長いようで短いテスト期間が終わった。期間中はずっと雨が降っていたが、テストが終わると同時に、学園の生徒たちの心のように空は晴れ上がる。各科目の授業でテスト返却がされ、皆それぞれ一喜一憂していた。
琴葉も例外ではない。編入したにしてはかなりいい成績を収めたと言えるのではないだろうか。数学と化学、歴史、政治、そして音楽で単位制コースの5番以内に入ることができた。音楽以外は紛れもなく、隼人と千広の解説のおかげであるが。
千広はというと……。
「国語と英語と歴史と美術が壊滅だよ〜、理系科目だけにしてほしい……」
一方で、数学と工学、政治、そして音楽は琴葉同様コースの5番以内。そして化学は余裕でトップだった。
「でもでも!琴葉のおかげで音楽が死なないで済んだ!耐えたよ〜、本当にありがとう!」
「いえ、私も千広さんのおかげで化学はかなり解けるようになりましたから——これで座学が全て出揃ったということは、仮想戦闘試験も加えた総合成績が出るのですよね?」
「うん。去年までと同じ形式であれば、廊下にトップ12の名前が張り出されるはず……」
なぜトップ12という中途半端な人数なのか。それは、数年前から始まった、聖桜学園高等部1年生以上の中から成績上位者を魔形討伐に参加させるという、通称「学徒動員」のメンバーの1学年の最大人数が12人だからだ。
討伐に加わるとなると、普段の授業を休む機会が増える。元々単位制コースであるため、休むことを想定されてはいるものの、休む回数が増えれば増えるほど、授業についていけなくなるのは自明のことだ。そのため、まずはテストの成績順でメンバーを選抜するのである。
12人の中で、実技の成績が一定以上である場合、高確率で教師から声がかかる。実家の意向などで辞退することも可能で、その場合は13位以下の生徒が繰り上がる形で候補に入ってくるが、学生でありながら討伐に参加できることなど滅多にない栄誉であるため、大抵の生徒は引き受けるのだ。
廊下の方からざわめきが聞こえ、二人は誘われるように教室を出る。張り紙を見てショックを受けている様子の令嬢、呆然と立ち尽くす令息、ガッツポーズをする令息……反応は様々である。
「見て見て!琴葉!私たち、どっちも名前が載ってるよ」
「ええ?」
千広のはしゃぐ声に驚き、琴葉も張り紙に近づく。そこには、「2位 宝条琴葉 …… 5位 玉垣千広」の文字が。これまで名前が載ったことがないという千広は大層喜んでいた。
「2位ってすごいじゃん!座学もオールマイティだし、やっぱり戦闘試験の成績がよかったんだろうね」
「千広さんもすごいです。一緒に学徒動員に行けるといいですね」
すると、どこからともなく令嬢たちの悪意の声が聞こえてきた。
「あら?琴葉さんも千広さんも圏内なのね。何か不正でもしたのかしら?烏滸がましくも先生に成績を上げてもらうようおねだりしていたりして」
「宝条の後ろ盾があるのですもの。珀様に頼み込んで成績を上げてもらったのではないかしら?」
「まあ、卑しいこと!」
それを聞いた千広が呆れた顔をして琴葉を慰める。
「学徒動員の候補圏内に入れなくて悔しいんだよ、きっと。ちゃんと実力で掴んだ順位なんだし、気にしなくていいよ、琴葉」
「ええ、千広さん。ありがとうございます」
二人は悪意から逃げるように、そそくさと教室に戻った。その時、とある令息が足早に近づいてきて、声をかけられた。
「君、総合2位だって?すごいじゃないか。しかも貴族教育を受け始めたばかりだろう?流石は神楽の娘、宝条の花嫁だ」
「ええと……新島、悠火様、ですよね?総合1位の——」
「よく見てるじゃないか。その通り、僕は新島家次期当主の新島悠火だ。きっと学徒動員で一緒になるだろうから、挨拶しておこうと思ってだな」
上から目線のようでいて、意外と律儀な目の前の令息は、宝条・神楽・浅桜の御三家には及ばないものの、炎を操る能力を扱う名家の生まれで、その燃えるような赤髪がよく目立つ男前だ。
「宝条琴葉です。よろしくお願いいたします」
「私、玉垣千広!よろしく……です」
「ははは!名前はすでに知っている。琴葉嬢は控えめで丁寧なのだな。そして……千広嬢。そなたは敬語が苦手なのだな?」
「も、申し訳ございません……!あまり慣れておらず……ご無礼をお許しください!」
「いいだろう、別に僕は気にしない。無理して敬語を使う必要はないから、素のままでしゃべってほしい」
敬語が苦手なところをしっかりと突っ込んでおきつつ、素のままでしゃべってほしいと気を遣う。なんだかどこまでもチグハグな人だと琴葉は思った。
※ ※ ※
それからすぐに、学徒動員への参加を誘われ、元から参加するつもりで珀や隼人とも相談していた琴葉は快諾する。千広も親に褒められたと嬉しそうに、参加に丸をつけた電子プリントを提出していた。
しばらくして、書類が出揃ったのか、今年度の学徒動員のメンバーの集会が開かれた。2年生だけでなく、1〜3年生全体のメンバーだ。数は30人程度。12人全員が参加すれば3学年で36人になるはずで、繰り上げでも数は変わらないはずだが、意外と少ない。
