「じゃあ、俺は仕事に行くからな。今日も頑張って来い」
額に優しくキスを落とされる。ふわっと香る柑橘系の匂いが、そこにいるのは自分を愛している、また自分が愛している婚約者だと感じさせる。
今日も琴葉は聖桜学園に通う。珀は大学部の授業には出席せずに、月城関連の調査に行くようだ。珀にこうやって言葉をかけられるのは毎日のことだが、毎度、心に温かいものが広がるのを感じる。
珀が車に乗り込んで、真っ黒なリムジンは颯爽と高等部を出て行った。琴葉はそれを少しだけ寂しい気持ちで見送る。すると、後ろからトンと肩を叩かれた。
「こ〜とは!おはよう!」
千広だった。これもいつものことだ。千広は学園内で私を見つけるとすぐに駆け寄ってきて、一緒にいてくれる。琴葉にとっては初めての友達という存在で、これもまた非常に温かい。
「今日はもっぱら実戦訓練だね」
「そのようですね」
聖桜学園の授業は大きく2種類に分けられる。座学と実戦訓練だ。座学では貴族の歴史や政治について、言語、数学、そして昨今の魔形討伐に関する研究など、さまざまなことを学ぶ。実戦訓練では、基本的には同じ系統の能力者同士でペアやグループを組み、仮想魔形を使って戦闘時を想定した動きを学ぶのだ。たまに、攻撃・防御・浄化の三形態全てが入ったグループで実戦形式の訓練を行うこともあるが。
もちろん、琴葉は千広とペアを組んで授業に臨む。
「では、本日の授業を始めます。いつも通り、攻撃の能力者、防御の能力者、そして浄化の能力者でグループを作り、仮想魔形に対してそれぞれふさわしい動きを練習してください。グループのメンバー同士でアドバイスをし合い、高め合う精神を忘れないこと」
指導教官の声が響く。グラウンドには仮想魔形が次々と生まれ、すでにグループを組んだ攻撃がメインの能力者たちによって倒されていくのが見える。
「私たちも始めよっか」
「ええ、よろしくお願いいたします」
奇妙な動きをする仮想魔形の前に立ち、一人が護衛、もう一人が浄化担当という形で交代しながら、対魔形の動き方を学びつつ浄化の精度を上げる訓練をする。
〜*¨*•.¸¸♬•*¨*•.¸¸♪•*¨*•.¸¸♬•*¨*•.¸¸♪
琴葉が願いをこめて歌う間、魔形の攻撃を避けるのは難しい。集中して歌わなければならないから、千広がその間琴葉の周りを周回して囮となり、攻撃を一手に引き受ける。
じゃあ、浄化の能力者は自分を自分で守れないから、戦闘の場に行くのは不向きではないか、と考えられるかもしれないが、決してそうではない。浄化の力は能力者を中心に適用されたり距離が近ければ近いほど浄化の精度が高まったりするため、戦闘の場のど真ん中で能力を使うことで初めて、その真価を発揮するのである。
「いい感じだね、琴葉!前回より発動までの時間、短くなったんじゃない?」
「少しは上達しているのでしょうか……。でも、まだ目を瞑って両手を組みながら歌わないと集中ができません。千広さんは目を開けたままでも浄化を扱えていてすごいです……何かコツはあるのですか?」
「うーん、私の能力は結構合理的だからなぁ……。手をかざしてそこに力を集中するイメージなんだよね。そしたらかざした方向に発動するっていうシステムで、でも琴葉の能力は別に声の方向に力が飛ぶわけじゃないし、本質がちょっと違う気がするんだよね。これが浄化の難しいところだよね〜」
二人でうーん、と考えるが、千広と琴葉の能力はあまりにも方向性が違うため、比べるのではなく、お互いのためになることを考えようという結論に至る。
「じゃあさじゃあさ!手は組んだままでいいから、目を開けて、どこか一点を見つめながらやってみるのはどう?最初から見るところ決めていたら集中途切れなさそうだし、危険が及んだ時に歌を中断して自分の身を守ることもできそうじゃん」
「ありがとうございます、千広さん。やってみます」
授業時間はあっという間に過ぎていき、お昼休みの時間になった。
「学食いこ〜!」
「ええ!」
聖桜学園には学食があり、学費さえ払っていれば誰でもタダで食事が取れる。それも、メニューは豊富だし、どれも絶品なのだ。
「じゃあ、私はからあげ定食にしよっかな!」
「では、私は日替わり定食で……」
琴葉は優柔不断である。幼い頃からメイドのような生活を強いられてきたため、自分で自由に何かを決めることができないのだ。珀の婚約者となってそれなりの年月が経つが、幼少期に形作られた性格はそうすぐに変わるものではない。そのため、学食ではいつも日替わり定食を頼む。毎日同じ献立の定食を頼むよりかは、勝手にメニューを決めてくれ、バランスの取れた飽きない定食を楽に選べる方がいいと考えたのだ。
空いているテーブル席を探し、千広と向かい合って座る。
「琴葉はさ、珀様とどんな話するの?」
「ええと、今朝は……」
千広は琴葉と珀のラブラブな毎日を知りたがる。一方で、自分の家の話はあまりしないし、琴葉の幼少期についても特に聞いてはこない。それが琴葉にとってはありがたくて、千広と一緒にいるのは居心地がよかった。
prrrr
突然、千広の携帯が音を鳴らす。途端、千広の顔が少し引き攣った。
「ちょっとごめん、すぐ戻る!」
「え、ええ、お気になさらず」
バタバタと焦って学食を出ていく千広。琴葉はその後ろ姿を眺めて、首を傾げる。
『千広くん、今日の午前の報告はどうしたのかね』
「申し訳ありません、ボス」
