琴葉と珀、そして一史、穂花、彰人、隼人の6人は、車で浅桜本家へと来ていた。今日は美麗の能力を活用して、月城に囚われの身となっている八重樫音夜と連絡を取ってみる予定になっているのだ。
メイドと使用人がずらりと本邸の玄関前に並び、その奥に茂彦と美麗が立っている。琴葉たちが車を降りると、恭しく礼をした。
「ようこそ、おいでくださいました。本日は、私のアトリエで音夜様との連絡実験を行います。よろしくお願い申し上げます」
「美麗さんの能力には本当に驚かされたよ。よろしく頼むよ〜」
挨拶を交わし、美麗がアトリエへと案内する。本家の中を通って渡り廊下を進んだ先に、それはあった。
「これは……ここでいつも絵を描いているのかい?」
「ええ。こちらで戦闘に使えるように小物を準備したり、能力の限界を調べてみたり、趣味の絵を描いたりしているのですわ。以前は森の中に工房を構えていたのですけれど……」
美麗は琴葉をチラリと見て、曖昧に濁した。きっと、以前琴葉を誘拐したあの小屋のことを言っているのだろうと誰もが察する。珀の纏う空気が一気にピリついた。
「その件については、琴葉ちゃんの父としては許していないけど、まあ、これは宝城と浅桜の契約だ。今は気にしないでおくよ」
一史がスパッと言い切り、本題に戻った。茂彦はその間顔色ひとつ変えることなく、静かに佇んでいる。
「手順を確認しよう。まず、僕たちが持ってきた音夜くんの音楽ノートのページを破って、そこに美麗さんがメッセージを込めて絵を描く。ここでのメッセージは『宝城と浅桜両家より、月城の情報を求む。ノートに指で文字を書け』だね?」
その場の全員が頷く。
「そして、美麗さんが別のキャンバスに絵を描いて、そのページが折り鶴になって持ち主の元に飛んでいくようにする。持ち主である音夜くんが折り鶴に触れると開いてメッセージが見え、指で文字を書くとそれが美麗さんのキャンバスに浮かび上がるんだね?で、持ち主以外が触っても折り鶴は開かず、持ち主への移動を続けようとする。能力で攻撃された場合、美麗さんの絵で対応しきれなければ、折り鶴は壊れてしまう」
「これは我々白井家の結界を応用しても、解決できないのですよね?」
確認のため、彰人がメモを見ながら口を挟む。すると、美麗が頷いて話し出した。
「私の能力の定義上、私が描いたことのみが現実にできる、つまり能力の適用範囲なのです。ですから、他の方の能力を使って折り鶴を守ろうと、私が私の能力をもってして相手の攻撃を防ぐセオリーを描けなければ、折り鶴は任務を遂行できず、壊れてしまいます」
「美麗さんの能力は白井家の天敵ということになるね〜」
「いえ、私の能力では結界を破ることはできないので、天敵にはなり得ません……私の絵が誰かの能力に作用するのは、その能力の効果にバフをかけるときのみでございます。これはデバフでも、なのですが。結界は能力の発動と効果がほぼ同義なので、あとから少し弱めることはできても、破ることはできないのです」
琴葉は能力者として開花してから日は浅いほうだ。そのため、美麗の能力が理解の及ばないものであることだけはわかったが、それ以外は何ひとつわからず、とりあえず作戦を見守ろうと決める。
それから、作戦の流れの確認が続いた。折り鶴は役目を終えると帰ってくるらしい。いわばよくできた式神だ。
「これを何度か繰り返せば、必要な情報は集められるでしょう。音夜様が常時監視されてさえいなければ、の話ですけれど」
「これは僕の予想でしかないけどね、音夜くんに与えられた新しい能力はそれなりに強いものだと思うんだ。だから、音夜くんは一定月城に信用されているんじゃないかな。もちろん、二重スパイの嫌疑はかけられているだろうけど」
「常時監視はないと……?」
「いやぁ、ないとは言い切れないね。倫理も道徳も知ったこっちゃないと言わんばかりの技術開発をしているわけだし。——まあ、チャレンジあるのみだ」
囚われている音夜からこちらに連絡することは基本不可能だろう。だから、こちらからアクションを起こさないと何も始まらないのだ。音夜を助けるために、そして、月城への対応が後手に回らないように。
「じゃあ、始めようか」
