすい。そういう夜だと、静は見抜いていた。
表向きに町の顔を見せるため、御所の唐門から伸びる高欄に“総司”の姿があった。紺の羽織に白い足袋、団扇を低く持ち、歩幅は大きすぎない。挑発の一言を投げられれば、すぐにでも応じて刃を抜く男のように見える。だが、彼は高欄の上にいる。歩いているのは地上の回廊、白砂の上。足裏で砂の湿りを噛むのは静だった。髪の遊び毛を少しだけ落とし、月の縁取りを頬に受け、呼吸を長く始めて短く終える。総司の癖を借り、しかし足指は静のもの。足指は砂に絵を描くように、見えない曲線を残した。
流言は罠だ。罠は、狙われる者の癖を見込み、その癖を釣り針にする。御所の回廊の角、灯の下に黒い影が現れた。笑うでもなく、怒るでもなく、ただ“待つ”影。挑発は言葉でなく視線でなされる。静はそれを受け、わざと視線を外した。外した視線の落ちる先に、灯が一つ、息をついた。灯が息をつくと、影は伸びる。影が伸びると、人は間合いが詰まったと錯覚する。
高欄の上の総司は、団扇の骨で欄干の木口を一度だけ叩いた。乾いた“拍”が木の内側を走って、柱の根で小さく返る。静の耳には届かない高さ。だが静は背中でその“拍”を受け取ったように、足指の噛みを半分ほど緩めた。緩んだ足は、影を短くする。灯と足の間に挟まれた時間が変わる。時間は光と影を操る二枚の掌のひとつだ。
挑発は来た。回廊の影の中から、甲高い笑いが刺す。「沖田殿、禁門で取り逃がした影を、今宵ここで踏み潰してはどうか」——古い火の名を呼ぶ声には酒の湿りがあり、しかし模様のない怒りが混じっている。静は一歩、影の濃い方へ寄り、膝を緩めた。膝の緩みは“乗る”合図に見える。影がまた伸びる。間合いが詰まったつもりの足が、二歩に一歩のリズムを崩す時だ。
総司は高欄を猫の背のように軽く渡りながら、灯の背に回った。灯の背で、油皿の芯に息を当てる。芯は呼吸に敏感だ。息は風ほど荒くない。芯は長くも短くもならず、ただ火の輪郭がぼやける。ぼやけた灯は、影の縁を曖昧にする。曖昧になった縁を、静は足の裏で“拾う”。拾えば拾うほど、影は「伸び縮み」の意地を見せる。攻め手の“間合いの勘”は、影で測っている。測る棒を、誰かがいつも少しずつ曲げているとしたら。
蓮は回廊の柱間に十字槍を水平に渡し、穂を布で包んで鈍くし、石突に古帯を巻いて柱の角にゆるく結んだ。高さは膝頭。走り込む者の膝が自然に横へ“流れる”角度。押すでもなく、止めるでもなく、ただ“偏(かたよ)る”。偏れば、人は自分で体勢を崩す。崩すのは蓮ではない。自分の急ぎだ。
御所の白砂は夜になると音を増やす。踏めば、湿りが泣く。泣きは短い。短さが重なって、長い騒ぎのように聞こえる。その騒ぎの中に、別の音が紛れる。矢羽が障子を掠める音、金物が鞘の口に触れる音。総司は欄干の上で身を薄くし、影だけを送る。彼の影は高い。高い影は人の高さを欺く。下の静の影が灯に寄って長く伸びると、上の総司の影は欄干と重なって、地面に“二人目”の見えを作る。攻め手の目は、影を人に数える。数えるたび、間合いが滑る。
挑発の声の主は、見切ったように一歩踏み出し、次の瞬間に躊躇した。影が足首を掴んだのだ。掴んだのは影ではない。灯の高さと距離、それがつくる比例の嘘。静は灯の道を跨ぎ、歩幅を半指分だけ増やした。影が伸びる。総司は真上から、その影の先にもうひとつ影を置く。伸びたものの先が膨らみ、攻め手は「距離が余る」と思い込む。余る距離に、膝を長く伸ばす。伸ばした膝が、蓮の槍の横木に触れ、横へ流れる。流れた膝は自分で重心を逃がす。その逃げに合わせるのが、攻められる側の仕事だ。