「3年生は一定の人数が受験に集中するために断るんだって。大学部の関連学部にストレートで進むつもりがない人は一般受験しなきゃだから。大変だよね」
「なるほど……」
聖桜学園は中等部、高等部、大学部に分かれていて、一度入学か編入すれば大抵はストレートで大学卒業まで進む人が多いが、学園高等部の単位制コースから大学部にエスカレーターで進むには、学部の選択肢が限られてしまうのだ。学びたい学問がエスカレーターだと学べない場合は、一般受験で他学部を受け直すことになる。聖桜学園は国のトップの大学であるため、そこに一般受験で合格するには、一定努力しなければならないのだ。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。今日から皆さんは、学徒動員のメンバーです。聖桜学園の代表という自覚を持って行動をしてください。そして、近年は魔形が凶暴化し、数も年々増えています。魔形討伐は常に人手が足りず、学生である皆さんの手を借りなくてはならない状態です。貴族の一員として、この国を支える力となれるよう、努力を怠らないように」
担当教員から説明があり、琴葉たちは静かにそれを聞いていた。30人の生徒たちの中には、この間初めて話したばかりの新島悠火やあの浅桜美麗の姿もある。
浅桜美麗と直接関わる可能性はないと思って編入したが、学徒動員は盲点だった。とはいえ、学年ごとや能力の種類ごとにグループを組んで戦うことが多いと聞いているため、攻撃に括られている美麗と一緒に行動することはないだろう。独特の鋭い瞳と華やかなで派手なドレスに萎縮してしまったが、無理やり気持ちを落ち着ける。
「1週間後、実地演習が始まります。それまでに各自、演習の流れを確認し、能力の練度を高めてきてください。もちろん、テストの復習も忘れないように。成績が下がったらすぐにメンバーから落とします」
年度を通してメンバーであり続けるには条件がある。年4回のテストで全て12位以内に入っていること、学徒動員で問題行動を起こさないこと、の2つだ。ただ、例外として、討伐で成果を上げた生徒は、テストで圏外に落ちてしまっても、30位以内であればメンバーに残ることができる。とはいえ、討伐で成果を上げるのは非常に難しく、これまで浅桜美麗しか認められていない。
「これまで以上に、忙しくなりそうですね」
「うん。でも、一緒に頑張ろ」
解散を言い渡され、傾く西日を見上げながら、二人は覚悟を決めるのだった。
琴葉も例外ではない。編入したにしてはかなりいい成績を収めたと言えるのではないだろうか。数学と化学、歴史、政治、そして音楽で単位制コースの5番以内に入ることができた。音楽以外は紛れもなく、隼人と千広の解説のおかげであるが。
千広はというと……。
「国語と英語と歴史と美術が壊滅だよ〜、理系科目だけにしてほしい……」
一方で、数学と工学、政治、そして音楽は琴葉同様コースの5番以内。そして化学は余裕でトップだった。
「でもでも!琴葉のおかげで音楽が死なないで済んだ!耐えたよ〜、本当にありがとう!」
「いえ、私も千広さんのおかげで化学はかなり解けるようになりましたから——これで座学が全て出揃ったということは、仮想戦闘試験も加えた総合成績が出るのですよね?」
「うん。去年までと同じ形式であれば、廊下にトップ12の名前が張り出されるはず……」
なぜトップ12という中途半端な人数なのか。それは、数年前から始まった、聖桜学園高等部1年生以上の中から成績上位者を魔形討伐に参加させるという、通称「学徒動員」のメンバーの1学年の最大人数が12人だからだ。
討伐に加わるとなると、普段の授業を休む機会が増える。元々単位制コースであるため、休むことを想定されてはいるものの、休む回数が増えれば増えるほど、授業についていけなくなるのは自明のことだ。そのため、まずはテストの成績順でメンバーを選抜するのである。
12人の中で、実技の成績が一定以上である場合、高確率で教師から声がかかる。実家の意向などで辞退することも可能で、その場合は13位以下の生徒が繰り上がる形で候補に入ってくるが、学生でありながら討伐に参加できることなど滅多にない栄誉であるため、大抵の生徒は引き受けるのだ。
廊下の方からざわめきが聞こえ、二人は誘われるように教室を出る。張り紙を見てショックを受けている様子の令嬢、呆然と立ち尽くす令息、ガッツポーズをする令息……反応は様々である。
「見て見て!琴葉!私たち、どっちも名前が載ってるよ」
「ええ?」
千広のはしゃぐ声に驚き、琴葉も張り紙に近づく。そこには、「2位 宝条琴葉 …… 5位 玉垣千広」の文字が。これまで名前が載ったことがないという千広は大層喜んでいた。
「2位ってすごいじゃん!座学もオールマイティだし、やっぱり戦闘試験の成績がよかったんだろうね」