千広の震えた声は学園の誰にも拾われなかった。
額に優しくキスを落とされる。ふわっと香る柑橘系の匂いが、そこにいるのは自分を愛している、また自分が愛している婚約者だと感じさせる。
今日も琴葉は聖桜学園に通う。珀は大学部の授業には出席せずに、月城関連の調査に行くようだ。珀にこうやって言葉をかけられるのは毎日のことだが、毎度、心に温かいものが広がるのを感じる。
珀が車に乗り込んで、真っ黒なリムジンは颯爽と高等部を出て行った。琴葉はそれを少しだけ寂しい気持ちで見送る。すると、後ろからトンと肩を叩かれた。
「こ〜とは!おはよう!」
千広だった。これもいつものことだ。千広は学園内で私を見つけるとすぐに駆け寄ってきて、一緒にいてくれる。琴葉にとっては初めての友達という存在で、これもまた非常に温かい。
「今日はもっぱら実戦訓練だね」
「そのようですね」
聖桜学園の授業は大きく2種類に分けられる。座学と実戦訓練だ。座学では貴族の歴史や政治について、言語、数学、そして昨今の魔形討伐に関する研究など、さまざまなことを学ぶ。実戦訓練では、基本的には同じ系統の能力者同士でペアやグループを組み、仮想魔形を使って戦闘時を想定した動きを学ぶのだ。たまに、攻撃・防御・浄化の三形態全てが入ったグループで実戦形式の訓練を行うこともあるが。
もちろん、琴葉は千広とペアを組んで授業に臨む。
「では、本日の授業を始めます。いつも通り、攻撃の能力者、防御の能力者、そして浄化の能力者でグループを作り、仮想魔形に対してそれぞれふさわしい動きを練習してください。グループのメンバー同士でアドバイスをし合い、高め合う精神を忘れないこと」
指導教官の声が響く。グラウンドには仮想魔形が次々と生まれ、すでにグループを組んだ攻撃がメインの能力者たちによって倒されていくのが見える。
「私たちも始めよっか」
「ええ、よろしくお願いいたします」
奇妙な動きをする仮想魔形の前に立ち、一人が護衛、もう一人が浄化担当という形で交代しながら、対魔形の動き方を学びつつ浄化の精度を上げる訓練をする。
〜*¨*•.¸¸♬•*¨*•.¸¸♪•*¨*•.¸¸♬•*¨*•.¸¸♪
琴葉が願いをこめて歌う間、魔形の攻撃を避けるのは難しい。集中して歌わなければならないから、千広がその間琴葉の周りを周回して囮となり、攻撃を一手に引き受ける。
じゃあ、浄化の能力者は自分を自分で守れないから、戦闘の場に行くのは不向きではないか、と考えられるかもしれないが、決してそうではない。浄化の力は能力者を中心に適用されたり距離が近ければ近いほど浄化の精度が高まったりするため、戦闘の場のど真ん中で能力を使うことで初めて、その真価を発揮するのである。
「いい感じだね、琴葉!前回より発動までの時間、短くなったんじゃない?」
「少しは上達しているのでしょうか……。でも、まだ目を瞑って両手を組みながら歌わないと集中ができません。千広さんは目を開けたままでも浄化を扱えていてすごいです……何かコツはあるのですか?」
「うーん、私の能力は結構合理的だからなぁ……。手をかざしてそこに力を集中するイメージなんだよね。そしたらかざした方向に発動するっていうシステムで、でも琴葉の能力は別に声の方向に力が飛ぶわけじゃないし、本質がちょっと違う気がするんだよね。これが浄化の難しいところだよね〜」
二人でうーん、と考えるが、千広と琴葉の能力はあまりにも方向性が違うため、比べるのではなく、お互いのためになることを考えようという結論に至る。
「じゃあさじゃあさ!手は組んだままでいいから、目を開けて、どこか一点を見つめながらやってみるのはどう?最初から見るところ決めていたら集中途切れなさそうだし、危険が及んだ時に歌を中断して自分の身を守ることもできそうじゃん」
「ありがとうございます、千広さん。やってみます」
授業時間はあっという間に過ぎていき、お昼休みの時間になった。
「学食いこ〜!」
「ええ!」
聖桜学園には学食があり、学費さえ払っていれば誰でもタダで食事が取れる。それも、メニューは豊富だし、どれも絶品なのだ。
「じゃあ、私はからあげ定食にしよっかな!」
「では、私は日替わり定食で……」
琴葉は優柔不断である。幼い頃からメイドのような生活を強いられてきたため、自分で自由に何かを決めることができないのだ。珀の婚約者となってそれなりの年月が経つが、幼少期に形作られた性格はそうすぐに変わるものではない。そのため、学食ではいつも日替わり定食を頼む。毎日同じ献立の定食を頼むよりかは、勝手にメニューを決めてくれ、バランスの取れた飽きない定食を楽に選べる方がいいと考えたのだ。
空いているテーブル席を探し、千広と向かい合って座る。
「琴葉はさ、珀様とどんな話するの?」
「ええと、今朝は……」
千広は琴葉と珀のラブラブな毎日を知りたがる。一方で、自分の家の話はあまりしないし、琴葉の幼少期についても特に聞いてはこない。それが琴葉にとってはありがたくて、千広と一緒にいるのは居心地がよかった。
prrrr
突然、千広の携帯が音を鳴らす。途端、千広の顔が少し引き攣った。
「ちょっとごめん、すぐ戻る!」
「え、ええ、お気になさらず」
バタバタと焦って学食を出ていく千広。琴葉はその後ろ姿を眺めて、首を傾げる。
『千広くん、今日の午前の報告はどうしたのかね』
「申し訳ありません、ボス」
千広の震えた声は学園の誰にも拾われなかった。