「影踏みをしている」と、静は心の中で呟いた。「禁門で踏み外した影を、今夜こそ均しに来た、と彼らは思っている」余燼の匂いは、挑発の背から漂っている。火をつけた者と、消え残った火を撫でる者。似て非なる指が同じ匂いを持つ夜。静は鼻腔の奥の薄い痛みで、その匂いの古さを測る。古いが、新しい手が触った。古い火は人の心に残る。新しい手は、その残り火を煽ぐ。煽がれた心は、影を踏みに来る。
総司は欄上で、団扇の骨をわずかに開いた。風を送らないための団扇。布は閉じ、骨だけを鳴らす。鳴らすと言っても、音は出ない。骨の“間”が空気の厚みを弾き、灯芯の炎だけが一刹那、背伸びをする。背伸びした炎の瞬間、静は足を止め、膝を落とす。影は縮む。攻め手の勘は、伸びるはずのものが縮んだことで、もう一度足を作り直す。作り直す足は、遅い。遅いものは、悪いことではない。だが、遅さを自覚しない者の遅さは、自滅に近い。
回廊の曲がり角で、蓮は槍の高さをわずかに変えた。結び目は固くせず、帯で“遊び”を残す。追う足の高さは、怒りの温度で変わる。怒りが高いと膝が上がる。低いと擦って進む。今夜の足は、高い。高い膝を横に流す方が、崩しは速い。槍は斬るためではない。導くためだ。導く槍は、穂の角で押すのではなく、石突の鈍い丸みで撫でる。撫でられた膝は、己の重みを横にこぼす。こぼした者は、自分で立て直せない。
静の前に二つ影が増えた。片方は背が低く、足が速い。もう片方は背が高く、足が重い。二人が「挟み」を作ろうとしている。前に早い影、後ろに重い影。静は歩幅を半分に割り、影の長さを前だけに長く見せる。重い後ろの影は、自分が間合いに届くと信じて歩を詰め、前の速い影は、信じがたいほど早く踏み込む。踏み込んだ足が、蓮の横木に邪魔をされる。横に流れた膝が前の影の足首に触れ、二人の呼吸が一瞬ズレる。ズレは音になる。調子外れの音。鴬張りの床は、そんな音には鳴かない。鳴かないことで、こちらへ合図を返す。
高欄の上の総司は、そこから二の丸側の高みへ移る時、欄干の飾り金具に雫のように残った冷えを指先で拾った。夜の湿りが、灯と影の境目を太らせる。太った境界は、足の裏でほどけにくい。静の足指は、その太りを割る作業をしてきた。割れ目の角度を、総司は上から見て揃える。視線の角度が、影の角度を決める。決められた影の角度は、攻め手の目には見えない。見えないが、身体は受け取ってしまう。受け取って、勘を信じる。信じさせてから、ずらす。
挑発は続く。「禁門の夜、君らは灯を消して逃げたと聞くぞ。今宵はどうだ」声はひどく大きく、しかし、木に跳ね返って弱い。弱いのは、己の言葉に自分が酔っているからだ。静は声の主の位置を、影ではなく反響で取る。柱間が作る反響の帯は、どこかで薄い。薄いところに口がある。口から出た言葉は、夜気に溶ける前に嫌な湿りを持つ。そこに矢は来ない。矢を放つ者は寡黙だ。
総司は息の底を絞り、団扇の骨で二度だけ欄干を叩いた。裏手の御殿では、番が灯の油を改めている刻限。灯は一段高くも低くもできる構えだ。だがまだ早い。いま必要なのは、灯の“寄り”を作ること。灯の寄りとは、灯の“顔”をこちらへ向けさせること。油皿の位置を僅かにずらし、芯の傾きを指の背で撫でる。灯は人の指が好きだ。指の癖を覚える。覚えた灯は、人が去った後でも、その癖で燃える。