一史のかけ声に、みなが気を引き締める。彰人が音夜の音楽ノートを取り出し、音夜が文字を書いているページを写真に収め、丁寧に破り取った。美麗曰く、持ち主の意思が強くこもっているほうが届きやすいのだそうだ。つまり、何も書いていない空白のページよりも、文字が書いてあるページを使ったほうがいい。勝手にノートを見られ、ページをめくられるのは可哀想だが、緊急事態だから仕方あるまい。ちなみに、音楽ノートは琴葉にピアノを教えるために、珀の家の防音室に置いてあった。
そのページに、美麗が血の混ざった絵の具で文字を書く。美麗の能力が効くように、ノートにも血の要素を含ませておく必要があるのだ。美麗の書く字は芸術的で、それでいて読みやすかった。
みなが静かに見守る中、美麗は淡々とキャンバスの前に座り、折り鶴が飛んでいく様子を描く。ときどき目を瞑りながら細かい部分を書き足していく。だんだんと絵の内容が琴葉にはわからなくなる。きっとこれが彼女の「芸術」なのだろうと感じた。
「それでは、実験を開始いたします」
美麗は静かに宣言し、最後の一筆を描き入れた。すると、音楽ノートのページがひとりでに折られ、折り鶴ができあがっていく。あっという間に美しい鶴の形になったそれは、ふわりと舞い上がると、アトリエの窓から外へ飛んでいった。
琴葉は他人が能力を使いこなすところは何度も見たことがある。自分だって、不思議といえば不思議な能力を使いこなす。だが、美麗の能力はとても幻想的で、これが戦いの作戦の一部であることを忘れてしまうくらい美しかった。
「帰ってくるまで時間がかかるはずです。音夜様がすぐに返信できるとは限りませんから」
「そうだね。改めて、ありがとう、美麗さん」
「もったいなきお言葉です。もし折り鶴が攻撃されたときのために、私はこのアトリエで待機しなければなりません。ですが、みなさんはここにいる必要はございませんから、応接室でごゆっくりなさってくださいまし」
美麗の言葉に甘える形で、茂彦と使用人に案内されて宝条家一行は応接室へと向かったのだった。
※ ※ ※
しばらくして、ひとりのメイドが慌てた様子で応接室に入ってきた。
「次のフェーズに入るため、アトリエまでお越しくださいと美麗様が!」
琴葉たちは再度アトリエへと足を運ぶ。
「先ほど、音夜様からのメッセージがキャンバス上で確認できましたので、お呼びいたしました。折り鶴はそろそろ戻ってくると存じます。——メッセージはこちらです」
美麗はキャンバスの中に描かれている貼り紙を指し示した。一同、絵を覗き込む。
『月城から精神干渉能力を移植され、最近では宝条の光の能力の分析をされかけている。もうひとりの移植能力者とともに実験を受けているが、光の能力は移植をきっかけに使えないことに。月城は無能力者を能力者に変える技術、能力者に新たな能力を移植する技術、死者の能力を復元する技術を有しており、それらを駆使して平民の反乱を後押しし、貴族政を崩壊させる計画を立てている。この情報が正しいとは限らないが、最短で2か月ほどで大規模な反乱を起こせる状態まで持っていけるとのこと……』
これで2つのことが確定した。音夜がどちらの味方であれ、ひとまず二重スパイを続けるつもりであること。そして音夜は、正確かどうかは置いておいて、月城の情報を少しは得られる状態であり、立場であることだ。
もちろん、月城が音夜に偽の情報を流させている可能性は捨てきれない。こちらからそれを確認する術はないし、確定させることも不可能だ。とはいえ、ひとまず音夜の無事を確認できて、宝条家の者はみな安堵したのだった。
「2か月……」
「思ったより早いね〜。もしこれが月城に書かされいる情報なのであれば、それよりさらに早いということになる。こちら側も対策を進めなければならないね」
今は10月上旬。2か月後となれば、反乱の場所によっては、山梨の大戦のように雪が舞う中での戦いとなるだろう。
その場の誰もが、大戦を思い出し、気を引き締めた。1日に何度も折り鶴を送っては、月城にバレる確率も上がるだろうということで、またしばらく経ってから必要に応じて実験を続けるということになり、そのあとは会議室でひたすら軍事会議を進めた。どの家が月城とつながっているか読めない中、他家をどのように作戦に引き込むか、宝条と浅桜の手腕が問われる戦いになりそうである。
