一方、4月の下旬。下院、すなわち平民議会が開かれていた。この場で最も発言権を持っているのは、当然月城家である。いくら資産家であっても、能力者の家系でないと貴族として認められることはないのだ。子どもも、貴族教育を受けることは自由だが、聖桜学園の単位制コースに入ることはできない。そもそもカリキュラムが能力者向けに統一されているからだ。
現代の日本は決して合理的とは言えない、能力者と無能力者という絶対的な壁、ヒエラルキーが存在する。そしてその現状の異常さを、月城は国民に訴えていた。
「この日本では、能力を持つ者が貴族として特権を保持している。確かに、我が国において魔形討伐は重要な任務であり、能力者でしかこなせないものだ。ある程度の特権が認められるのも仕方ないと思う。しかし、能力の有無と政治の才の有無は比例するだろうか?」
議会が始まり、早速、月城家当主、月城和樹が演説を始める。平民の議会参加権を持つ者たちは自席でそれを黙って聞いていた。下院の様子は日本全国に中継されており、もちろん貴族も見ることができる。
「——否!魔形を倒す力と国を動かす力は全く別物であろう!実際、先の山梨の市街地戦闘で被害を受けた多くの人々に対して、何か対策は施されたか?何もされていない。避難民に対するケアも十分ではない。魔形が市街地に被害を及ぼしたのなら、それを討伐し、被害を最小限に止めるのは能力者にしかできないことだが、その先のことまで現貴族政府に頼っていては復興が進まない。現政府は政治に対しては無能力者と言えるであろう!」
人の上に立つ者は、どの時代も演説が上手いものだ。そう、和樹もその一人だった。力のこもった彼の声を聞いていると、誰もがなんだかそんな気がしてきてしまう。現政府が打ち倒すべき敵であるかのように感じてしまう。
「この月城和樹は!平民を含めた国民全員の機会均等・権利の平等を提案する!貴族だけが特権を持ち、政治を執り行い、国が徐々に破滅へと向かっている現状を憂い、改革を提言したい!これは革命であり、国家の存続のために必要なことだ!」
歓声が上がり、賛同の声があちらこちらから聞こえてくる。2ヶ月前の上院と真逆の動きである。
「私は、革命を経て、この国の政治を民主的な方法へと移行すべきだと考える。現在も、平民も政治に関する意見を言うこの下院という場が形式上設けられてはいるが、とはいえやはり我々の意見は通りにくい。だからこそ、我々の意見も含め、もちろん、元貴族の意見も蔑ろにはせず、平等に政治に関する話し合いができる状態を作り上げるべきなのだ」
和樹はじっくりと議会に参加している者たちの目を見るために間を取る。そうすると、参加者たちはまるで自分たち一人一人に和樹が訴えかけているかのような、そんな心地になるのだ。もちろん、和樹は中継先の国民に訴えることも忘れない。
多くの貴族が同時中継を見て、冷や汗をかいていた。特権階級が特権を持たなくなってしまう。今当たり前にできている生活が今後できなくなる可能性がある。政治的な大失態があったわけではない。ただ、災害が起こると平民の不満が爆発するのは世の常だ。
「直接的に全員の意見を聞くことは不可能だ。これだけの人口がいるのだから。しかし、我々が我々の意思をもって厳正に政治を執り行うにふさわしい者を選び、その者に政治を託す。これだけで、間接的に我々は政治に参画することが可能になる!」
和樹が述べているのは、貴族政から間接民主制に移行しようという話だ。ただ、それを提案している月城和樹自身、実質特権階級とほぼ同じ程度の生活を送っているのが実情だ。しかし、そのことには誰も気づかない。皆、和樹の演説に酔っているのだ。この人間についていけば、きっと素晴らしい景色が見えるのだろう、そう思わせる話しぶりなのだから。これだけの国民を酔わせる力を持っている和樹は、実質神楽の"笛吹き"と同じかそれ以上の能力者とも言えるかもしれない。
琴葉は千広と一緒にこの下院演説の同時中継を見ていた。いや、二人だけではない。学園に来ている貴族の誰もがスマホを食い入るように見つめている。皆自分の家の未来に思いを馳せているのだろう、感情を表現しない貴族とはいえ、焦りが顔に出てしまっている。
「これから、どうなっちゃうんだろうね……」
「本当に。貴族は貴族でなくなってしまうのでしょうか……」
千広と顔を見合わせる琴葉。
「私たち、時代の転換点にいるね。家の心配はあるけど、ちょっとワクワクしちゃうかも!」
こんな時でもポジティブな千広に、琴葉は気後れしてしまう。
いや、それ以上に、和樹の言い分に納得してしまっている自分がいることに、琴葉は複雑な気持ちになっていた。琴葉は能力の発現が圧倒的に遅かったがために、この貴族制度の不利益を被ってきたのだ。家に対して感じていた違和感を、社会に対する違和感に言語化し直してくれたような気がして、腑に落ちてしまった。
でも、貴族の立場でそれは許されることではないのかもしれない。本来なら、特権を保持し続けるように動くべきなのかもしれない。ヒエラルキーのトップの家に名を連ねる者として、平民の不満を取り除きつつ、貴族は貴族らしく生きていくべきなのだろう。