蓮は槍の固定を一箇所増やした。固定といっても、硬くしてはいけない。しなる木ほど、膝を流すときに“味”がある。味は、武器には必要だ。武器の味は、人の味を殺さない。殺さずに、動きを“折る”。折れた動きは、次の動きの約束を破る。破られた約束は、次の瞬間の勘を裏切る。裏切られ続けた勘は、いずれ自らを捨てる。捨てた勘の空白を、こちらは歩幅で満たす。
静は影を踏まれそうになった時、いつものように避けず、逆に踏ませた。踏ませてから、灯に寄った。寄ると、影は長くなる。踏んだ者は、踏んだ影が増えたように見えて、勝った気で踏み込みを増す。その増しが、膝を蓮の横木へ導く。横木は、ただそこにある。そこにあるという事実だけが、夜の道を曲げる。
高欄の上から見れば、夜の御所は呼吸でできている。松は低く吸い、竹は高く吐く。灯は拍を刻み、白砂はその拍を吸い込んで均す。総司は拍を一つ、胸の中で減らした。減らすことで、静の足は一歩、早くなる。早くなった足は、影の伸び縮みの間にすべり込み、攻め手の間合いに“無音”を置く。無音の一拍。そこに矢が来れば、それは自分で“外れる”。
矢は来た。石灯籠の背から、一本。狙いは回廊の柱と柱を結ぶ線の中央。影ではなく、線を撃ってくる者だ。静は足の裏を白砂から少し浮かせ、その線を“外した”。外すといっても、抜けるのではない。線の上に自分の影だけを置き換え、身体は線の外へ滑らせる。滑った身体の上で、矢の風が通る。風は、当たらないものを好む。風が当たらないと、矢はただの物になる。物になった矢は、柱の根に小さく音を残した。
総司は欄干から跳ばず、歩いた。歩くことで、上の影は下の影と歩幅を共有する。共有された歩幅は、地上の静の足を“総司の足”に見せる。見張る目は、癖で識別する。団扇の骨で膝を叩くか、足指を噛むか。今夜はそれが全く入れ替わっている。入れ替わった癖は、人の頭の帳面を破る。帳面が破れれば、残るのは勘だけ。勘は光に弱い。弱いものには、影がきつい。
蓮は回廊の端、曲がり角へ槍を移した。角は視界を盗む。盗まれた視界は音で補う。音で補う者は、音に騙される。蓮は帯の結び目で槍をひとつ撥ね、布の擦れる音だけを柱間に置いた。近いようで遠い音。遠いようで近い音。追う者の足は、音と影を追って、己の膝を横へ這わせる。這わせた膝を自分の手で掬おうとして、さらに崩れる。崩れたところで斬らない。斬らないことで、崩れは深くなる。人は、斬られぬときほど自分を斬る。
流言の火は、夜の中で息を荒くし始めた。誰かが「囲め」と言い、別の誰かが「退く」と言う。声が揃わない。揃わないうちに、灯がひとつ、風で揺れた。揺れは総司の団扇の骨によるものではない。夜の呼吸だ。呼吸に合わせ、静は背を伸ばした。背が伸びると、影は短くなるはずだ。ところが、灯に寄ったために影は長く見える。この矛盾が、攻め手の足を鈍らせる。鈍る足は、音を出す。音は、御所の板戸にさざ波のように広がる。
高欄の上で総司が見たのは、乱に“顔”があるということだった。怒りの顔、笑いの顔、怖れの顔。顔は、灯に向く。灯に向いた顔は、影の形を決める。決まった形が、仲間を安心させる。安心は、油断であり、力でもある。今夜はその“顔”を消す。消すために、灯を一段、落とす必要がある。落とすのは、最後だ。落とす前に、影で“人”を解きほぐしておく。