「千広さんもすごいです。一緒に学徒動員に行けるといいですね」
すると、どこからともなく令嬢たちの悪意の声が聞こえてきた。
「あら?琴葉さんも千広さんも圏内なのね。何か不正でもしたのかしら?烏滸がましくも先生に成績を上げてもらうようおねだりしていたりして」
「宝条の後ろ盾があるのですもの。珀様に頼み込んで成績を上げてもらったのではないかしら?」
「まあ、卑しいこと!」
それを聞いた千広が呆れた顔をして琴葉を慰める。
「学徒動員の候補圏内に入れなくて悔しいんだよ、きっと。ちゃんと実力で掴んだ順位なんだし、気にしなくていいよ、琴葉」
「ええ、千広さん。ありがとうございます」
二人は悪意から逃げるように、そそくさと教室に戻った。その時、とある令息が足早に近づいてきて、声をかけられた。
「君、総合2位だって?すごいじゃないか。しかも貴族教育を受け始めたばかりだろう?流石は神楽の娘、宝条の花嫁だ」
「ええと……新島、悠火様、ですよね?総合1位の——」
「よく見てるじゃないか。その通り、僕は新島家次期当主の新島悠火だ。きっと学徒動員で一緒になるだろうから、挨拶しておこうと思ってだな」
上から目線のようでいて、意外と律儀な目の前の令息は、宝条・神楽・浅桜の御三家には及ばないものの、炎を操る能力を扱う名家の生まれで、その燃えるような赤髪がよく目立つ男前だ。
「宝条琴葉です。よろしくお願いいたします」
「私、玉垣千広!よろしく……です」
「ははは!名前はすでに知っている。琴葉嬢は控えめで丁寧なのだな。そして……千広嬢。そなたは敬語が苦手なのだな?」
「も、申し訳ございません……!あまり慣れておらず……ご無礼をお許しください!」
「いいだろう、別に僕は気にしない。無理して敬語を使う必要はないから、素のままでしゃべってほしい」
敬語が苦手なところをしっかりと突っ込んでおきつつ、素のままでしゃべってほしいと気を遣う。なんだかどこまでもチグハグな人だと琴葉は思った。
※ ※ ※
それからすぐに、学徒動員への参加を誘われ、元から参加するつもりで珀や隼人とも相談していた琴葉は快諾する。千広も親に褒められたと嬉しそうに、参加に丸をつけた電子プリントを提出していた。
しばらくして、書類が出揃ったのか、今年度の学徒動員のメンバーの集会が開かれた。2年生だけでなく、1〜3年生全体のメンバーだ。数は30人程度。12人全員が参加すれば3学年で36人になるはずで、繰り上げでも数は変わらないはずだが、意外と少ない。
「3年生は一定の人数が受験に集中するために断るんだって。大学部の関連学部にストレートで進むつもりがない人は一般受験しなきゃだから。大変だよね」
「なるほど……」
聖桜学園は中等部、高等部、大学部に分かれていて、一度入学か編入すれば大抵はストレートで大学卒業まで進む人が多いが、学園高等部の単位制コースから大学部にエスカレーターで進むには、学部の選択肢が限られてしまうのだ。学びたい学問がエスカレーターだと学べない場合は、一般受験で他学部を受け直すことになる。聖桜学園は国のトップの大学であるため、そこに一般受験で合格するには、一定努力しなければならないのだ。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。今日から皆さんは、学徒動員のメンバーです。聖桜学園の代表という自覚を持って行動をしてください。そして、近年は魔形が凶暴化し、数も年々増えています。魔形討伐は常に人手が足りず、学生である皆さんの手を借りなくてはならない状態です。貴族の一員として、この国を支える力となれるよう、努力を怠らないように」
担当教員から説明があり、琴葉たちは静かにそれを聞いていた。30人の生徒たちの中には、この間初めて話したばかりの新島悠火やあの浅桜美麗の姿もある。
浅桜美麗と直接関わる可能性はないと思って編入したが、学徒動員は盲点だった。とはいえ、学年ごとや能力の種類ごとにグループを組んで戦うことが多いと聞いているため、攻撃に括られている美麗と一緒に行動することはないだろう。独特の鋭い瞳と華やかなで派手なドレスに萎縮してしまったが、無理やり気持ちを落ち着ける。
「1週間後、実地演習が始まります。それまでに各自、演習の流れを確認し、能力の練度を高めてきてください。もちろん、テストの復習も忘れないように。成績が下がったらすぐにメンバーから落とします」
年度を通してメンバーであり続けるには条件がある。年4回のテストで全て12位以内に入っていること、学徒動員で問題行動を起こさないこと、の2つだ。ただ、例外として、討伐で成果を上げた生徒は、テストで圏外に落ちてしまっても、30位以内であればメンバーに残ることができる。とはいえ、討伐で成果を上げるのは非常に難しく、これまで浅桜美麗しか認められていない。
「これまで以上に、忙しくなりそうですね」
「うん。でも、一緒に頑張ろ」
解散を言い渡され、傾く西日を見上げながら、二人は覚悟を決めるのだった。



