琴葉が学園の2年生としての生活が始まってしばらくすると、大戦の後片付けも一段落ついてきて、貴族界も少しだけ平穏を取り戻し始めた。とはいえ、下院で行われた月城の演説から、また貴族(主に宝条)が対応に追われることになり、結局仕事が降ってきてしまったのだが。しかし、そんな忙しさはものともしない宝条一史(ほうじょうひふみ)から珀を通じて、宝条家に伝わる秘密について共有したいから、週末に本家に来てくれないかと琴葉に連絡が。

 そんな経緯があり、琴葉は珀とともに宝条本家に来ていた。いつものように、車で表の庭園を抜け、敷地の中心へと向かう。かなりの人数の使用人・メイドに迎えられ、椿の間に通される。

「お久しぶりです、一史様、穂花(ほのか)様。」
「来てくれてありがとう、琴葉ちゃん。まずはゆっくりお茶でも飲んじゃおっか!」
「そうしましょう!この間、四葉(よつば)さんから珍しい紅茶の茶葉をいただいたのよ〜。それでも淹れてもらいましょ!」

 貴族界の危機というのにこれまたいつも通り緩やかな雰囲気に、琴葉は思わず頬が緩んでしまう。家族の温かさを知らない琴葉も、宝条家を実家と勘違いしてしまうくらい温かい気持ちになってしまうのだ。

 穂花がそばに控えているメイドに四葉の紅茶を淹れるよう告げ、4人で席に着く。ちなみに、四葉というのは一史の妹で、琴葉は初めて宝条の新年会に参加した時に話したことがある。その時のことを思い出していると、程なくして上品な香りが漂ってきたと思ったら、すぐにメイドが戻ってきて、各々の前に丁寧にカップを置いた。
 
 しばらくは社交で得たゴシップ的な話をしていたが、話題は徐々に月城の演説に移っていく。

「下院での発言は貴族が抑えることはできないからね。いずれこういうこともあるかと思ってはいたけど、いざ本当に起こってしまうと困りものだねぇ」
「月城家は何が目的なのでしょうか……」
「ただ権力が欲しいだけのように見えるね。平等を謳って平民の支持を得つつ、最終的には独裁を敷くつもりなんだよ」
「それでは……平民が騙されているだけですね……」

 少しだけ重苦しい空気が流れる。穂花がパンっと手を打って、笑顔でこう言った。

「今日は宝条の秘密を琴葉ちゃんに教える会なのですわよね?そろそろ本題に入ってもいいんじゃないかしら」
「確かにそうだね、穂花ちゃん。じゃあ、少しだけ待っていてくれるかい?当主しか触れない資料を持ってくるから」

 一史が席を立ち、スタスタと資料を取りに行った。琴葉はというと、これから告げられる秘密がどんなものなのか予想がつかず、ドキドキしている。

「緊張しているか?」

 珀が顔を覗き込んでくる。

「ええ……宝条の中枢しか知ることのできない秘密と聞いたので、どんなことが書かれているのだろうと……」
「あまり期待するな、大して新事実は出てこない」

 緊張を言葉にすると、珀が苦笑いした。曰く、秘密とは宝条家に伝わる伝承の話だそうだが、そこまで詳しく書かれている訳ではないのだそうだ。

 そんなことを話していると、一史が戻ってくる。テーブルの上に古びた書物を3冊丁寧に置いた。それを見た瞬間、琴葉の視界がぐにゃりと歪む。見覚えがある。この表紙の本を見たことがある。この感覚はデジャブというものだろうか。琴葉自身は知らないはずなのに、その本を知っている確信があったのだ。

「大丈夫か?」
「ええ、どうしてかわからないのですが……なんだか見覚えがある気がして……」

 その場の全員が顔を見合わせる。

「先祖の記憶かもしれないね。能力と関係がありそうだ。これは、宝条が代々残していた記録なんだけど……まあ、とりあえず、本題に入らせてもらおう」

 まず、一史は能力の3つの分類について改めて説明してくれた。前提として、魔形は空気の淀みが原因で発生するが、その空気の淀みへの対処として人間に与えられた能力には基本的には3種類あり、「攻撃」「防御」「浄化」に分けることができる。

