12月6日のこと。その日は普通授業の日で、ただ珍しく千広が体調不良で学園を休んでいて、琴葉はなんだか胸騒ぎがしたのだった。千広に「大丈夫ですか?」と送るも、既読はつかない。
いつもは千広が楽しそうに受けている化学の授業中。前の席の親友の姿がないとこんなにも寂しいのか、なんて考えてしまう。
そんな折、何やら廊下が騒がしくなり、教室の重たい扉が勢いよく開かれる。学徒動員の統率教員が現れ、琴葉含めメンバーは何かがあったことをすぐに察した。
「千葉県の東の方で、魔形大量発生!学徒動員メンバーの緊急出動要請がかかりました。該当者はすぐに支度をして、ヘリポートへ向かってください!」
「はい!」
千広以外の11人が一斉に返事をし、慌てて出動の準備を始める。メンバーに選ばれたくても選ばれなかったクラスメイトたちからの羨望、嫉妬の視線が痛い。
ヘリに向かうと、すでに美麗を始めとした3年生のメンバーは乗り込みを開始していた。悠火が2年生メンバーの点呼をする。
現地へ向かうヘリの中で、情報が共有される。
「先ほど先生からいただいた資料を共有する。……千葉県の東方で魔形大量発生。昨年度の山梨の大戦に状況が酷似しているとのことだ。攻撃の能力者は魔形討伐を優先、それ以外の学徒動員メンバーはまず住民の避難誘導に当たる手筈になっている。現地では、宝条家次期当主、宝条珀様が戦闘指揮を、その秘書、白井隼人様が避難誘導指揮を取っておられる」
珀たちも戦っていると聞き、一層気を引き締める琴葉。
しばらく情報共有を進め、現地に近づいてきた頃、学徒動員の連絡網にひとつの新情報が入ってくる。それを見て、誰もがこう感じた——ついに起こってしまった、と。
『魔形発生地点にて、住民らが武力行動に出たため、避難誘導を中止。対応に当たる。住民は貴族登録がないにも関わらず、能力を所持。総員、安全には十分に配慮しつつ、戦闘に参加してほしい。』
情報を読み上げる悠火。
武力行動。それすなわち「反乱」だ。ついに月城がつけた火が、住民の中で爆発してしまったのだろう。
魔形発生地点で反乱というのは話ができすぎている。それに、平民が能力を与えられているという事実。琴葉はすぐに、バックに月城がついているであろうことを察した。これは山梨の大戦以上の大きな戦いになる。そんな悪い予感が頭の中で鳴り響く。
ヘリが着陸し、みな急いで現場へと向かう。宝条の者が転移を使ったのだろうか、すでに結構な人数の能力者が戦闘を開始しているようだった。
琴葉は防御チームとともに、住民の対応に参戦する。避難誘導の途中で反乱を起こしたのだろうか、列を成した多くの住民が一斉に貴族を攻撃していた。水を勢いよく噴射する者、激しい風を巻き起こす者、複数の刃物を同時に操る者……その能力はさまざまで、月城の技術力に驚かされる。
攻撃力の高い貴族は皆、魔形の対応に向かったため、住民を食い止めているのは防御や浄化の能力者が中心だ。それに、相手は魔形ではなく、人間。それも能力が使えるようになったとはいえ、一般市民。貴族が傷つけようものなら、批判が殺到し、貴族政はたちまち崩壊してしまうだろう。つまり、こちら側は圧倒的に不利なのだ。攻撃中心で構成されている住民を無力化できるほど、こちらの戦力が優っているわけではない。
琴葉はともかく、学徒動員の2年生チームはそれほど戦い慣れしていない。攻撃をよけ、防御の能力者の中でも適性が高い者が結界を張ったり住民の攻撃を相殺したりするくらいで、それ以上のことはできていなかった。琴葉に至っては、浄化の能力は人間の無力化にはまったく役に立たないため、救護の準備をするくらいしかできない。