静は挑発の主に近づいた。近づくというより、影をそばに連れていった。影は長い。長い影は、高欄の上の総司の影と重なり、地面に不自然な“二重”を作る。二重の角度が、攻め手の足を混乱させる。足が混乱した瞬間、蓮の槍が膝頭を横へ押し流す。流された膝は、自分で回ろうとして、回りきらぬまま体勢を低くする。低くした体勢は、逃げるためのものでもあり、攻めるためのものでもある。だが、どちらのためにもならぬ“高さ”に落ちる。そこが狙いだ。
二条の屋根の上を風が渡り、松の鱗に触れて低い音を鳴らした。音は拍を持つ。総司は拍を団扇の骨で受け、欄干の上で歩幅に翻訳した。翻訳された拍が下へ降り、静の足に響く。響きは耳ではなく、足裏の薄い皮で受ける。受けた皮は、白砂の湿りをひとつ余計に掬う。掬われた湿りが、影を滑らかにする。滑らかな影は、攻め手の目を“撫でる”。撫でられた目は、怒りを長く持てなくなる。
禁門の余燼は、まるで老いた狐の尾のように、かすかに揺れていた。その揺れに釣られて出てきたのが、今夜の“乱”だった。乱は火を欲しがるが、火は灯と違う。灯は道具だ。火は生き物だ。今夜、燃やしてはならないのは火。燃やしてよいのは、流言の紙だけだ。紙は、灯の下で燃やすものではない。灯を落としてから、静かに水に浸すものだ。
総司はついに、欄干の上から長押に降りた。降りるというより、影を置き換えた。置き換えられた影は、今度は上に行き、静の頭上を一瞬だけ黒く覆う。覆いの間に、静は足を止め、膝を軽く叩いた。叩く癖は総司のもの。癖が返って総司の身体に入る。入れ替わりは、告げない。告げないから、効く。効くから、説明はいらない。
蓮は回廊の別の柱間に槍を移し、今度は低くして足首を流した。流された足首は、膝よりも取り戻しづらい。取り戻そうとすれば、腰が回る。回った腰は、肩の向きと喧嘩をする。喧嘩した身体は、自分で勝手に止まる。止まったところへ、こちらは何もしない。何もしない、が今夜の刃だ。
乱の顔が、少しずつ薄くなる。声が弱り、足の音が止み、矢羽の音が消える。消えたところで、総司は最後の段取りに入る。御所の灯を一段、落とす。油皿の芯を捻るのではない。芯の“記憶”を撫でる。灯の記憶とは、これまで燃えてきた拍の積み重ねだ。それを一拍だけ、深く沈める。沈めると、影は均(なら)される。均された影は“顔”を持たない。持たぬ影の中で、人は何者でもない。何者でもない者は、乱にならない。
静は灯が落ちる気配を足裏で感じた。砂の冷たさが、半指分だけ深くなった。その瞬間、挑発の主の顔から、怒りの“輪郭”が消えた。眼がただの眼に戻る。口がただの口に戻る。顔がただの顔に戻る。戻った顔は、群れからほどけやすい。ほどけた者は、ほどけたまま夜に散る。散る背中に刃を向けたら、それは敗けだ。彼らの敗けではなく、こちらの。
蓮は槍を外し、布で穂を包み直した。包む音は、帯の中で小さく済む。柱間には何も残らない。残るのは、横木に触れた膝の“重みの記憶”だけだ。記憶は手で拭えない。拭えないから、次に効く。効かせるために、今夜は刃を出さない。
高欄の上に戻った総司は、団扇を畳み、骨の一本をわずかに曲げて、すぐ戻した。戻す時に鳴る小さな“拍”は、静にだけ聞こえる高さ。静は足指の噛みをほどき、深く息を吸った。吸った息に、余燼の匂いは薄かった。白砂は月を飲み、月は薄く笑い、松が緑を黒に戻した。