 「攻撃」は魔形に対する対症療法のようなもので、淀みそのものを治すことはできないが、淀みによって生まれた魔形の存在がさらに淀みを悪化させるため、その悪循環を断ち切るための能力だ。また、最終的には土地の浄化が必要だが、浄化の能力者は魔形と土地を同時に浄化できるほどの力を持っていることはほとんどないため、まずは攻撃で魔形を消し去ってからの浄化が魔形討伐の鉄則である。一例として、宝条の光の力が挙げられる。

 「防御」は戦闘時に魔形からの攻撃を防ぐための能力。防御の能力だけで魔形を消し去ることはできないが、先の山梨の大戦のような大規模な戦闘において、敵の攻撃を防ぐことができなければ戦闘員が徐々に削られていき、能力者側が数的不利に陥ってしまうため、必須の能力と言えるだろう。一例として、宝条の闇の力が挙げられるが、闇の力は防御に特化したものとは言えず、以前隼人が出していたブラックホールのように、攻撃にも発展させることができる。一方で、シールドのようなものを出せる防御特化の能力持ちも存在する。また、神楽鈴葉(しがらきすずは)の「笛吹き」は、敵を酩酊させ、攻撃をさせないという観点から防御と括られている。

 「浄化」は魔形の根本的な原因となる、空気の淀みを直接取り除くことができる能力だ。空気の淀みの本質は波であり、その波に対して反対の振幅、同波長の波を当てることで、淀みを鎮めてなくすことが可能である。魔形そのものも淀みの派生であるため、魔形を消し去ることもできる上、土地そのものに横たわる淀みも鎮めることができる。さらには、広く捉えれば人間の怪我や病気も淀みが原因であるため、浄化により治癒もできてしまう。一見、無敵の力のように見えてしまうが、上述の通り、通常の能力者は広範囲かつ強力な浄化ができるほど力が強くない。また、反対の波をうまくコントロールできなければ、かえって淀みはひどくなってしまう。これが「過浄化」である。浄化の能力の例としては、まずは琴葉の「神楽(かぐら)の力」、そして千広の手をかざして波を出す力(名前はついていない)などが挙げられるだろう。

 ほとんどは学園の編入試験の際に勉強したことだったが、「笛吹き」が防御に括られていることは初耳だった。

「じゃあ、分類のおさらいはここまでにして、ここからは伝承の話に入っていこう」

 琴葉の顔がきゅっと引き締まる。一史は、宝条中枢しか知らない伝承について、5つに絞って説明してくれた。

「まず、初代宝条、そして初代神楽(しがらき)についての記述がここらへんにあるんだ。初代神楽と初代宝条が結婚していたことは知っているよね?2人の間には兄弟が生まれ、兄が音に関する能力、つまり母の力、弟が光と闇の能力、つまり父の力を受け継いだと書かれているんだよね。異なる能力を持つ人間が子どもを作る時、その能力同士が混ざることはあまりないんだ。どちらか片方と同じ種類の力を受け継ぐことが多い。そして、それには『大いなる意志』が関係していると書いてある」
「大いなる、意志……ですか?」
「はっきり書かれているわけじゃないんだけど、僕たち宝条家の見解では、大いなる意志は神の意志ってことなんじゃないかってなってるんだ。神楽の力は神に願いを届ける力だよね?その神が僕らにどの能力を授けるか決めているって考えるのが自然なんだ。これがまず一つ目のポイントだよ」

 ここで重要なのは、二つの家の初代が番だったこと、そして能力者は神の意志によって生まれ、現在も操られている可能性があることだ。神楽の力を持っていて、実際に神に願いを届けたこともある琴葉も、神の意志と言われて全くピンと来ない。が、とにかく、そういうものだと受け入れることにした。ここで考えても仕方ない。