「住民対応中の貴族に告ぐ。今から住民を閉じ込める結界を張り、その内部東側で怪我人の救護に当たる。他者の意識に介入できる能力者は結界の中心に向かえ」
そのとき、隼人からの指令が飛ぶ。「他者の意識に介入できる能力者」は例えば神楽の笛吹きの能力が挙げられるが、それ以外にもきっと似たような能力を持つ者がいるのだろう。おそらく相手に被害を与えることなく、意識を失わせることで無力化するつもりなのだ。
能力に関する勉強をしているとき、隼人が結界について教えてくれたことがあった。隼人や彰人レベルの結界師になると、結界の中心に別の能力者を立たせ、能力を発動させることで、その効果を結界の壁を通して全体に行き渡らせることが可能なのだと言う。かなり体力と頭と神経のすべてを使う操作で、宝城の転移と同等かそれ以上に疲弊するのだそうだ。
隼人は多分今、それを使おうとしている。
まだ戦い始めてあまり時間が経っていないうちに、それだけの力を使おうとしているということは、そうせざるを得ないほど戦況が芳しくないか、もしくは持久戦に持ち込まれる方が厄介と判断してのことなのか。いや、その両方かもしれない。
そんなことを考えつつ、琴葉は外側から形作られつつある結界の東側へと向かった。
「今は私にできることをしましょう。それぞれの持ち場で最善を尽くせば、きっとなんとかなるはずですし——」
※ ※ ※
一方、珀を中心とした攻撃の能力者陣は、戦い始めてすぐに違和感に気づいた。
「珀様!倒しても魔形が消えません!」
「こちらも同様!それに、市街地から抜け、畑に戦場を移そうとしていますが、魔形同士が連携を取っているかのように動き、まったく誘導が効きません!」
珀は戦いの合間に小さくため息をつく。山梨の大戦以来、月城の魔形軍隊の情報収集はしてきた。珀自身も、また同じ状況に立たされたとき、より迅速に敵を葬り去れるように訓練をし直してきた。それなのに、月城の技術は予想の遥か上を行き、またこうして苦戦を強いられることになろうとは——。
まずは市街地を離れないことには、珀の攻撃は撃てない。珀の能力の強さでは、住宅街を丸ごとぶち壊してしまうからだ。
そんなこともあろうかと、貴族たちは住宅街を想定した戦闘訓練も行ってきた。それでも対応し切れていない。原因は、やはり目の前の敵のレベルが圧倒的だからだろう。改良版月城魔形軍隊、とでも言ったところか。
「浅桜美麗、参戦いたしますわ!」
「新島悠火、参戦します」
そんな中、学徒動員のメンバーがやってくる。琴葉も来ているのか、と少し不安になった。早く決着をつけなければ。琴葉が危険な目に遭うのは何としても避けたい。
美麗や悠火の攻撃は凄まじかった。時代が進むとともに、魔形の力は強くなっているが、それに比例して能力者の力も強くなっていると聞く。自分もその一人なのだろうが、実際にその力を背負う者としては、あまり嬉しくはない。重い責任がのしかかっているのを感じるからだ。
珀はまた小さなため息をつくと、目を閉じ、近づいてきた魔形に静かな光の一撃を喰らわす。その魔形が動きを止めた途端、それを感知するかのようにもう一体が近づいてきた。巨体の割に俊敏な一撃を見切り、正確にど真ん中に攻撃を当てる。
能力者をいち早く戦地に連れてくるために、連続で4回の転移をしたため、大きな技はしばらく使えなそうだ。そう判断して、珀は訓練で何度か試してみた、隼人がたまに使う闇の力の剣を生み出す。
寒い中での戦いを考慮して、去年から試作を繰り返してきた戦闘服のコートが、珀の激しくも洗練された動きに沿って綺麗に翻る。
闇の能力をまとった黒い剣の刃は、炎のようにゆらめいて形が見えない。珀は彼に向かって攻撃を放った魔形を一瞥すると、そのゆらめく刃をゆっくりとかまえ——、次の瞬間には魔形の体もろとも攻撃を断ち切っていた。