ここ2週間ほどで一気に気温が下がってきた東京の空は、琴葉たちの気持ちに似つかわしくないくらい晴れ渡っていた。
メイドと使用人がずらりと本邸の玄関前に並び、その奥に茂彦と美麗が立っている。琴葉たちが車を降りると、恭しく礼をした。
「ようこそ、おいでくださいました。本日は、私のアトリエで音夜様との連絡実験を行います。よろしくお願い申し上げます」
「美麗さんの能力には本当に驚かされたよ。よろしく頼むよ〜」
挨拶を交わし、美麗がアトリエへと案内する。本家の中を通って渡り廊下を進んだ先に、それはあった。
「これは……ここでいつも絵を描いているのかい?」
「ええ。こちらで戦闘に使えるように小物を準備したり、能力の限界を調べてみたり、趣味の絵を描いたりしているのですわ。以前は森の中に工房を構えていたのですけれど……」
美麗は琴葉をチラリと見て、曖昧に濁した。きっと、以前琴葉を誘拐したあの小屋のことを言っているのだろうと誰もが察する。珀の纏う空気が一気にピリついた。
「その件については、琴葉ちゃんの父としては許していないけど、まあ、これは宝城と浅桜の契約だ。今は気にしないでおくよ」
一史がスパッと言い切り、本題に戻った。茂彦はその間顔色ひとつ変えることなく、静かに佇んでいる。
「手順を確認しよう。まず、僕たちが持ってきた音夜くんの音楽ノートのページを破って、そこに美麗さんがメッセージを込めて絵を描く。ここでのメッセージは『宝城と浅桜両家より、月城の情報を求む。ノートに指で文字を書け』だね?」
その場の全員が頷く。
「そして、美麗さんが別のキャンバスに絵を描いて、そのページが折り鶴になって持ち主の元に飛んでいくようにする。持ち主である音夜くんが折り鶴に触れると開いてメッセージが見え、指で文字を書くとそれが美麗さんのキャンバスに浮かび上がるんだね?で、持ち主以外が触っても折り鶴は開かず、持ち主への移動を続けようとする。能力で攻撃された場合、美麗さんの絵で対応しきれなければ、折り鶴は壊れてしまう」
「これは我々白井家の結界を応用しても、解決できないのですよね?」
確認のため、彰人がメモを見ながら口を挟む。すると、美麗が頷いて話し出した。
「私の能力の定義上、私が描いたことのみが現実にできる、つまり能力の適用範囲なのです。ですから、他の方の能力を使って折り鶴を守ろうと、私が私の能力をもってして相手の攻撃を防ぐセオリーを描けなければ、折り鶴は任務を遂行できず、壊れてしまいます」
「美麗さんの能力は白井家の天敵ということになるね〜」
「いえ、私の能力では結界を破ることはできないので、天敵にはなり得ません……私の絵が誰かの能力に作用するのは、その能力の効果にバフをかけるときのみでございます。これはデバフでも、なのですが。結界は能力の発動と効果がほぼ同義なので、あとから少し弱めることはできても、破ることはできないのです」
琴葉は能力者として開花してから日は浅いほうだ。そのため、美麗の能力が理解の及ばないものであることだけはわかったが、それ以外は何ひとつわからず、とりあえず作戦を見守ろうと決める。
それから、作戦の流れの確認が続いた。折り鶴は役目を終えると帰ってくるらしい。いわばよくできた式神だ。
「これを何度か繰り返せば、必要な情報は集められるでしょう。音夜様が常時監視されてさえいなければ、の話ですけれど」
「これは僕の予想でしかないけどね、音夜くんに与えられた新しい能力はそれなりに強いものだと思うんだ。だから、音夜くんは一定月城に信用されているんじゃないかな。もちろん、二重スパイの嫌疑はかけられているだろうけど」
「常時監視はないと……?」
「いやぁ、ないとは言い切れないね。倫理も道徳も知ったこっちゃないと言わんばかりの技術開発をしているわけだし。——まあ、チャレンジあるのみだ」
囚われている音夜からこちらに連絡することは基本不可能だろう。だから、こちらからアクションを起こさないと何も始まらないのだ。音夜を助けるために、そして、月城への対応が後手に回らないように。
「じゃあ、始めようか」