「そして、次。神楽の力は非常に希少で、大いなる意志によって守られていると書いてある。実際、神楽の力の持ち主が危機に陥った時、奇跡が起こって助かった事例が記録にいくつか残っているんだ。」
「——では、私が攫われたとき、助かったのも……?」
「きっと、神楽の力が働いたのだろう。あの場面で力が発現したのも、琴葉ちゃんが危険な目に遭っていたからかもしれないね。ただ、書いてあるのはそれだけじゃないんだ——」

 一史は一瞬の躊躇を見せたが、すぐに話し出した。

「大いなる意志が守ることができる範囲には限界があるらしくてね、それ以上守るのは、宝条家の役目と書いてある」

 沈黙がテーブルの上に乗っていた。琴葉はいまいち理解ができず、なんとも言えないでいる。

「これまで、神楽の力を持つ者は、かなりの確率で宝条の者と結ばれているんだ。これはたまたまかもしれないし、大いなる意志が絡んでいるのかもしれない。いずれにせよ、宝条家が神楽の力を持つ者をこれまでも守ってきたということなんだ」

 徐々に一史の言っていることが頭の中で意味を成す。つまり、珀が琴葉に惚れたのはやはり必然であって……。

「琴葉。変なこと考えてないだろうな?」

 隣にいる大好きな人がニヤリと笑って声をかけてくる。

「前も言っただろう。出会いは必然だったかもしれない。お前が光を纏っているように見えたのも、大いなる意志の導きかもしれない。だが、俺はお前の全てに惚れている。間違いないんだ、俺を信じろ」

 珀は琴葉をまっすぐと見てこう言ってくれる。少しだけ重たくなった心が、すぐに浮上する。自分はなんてちょろい人間なのだろうと思ってしまうが、普段は誰に対しても無口な珀が琴葉にはこれだけ直接的に愛を伝えてくれるのだから、仕方ないとも思う。すぐに不安を取り除いてくれる珀が、やっぱり好きだ。

「キャー!一史さん、今の聞いたかしら?珀くんがとっても素敵な口説き文句を言っていたわ!」
「うんうん!珀くんもそんな真っ直ぐな愛情表現ができたんだねぇ」
「父さん、母さん、からかうのはやめてください」

 珀の言葉に興奮する当主夫妻。その空気の温かさに、琴葉は癒されるのを感じた。

「じゃあ本筋に戻るとして。宝条家が神楽の力を守る存在だという解釈で先を読み進めていくと、その具体的な守り方、力の添え方が書いてあるんだ。これが、3つ目のポイントで、この間琴葉ちゃんが使った祭壇についての記述だ」

 一史がまた話し出す。

「書いてあることをそのまま読み上げるね。『宝条の祭壇は神楽(かぐら)の力を持つ巫女が神楽を舞い、宝条の能力者が祝詞を読み上げるために使う。当主が本当に必要と判断できる場合にのみ、御扉(みとびら)を開けること。さもなくば、神楽の力が狙われる危険性が高まり、国は危機に陥るであろう』こう書いてあるんだ。最後の部分、ちょっと論理がぶっ飛んでいて、御扉を閉めたままにするのがどうして神楽の力を守ることにつながるのか、僕たちにはよくわからないんだけど、ただ、この記述があるからこそ、とにかく代々当主とその近辺の人間しか祭壇の存在を知ることができないようにしているんだよね」

 つまり、神楽の力の持ち主が襲われないように、神楽の力の存在自体を内密に留めておく、ということだろうか。それはそれでリスクが高そうだが、そういうものなのだろう。

「とまあ、ここまでは基本、神楽の力の持ち主と宝条家の関係についての話だったけど、残り二つは宝条の能力に関することだ。これも、宝条家の一員として、琴葉ちゃんにも知っておいてほしい」

 宝条家の一員。その言葉に、家族として見てくれていることが表れている。だが、それは同時に、宝条家の一員としての責任ある行動が求められていることも意味しているため、琴葉は気を引き締めて姿勢を正す。