「——意外と使えるな」
珀の独り言は寒空に溶けて消える。
いつもは千広が楽しそうに受けている化学の授業中。前の席の親友の姿がないとこんなにも寂しいのか、なんて考えてしまう。
そんな折、何やら廊下が騒がしくなり、教室の重たい扉が勢いよく開かれる。学徒動員の統率教員が現れ、琴葉含めメンバーは何かがあったことをすぐに察した。
「千葉県の東の方で、魔形大量発生!学徒動員メンバーの緊急出動要請がかかりました。該当者はすぐに支度をして、ヘリポートへ向かってください!」
「はい!」
千広以外の11人が一斉に返事をし、慌てて出動の準備を始める。メンバーに選ばれたくても選ばれなかったクラスメイトたちからの羨望、嫉妬の視線が痛い。
ヘリに向かうと、すでに美麗を始めとした3年生のメンバーは乗り込みを開始していた。悠火が2年生メンバーの点呼をする。
現地へ向かうヘリの中で、情報が共有される。
「先ほど先生からいただいた資料を共有する。……千葉県の東方で魔形大量発生。昨年度の山梨の大戦に状況が酷似しているとのことだ。攻撃の能力者は魔形討伐を優先、それ以外の学徒動員メンバーはまず住民の避難誘導に当たる手筈になっている。現地では、宝条家次期当主、宝条珀様が戦闘指揮を、その秘書、白井隼人様が避難誘導指揮を取っておられる」
珀たちも戦っていると聞き、一層気を引き締める琴葉。
しばらく情報共有を進め、現地に近づいてきた頃、学徒動員の連絡網にひとつの新情報が入ってくる。それを見て、誰もがこう感じた——ついに起こってしまった、と。
『魔形発生地点にて、住民らが武力行動に出たため、避難誘導を中止。対応に当たる。住民は貴族登録がないにも関わらず、能力を所持。総員、安全には十分に配慮しつつ、戦闘に参加してほしい。』
情報を読み上げる悠火。
武力行動。それすなわち「反乱」だ。ついに月城がつけた火が、住民の中で爆発してしまったのだろう。
魔形発生地点で反乱というのは話ができすぎている。それに、平民が能力を与えられているという事実。琴葉はすぐに、バックに月城がついているであろうことを察した。これは山梨の大戦以上の大きな戦いになる。そんな悪い予感が頭の中で鳴り響く。
ヘリが着陸し、みな急いで現場へと向かう。宝条の者が転移を使ったのだろうか、すでに結構な人数の能力者が戦闘を開始しているようだった。
琴葉は防御チームとともに、住民の対応に参戦する。避難誘導の途中で反乱を起こしたのだろうか、列を成した多くの住民が一斉に貴族を攻撃していた。水を勢いよく噴射する者、激しい風を巻き起こす者、複数の刃物を同時に操る者……その能力はさまざまで、月城の技術力に驚かされる。
攻撃力の高い貴族は皆、魔形の対応に向かったため、住民を食い止めているのは防御や浄化の能力者が中心だ。それに、相手は魔形ではなく、人間。それも能力が使えるようになったとはいえ、一般市民。貴族が傷つけようものなら、批判が殺到し、貴族政はたちまち崩壊してしまうだろう。つまり、こちら側は圧倒的に不利なのだ。攻撃中心で構成されている住民を無力化できるほど、こちらの戦力が優っているわけではない。
琴葉はともかく、学徒動員の2年生チームはそれほど戦い慣れしていない。攻撃をよけ、防御の能力者の中でも適性が高い者が結界を張ったり住民の攻撃を相殺したりするくらいで、それ以上のことはできていなかった。琴葉に至っては、浄化の能力は人間の無力化にはまったく役に立たないため、救護の準備をするくらいしかできない。
「住民対応中の貴族に告ぐ。今から住民を閉じ込める結界を張り、その内部東側で怪我人の救護に当たる。他者の意識に介入できる能力者は結界の中心に向かえ」