乱の顔は消えた。御所の灯を落としたことで、影は均された。均されれば、影で人を数えることはできない。癖で人を識別する者も、影の順で間合いを測る者も、今夜は棒を失った。棒がなければ、子どもの足取りになる。子どもの足取りは、争いを知らない。知らない足が混じった回廊は、ただの道だ。
禁門の余燼は、それでも消えない。消えないが、燃えない。燃えないように、灯を落とした。落とした灯は、朝になればまた上げる。上げるまでのあいだ、御所は影だけで呼吸をする。呼吸の長さは、静と総司の歩幅と同じだ。長く始めて、短く終える。短く始めて、長く終える。その二つが、今夜も背中合わせに重なった。
総司は高欄から降りる前に、欄干の金具に指先を当てた。冷えは消え、指の腹に木の温みが戻っていた。温みは、人の仕事の証だ。静は回廊の角に残ったわずかな砂の乱れを足裏で均し、蓮は柱間から帯をほどいて折り畳み、穂の布を撫で、槍袋に戻した。三人は何も言わず、何も明かさず、ただ御所の内を抜け、松の陰の向こうへ消えた。
振り返れば、そこには何もない。灯が一段落ち、影が均され、夜の音が薄くなり、余燼はただの夜気に紛れている。御所の守りは、入れ替わっていたのかと問う者がいるなら、風は答えない。答えないことが、答えだ。入れ替わって守る、静かな攻防。拍は嘘をつかず、影は名を持たず、足は道を覚える。禁門の余燼は、そうして息を引き、次の朝の白い光に場所を譲る。
町へ降りる道で、総司は喉の奥に手を当て、咳を一度だけ、月に溶かした。静は足指を伸ばし、白砂の記憶を指の腹で確かめる。蓮は槍袋の紐を肩で直し、柱間に残した“流れ”の角度を眼の裏で反芻する。三人の歩幅は、揃いすぎず、ずれすぎず。拍は歩幅の中で鳴り、灯のないところでも道を作る。
家々の軒先では、遅い灯がひとつふたつ、眠気のように瞬いた。御所の灯は落ちている。だが、人の灯は消せない。消す必要もない。乱の顔だけを消せばよい。顔のない夜は、ただの夜だ。夜は、明ける。明けることを疑わない夜だけが、余燼を本当に眠らせる。
静は空を仰いだ。月は薄く、雲は流れ、風は音を持たない。音のない風の中で、彼女は膝を一度、内側から撫でた。総司の癖のような、その撫で方で。総司は足指を白砂に乗せぬまま、その癖を肩で受け取る。蓮は横木の気配を忘れず、しかし、槍をいつでも“置ける”ように肩の力を抜く。誰がどこで入れ替わっていても、道は同じところに通じている。通じているということだけが、今夜の勝ちだった。
夜の御所は、息を整えた。灯は低く、影は平らで、柱は動かない。動かないものの強さに、動く者はいつも助けられる。助けられていることを知る者だけが、助ける側に回れる。三人の足音は砂に吸われ、松の匂いは衣に浅く移り、禁門の余燼は、どこかへ行った。行ったふりでもよい。ふりから始まる平穏も、ある。
御所の外、町の角に貼られた貼り紙には、まだ狼藉の流言が残っている。誰かが朝に剥がし、誰かが昼に貼る。剥がす指と貼る指は、同じ町の指だ。指の温度がいつか同じになるようにと、誰かが灯を一段落とした。落とされた灯の下で、影は均された。均された影には、顔がない。顔のない影の上を、子が走り、犬が吠え、誰かが笑う。笑いは音だ。音は、拍だ。拍は、道だ。道は、明るいところでも暗いところでも、人を家まで連れて帰る。今夜もまた、そうだった。