「4つ目は、宝条の能力が与えられた経緯のようなものかな?『光と闇の力は、祝詞を奏上し、その場の切なる願いを大いなる意志に届ける役割を持ち、引き換えに莫大な攻撃力を与えられ、繁栄を約束された力である』と書いてあるんだ。これは本当に宝条の一部の人間しか知らない。つまり、まるで最初から宝条が能力者、ひいては日本のトップに立つことが約束されているかのような表現がされているんだ。なぜこんな伝承が残っているのかはわからないんだけどね」
「それは……確かに不思議ですね。大いなる意志の立場の説明のような気もしますし、どうしてその事実を知ることができたのか……」
「これは宝条の推測でしかないけど、過去の宝条家、もしくは神楽の力の保持者が神と会話ができる、もしくは天啓を受けられる能力者だったんじゃないかと思うんだよね。まあ、多分宝条じゃなくて神楽の力の保持者であった可能性の方が高いけど。それで、夫となった宝条家の者が記録に残したんじゃないかな」
「なるほど……それなら辻褄が合いますね。でも、それならどうして神楽(しがらき)家には伝承が残っていないのでしょう?いえ、もしかしたら、私が当主教育を受けていないから知らないだけかもしれませんが……」

 少しの沈黙が流れる。それぞれ、理由を考えていたのだろうか。

「それは僕も不思議に思っていたんだ。琴葉ちゃんの能力発現が遅いということから、もし伝承が残っていたら、神楽の力の保持者であることが推測できたと思うんだけど、神楽(しがらき)の琴葉ちゃんへの待遇から考えると、やっぱり当主も知らなかったってことなんだよね」
神楽玄(しがらきはじめ)は確実に何も知らなかったはずです。琴葉をもらいに本家に突撃した際、双子の片割れの『笛吹き』の方こそ伝統の力だと勘違いしているような口ぶりでした」

 珀が当時のことを思い出しながら口を挟む。琴葉もその時のことを思い出してみるが、珀が琴葉に求婚してきた事実が衝撃的すぎて、玄が何を言っていたかなど全く思い出せなかった。

「神楽家の伝承の件はまた情報を集めるとしようか——。そして、最後の5つ目のポイントなんだけど、これはこの記述を残した先祖がどういう意図でどういう意味で書いたのか全くわからないんだ。『光と闇の両方の力を扱える者のみが、光の本質に気づくことができる』と、こう書いてあるんだけど、実際に光と闇の両方を扱える珀くんも、よくわかっていないんだよね?」
「この『光の本質』というのが曖昧すぎて、何を指しているのか、俺にもわかりません。ただ、光に対する解釈のようなものは、他の宝条家の人間と少し違うと感じたことはこれまで何回かありました」
「うんうん。これまた面白い話だよねぇ。きっとそれがここでいう『本質』なのかもしれないね。僕としては、珀くんが光の解釈を隼人くんに幼い頃から共有していたから、隼人くんも白井家の中でトップの能力持ちに成長したんじゃないかと思っているんだけどね——」

 最初の方のポイントは比較的わかりやすいものだった。歴史上起こったことを書いているに過ぎないため、解釈の余地があまりない。だが、後半に進むにつれて表現が曖昧になっていき、解釈の余地が開かれているからこそ、時を重ねた今、何を意味しているのかよくわからないものになっているようだ。

「ざっと、こんな感じのことが記録には書かれていて、この書物は当主とその近辺の者しか触れない。この代ではここに座っている4人と、今日は同席していないけど、彰人(あきと)くんと隼人(はやと)くんの2人のみだ。」

 秘密を守ることを約束して、会はお開きとなった。新情報はあまりないと珀に言われていたが、結構新情報だらけで琴葉は頭がパンクしそうになっている。家に帰ったら、専属メイドの結依にはちみつレモンを入れてもらって、情報をまとめておこうと帰りの車で決意した琴葉だった。