そのとき、隼人からの指令が飛ぶ。「他者の意識に介入できる能力者」は例えば神楽の笛吹きの能力が挙げられるが、それ以外にもきっと似たような能力を持つ者がいるのだろう。おそらく相手に被害を与えることなく、意識を失わせることで無力化するつもりなのだ。
能力に関する勉強をしているとき、隼人が結界について教えてくれたことがあった。隼人や彰人レベルの結界師になると、結界の中心に別の能力者を立たせ、能力を発動させることで、その効果を結界の壁を通して全体に行き渡らせることが可能なのだと言う。かなり体力と頭と神経のすべてを使う操作で、宝城の転移と同等かそれ以上に疲弊するのだそうだ。
隼人は多分今、それを使おうとしている。
まだ戦い始めてあまり時間が経っていないうちに、それだけの力を使おうとしているということは、そうせざるを得ないほど戦況が芳しくないか、もしくは持久戦に持ち込まれる方が厄介と判断してのことなのか。いや、その両方かもしれない。
そんなことを考えつつ、琴葉は外側から形作られつつある結界の東側へと向かった。
「今は私にできることをしましょう。それぞれの持ち場で最善を尽くせば、きっとなんとかなるはずですし——」
※ ※ ※
一方、珀を中心とした攻撃の能力者陣は、戦い始めてすぐに違和感に気づいた。
「珀様!倒しても魔形が消えません!」
「こちらも同様!それに、市街地から抜け、畑に戦場を移そうとしていますが、魔形同士が連携を取っているかのように動き、まったく誘導が効きません!」
珀は戦いの合間に小さくため息をつく。山梨の大戦以来、月城の魔形軍隊の情報収集はしてきた。珀自身も、また同じ状況に立たされたとき、より迅速に敵を葬り去れるように訓練をし直してきた。それなのに、月城の技術は予想の遥か上を行き、またこうして苦戦を強いられることになろうとは——。
まずは市街地を離れないことには、珀の攻撃は撃てない。珀の能力の強さでは、住宅街を丸ごとぶち壊してしまうからだ。
そんなこともあろうかと、貴族たちは住宅街を想定した戦闘訓練も行ってきた。それでも対応し切れていない。原因は、やはり目の前の敵のレベルが圧倒的だからだろう。改良版月城魔形軍隊、とでも言ったところか。
「浅桜美麗、参戦いたしますわ!」
「新島悠火、参戦します」
そんな中、学徒動員のメンバーがやってくる。琴葉も来ているのか、と少し不安になった。早く決着をつけなければ。琴葉が危険な目に遭うのは何としても避けたい。
美麗や悠火の攻撃は凄まじかった。時代が進むとともに、魔形の力は強くなっているが、それに比例して能力者の力も強くなっていると聞く。自分もその一人なのだろうが、実際にその力を背負う者としては、あまり嬉しくはない。重い責任がのしかかっているのを感じるからだ。
珀はまた小さなため息をつくと、目を閉じ、近づいてきた魔形に静かな光の一撃を喰らわす。その魔形が動きを止めた途端、それを感知するかのようにもう一体が近づいてきた。巨体の割に俊敏な一撃を見切り、正確にど真ん中に攻撃を当てる。
能力者をいち早く戦地に連れてくるために、連続で4回の転移をしたため、大きな技はしばらく使えなそうだ。そう判断して、珀は訓練で何度か試してみた、隼人がたまに使う闇の力の剣を生み出す。
寒い中での戦いを考慮して、去年から試作を繰り返してきた戦闘服のコートが、珀の激しくも洗練された動きに沿って綺麗に翻る。
闇の能力をまとった黒い剣の刃は、炎のようにゆらめいて形が見えない。珀は彼に向かって攻撃を放った魔形を一瞥すると、そのゆらめく刃をゆっくりとかまえ——、次の瞬間には魔形の体もろとも攻撃を断ち切っていた。
「——意外と使えるな」
珀の独り言は寒空に溶けて消える。