どちらの立場も経験してしまっているからこそ、琴葉には周囲の貴族とはまた違った意味で、和樹の演説が心に引っかかった。だが、これが先の決断を揺るがすことになるとは、その時は予想だにしていなかった——。
現代の日本は決して合理的とは言えない、能力者と無能力者という絶対的な壁、ヒエラルキーが存在する。そしてその現状の異常さを、月城は国民に訴えていた。
「この日本では、能力を持つ者が貴族として特権を保持している。確かに、我が国において魔形討伐は重要な任務であり、能力者でしかこなせないものだ。ある程度の特権が認められるのも仕方ないと思う。しかし、能力の有無と政治の才の有無は比例するだろうか?」
議会が始まり、早速、月城家当主、月城和樹が演説を始める。平民の議会参加権を持つ者たちは自席でそれを黙って聞いていた。下院の様子は日本全国に中継されており、もちろん貴族も見ることができる。
「——否!魔形を倒す力と国を動かす力は全く別物であろう!実際、先の山梨の市街地戦闘で被害を受けた多くの人々に対して、何か対策は施されたか?何もされていない。避難民に対するケアも十分ではない。魔形が市街地に被害を及ぼしたのなら、それを討伐し、被害を最小限に止めるのは能力者にしかできないことだが、その先のことまで現貴族政府に頼っていては復興が進まない。現政府は政治に対しては無能力者と言えるであろう!」
人の上に立つ者は、どの時代も演説が上手いものだ。そう、和樹もその一人だった。力のこもった彼の声を聞いていると、誰もがなんだかそんな気がしてきてしまう。現政府が打ち倒すべき敵であるかのように感じてしまう。
「この月城和樹は!平民を含めた国民全員の機会均等・権利の平等を提案する!貴族だけが特権を持ち、政治を執り行い、国が徐々に破滅へと向かっている現状を憂い、改革を提言したい!これは革命であり、国家の存続のために必要なことだ!」
歓声が上がり、賛同の声があちらこちらから聞こえてくる。2ヶ月前の上院と真逆の動きである。
「私は、革命を経て、この国の政治を民主的な方法へと移行すべきだと考える。現在も、平民も政治に関する意見を言うこの下院という場が形式上設けられてはいるが、とはいえやはり我々の意見は通りにくい。だからこそ、我々の意見も含め、もちろん、元貴族の意見も蔑ろにはせず、平等に政治に関する話し合いができる状態を作り上げるべきなのだ」
和樹はじっくりと議会に参加している者たちの目を見るために間を取る。そうすると、参加者たちはまるで自分たち一人一人に和樹が訴えかけているかのような、そんな心地になるのだ。もちろん、和樹は中継先の国民に訴えることも忘れない。
多くの貴族が同時中継を見て、冷や汗をかいていた。特権階級が特権を持たなくなってしまう。今当たり前にできている生活が今後できなくなる可能性がある。政治的な大失態があったわけではない。ただ、災害が起こると平民の不満が爆発するのは世の常だ。
「直接的に全員の意見を聞くことは不可能だ。これだけの人口がいるのだから。しかし、我々が我々の意思をもって厳正に政治を執り行うにふさわしい者を選び、その者に政治を託す。これだけで、間接的に我々は政治に参画することが可能になる!」
和樹が述べているのは、貴族政から間接民主制に移行しようという話だ。ただ、それを提案している月城和樹自身、実質特権階級とほぼ同じ程度の生活を送っているのが実情だ。しかし、そのことには誰も気づかない。皆、和樹の演説に酔っているのだ。この人間についていけば、きっと素晴らしい景色が見えるのだろう、そう思わせる話しぶりなのだから。これだけの国民を酔わせる力を持っている和樹は、実質神楽の"笛吹き"と同じかそれ以上の能力者とも言えるかもしれない。
琴葉は千広と一緒にこの下院演説の同時中継を見ていた。いや、二人だけではない。学園に来ている貴族の誰もがスマホを食い入るように見つめている。皆自分の家の未来に思いを馳せているのだろう、感情を表現しない貴族とはいえ、焦りが顔に出てしまっている。
「これから、どうなっちゃうんだろうね……」
「本当に。貴族は貴族でなくなってしまうのでしょうか……」
千広と顔を見合わせる琴葉。
「私たち、時代の転換点にいるね。家の心配はあるけど、ちょっとワクワクしちゃうかも!」
こんな時でもポジティブな千広に、琴葉は気後れしてしまう。
いや、それ以上に、和樹の言い分に納得してしまっている自分がいることに、琴葉は複雑な気持ちになっていた。琴葉は能力の発現が圧倒的に遅かったがために、この貴族制度の不利益を被ってきたのだ。家に対して感じていた違和感を、社会に対する違和感に言語化し直してくれたような気がして、腑に落ちてしまった。
でも、貴族の立場でそれは許されることではないのかもしれない。本来なら、特権を保持し続けるように動くべきなのかもしれない。ヒエラルキーのトップの家に名を連ねる者として、平民の不満を取り除きつつ、貴族は貴族らしく生きていくべきなのだろう。
どちらの立場も経験してしまっているからこそ、琴葉には周囲の貴族とはまた違った意味で、和樹の演説が心に引っかかった。だが、これが先の決断を揺るがすことになるとは、その時は予想だにしていなかった——。