一史のかけ声に、みなが気を引き締める。彰人が音夜の音楽ノートを取り出し、音夜が文字を書いているページを写真に収め、丁寧に破り取った。美麗曰く、持ち主の意思が強くこもっているほうが届きやすいのだそうだ。つまり、何も書いていない空白のページよりも、文字が書いてあるページを使ったほうがいい。勝手にノートを見られ、ページをめくられるのは可哀想だが、緊急事態だから仕方あるまい。ちなみに、音楽ノートは琴葉にピアノを教えるために、珀の家の防音室に置いてあった。
そのページに、美麗が血の混ざった絵の具で文字を書く。美麗の能力が効くように、ノートにも血の要素を含ませておく必要があるのだ。美麗の書く字は芸術的で、それでいて読みやすかった。
みなが静かに見守る中、美麗は淡々とキャンバスの前に座り、折り鶴が飛んでいく様子を描く。ときどき目を瞑りながら細かい部分を書き足していく。だんだんと絵の内容が琴葉にはわからなくなる。きっとこれが彼女の「芸術」なのだろうと感じた。
「それでは、実験を開始いたします」
美麗は静かに宣言し、最後の一筆を描き入れた。すると、音楽ノートのページがひとりでに折られ、折り鶴ができあがっていく。あっという間に美しい鶴の形になったそれは、ふわりと舞い上がると、アトリエの窓から外へ飛んでいった。
琴葉は他人が能力を使いこなすところは何度も見たことがある。自分だって、不思議といえば不思議な能力を使いこなす。だが、美麗の能力はとても幻想的で、これが戦いの作戦の一部であることを忘れてしまうくらい美しかった。
「帰ってくるまで時間がかかるはずです。音夜様がすぐに返信できるとは限りませんから」
「そうだね。改めて、ありがとう、美麗さん」
「もったいなきお言葉です。もし折り鶴が攻撃されたときのために、私はこのアトリエで待機しなければなりません。ですが、みなさんはここにいる必要はございませんから、応接室でごゆっくりなさってくださいまし」
美麗の言葉に甘える形で、茂彦と使用人に案内されて宝条家一行は応接室へと向かったのだった。
※ ※ ※
しばらくして、ひとりのメイドが慌てた様子で応接室に入ってきた。
「次のフェーズに入るため、アトリエまでお越しくださいと美麗様が!」
琴葉たちは再度アトリエへと足を運ぶ。
「先ほど、音夜様からのメッセージがキャンバス上で確認できましたので、お呼びいたしました。折り鶴はそろそろ戻ってくると存じます。——メッセージはこちらです」
美麗はキャンバスの中に描かれている貼り紙を指し示した。一同、絵を覗き込む。
『月城から精神干渉能力を移植され、最近では宝条の光の能力の分析をされかけている。もうひとりの移植能力者とともに実験を受けているが、光の能力は移植をきっかけに使えないことに。月城は無能力者を能力者に変える技術、能力者に新たな能力を移植する技術、死者の能力を復元する技術を有しており、それらを駆使して平民の反乱を後押しし、貴族政を崩壊させる計画を立てている。この情報が正しいとは限らないが、最短で2か月ほどで大規模な反乱を起こせる状態まで持っていけるとのこと……』
これで2つのことが確定した。音夜がどちらの味方であれ、ひとまず二重スパイを続けるつもりであること。そして音夜は、正確かどうかは置いておいて、月城の情報を少しは得られる状態であり、立場であることだ。
もちろん、月城が音夜に偽の情報を流させている可能性は捨てきれない。こちらからそれを確認する術はないし、確定させることも不可能だ。とはいえ、ひとまず音夜の無事を確認できて、宝条家の者はみな安堵したのだった。
「2か月……」
「思ったより早いね〜。もしこれが月城に書かされいる情報なのであれば、それよりさらに早いということになる。こちら側も対策を進めなければならないね」
今は10月上旬。2か月後となれば、反乱の場所によっては、山梨の大戦のように雪が舞う中での戦いとなるだろう。
その場の誰もが、大戦を思い出し、気を引き締めた。1日に何度も折り鶴を送っては、月城にバレる確率も上がるだろうということで、またしばらく経ってから必要に応じて実験を続けるということになり、そのあとは会議室でひたすら軍事会議を進めた。どの家が月城とつながっているか読めない中、他家をどのように作戦に引き込むか、宝条と浅桜の手腕が問われる戦いになりそうである。
ここ2週間ほどで一気に気温が下がってきた東京の空は、琴葉たちの気持ちに似つかわしくないくらい晴れ渡っていた。



