揺蕩う音符とシンデレラ 第二部

 まだまだ暑さが続くなか、カレンダーはめくられ、あたりは秋の様相を見せ始めていた。今日は浅桜家が主催のパーティーがあるため、琴葉は珀や隼人とともにホテルの大宴会場に来ている。主催者である浅桜家当主、茂彦(しげひこ)が登壇して挨拶を始めた。

「本日はお忙しいなか、我が浅桜家のパーティーにお越しいただき、誠に感謝申し上げます。昨今のヒエラルキー批判により、今まで以上に我々貴族は結束しなくてはなりません。今回はそのきっかけとなるような会にしたい——」

 浅桜家当主は知っての通り、浅桜美麗(みれい)の祖父に当たる。そこそこ年も重ねているため、社交界の重鎮と言える存在だ。乾杯ののち、琴葉たちはまず主催である浅桜家の面々に挨拶回りに向かった。

「ご無沙汰しております。茂彦様。お変わりありませんか?」
「おお、これはこれは。宝城の坊ちゃんの婚約者殿ではないか。わしは元気も元気、そなたも元気そうで何より」
「パーティー後の会談も何卒よろしくお願い申し上げます」

 丁寧に頭を下げる琴葉。このパーティーは貴族の結束を再確認し、強める目的で開かれているが、その後ろにもうひとつ、重要な会合が控えている。宝城と浅桜がお互いの情報を交換し、協力体制を敷くための会合である。茂彦は重々しく頷き、よろしく頼むと言った。

 次は力の強さ的に月城家だ。浅桜家も、月城抜きでパーティーを主催することなどできず、仕方なく招待したらしい。何食わぬ顔で参加している月城和樹の心臓には一体、何本の毛が生えているのだろうか。珀とともに緊張しながら挨拶に向かうと、怪しく瞳を光らせて、挨拶を返される。一触即発の空気にかなり心労が大きかった。

 その次は、本来ならば神楽家の面々のはず。だが、今回のパーティーには神楽は基本来ていない。主催曰く、招待自体は出しているそうだ。つまり、真っ向から貴族と対立する意思があるということだ。もっとも、貴族政を批判したいとかそういうことではなく、ただ単に現状のヒエラルキーが気に食わないだけなのだろうが。

 唯一、琴葉の元婚約者である(みやび)だけが会場に来ていた。珀は琴葉と雅が婚約していたことを知っているため、挨拶に行くのを少し渋っていたが、社交界で挨拶回りの順番をすっ飛ばすなどあってはならない。

「雅さんとは、ただのいとこ同士ですから、恋愛感情などまったくありませんよ。そんな心配にならずとも、私は珀様を愛していますから」
「わかっているが……」

 1人で神楽家を代表し、浅桜家への挨拶をこなしている雅のもとへと向かう。しばらく待っていると、あちらも気づいたようで、近づいてきた。

「ご無沙汰しております。宝城家次期当主様——婚約者様。この度は、我が神楽家が面倒ごとを引き起こし、大変ご迷惑をおかけしました。心よりお詫び申し上げます。私、神楽雅は当主と意見が異なり、このパーティーの趣旨にも賛同しておりますゆえ、どうかご理解をいただきたく存じます」

 そう言って、雅は深々と礼をする。琴葉、と呼ぼうとして慌てて婚約者様と言い換えたのがわかり、琴葉は自分がもう神楽家ではないことを改めて実感した。

「まったく、当主が無能だと次期当主も大変だろう。——確か、東北に飛ばされていたと認識していたが、今日は新幹線で来たのか?」
「ええ。もうすぐ謹慎も解けるので、東京に拠点を構える予定です。そうしたらこのような場にも積極的に顔を出せると思うのですが」

 貴族らしい会話を繰り広げる珀と雅。だが、やはり珀は相手を牽制したいのか、少しトゲトゲしているようだ。いや、もともと誰に対しても冷たい人ではあるが。

「琴葉様もお変わりないようで何よりです」

 突如として、自分の名前が出てきて驚く。挨拶を、と思って一歩前に出ようとすると、珀に手で制された。

「ああ、良い人をもらったものだ。この間なんて誕生日プレゼントに置き時計とマグカップをくれた。素敵な婚約者だろう?」
「そ、そうなのですね。それはとても素敵だ……ち、小さな頃は私もよく文通をしていたもので……」

 あからさまな牽制に、雅も少し言い返そうとするが、珀の無言の圧に押されて徐々に声がしぼんでいく。

「とにかく、神楽家は今後大変だろうが、君だけでも信用を取り戻すために努力することだな。では、またの機会に」

 さらりと挨拶を済ませ、珀は琴葉の手を引いてその場を離れる。その顔は少し怒っているように見えた。

「あ、あの……珀様、怒っていらっしゃいますか?」
「いや、怒っていない。……文通をしていたのか」
「本当に小さな頃の話でございます。叔父が亡くなってからは、婚約は解消され、雅さんが送っていた文もすべて父が焼いてしまっていたそうですから」
「神楽……(たすく)か」

 少しだけ機嫌が直ったようだった。

「今日は、もう琴葉は挨拶回りの必要はない。あそこにいる令嬢と一緒にいるといい」
「え? もうおしまいなのですか?」
「ああ。あとは俺が必要最低限だけ回って終わらせる。下の貴族との交流は隼人がやってくれるから、俺たちは気にしなくていい」

 隼人の仕事量を想像して、めまいがしたが、あの"しごでき"なら任せても問題ないのだろう。
 
 あそこにいる令嬢、と珀が指差したのは、千広だった。成り上がりと自分で言っているが、千広も貴族令嬢のひとり。もちろん、パーティーに招待されることもある。それからは、千広と一緒にケーキスタンドめぐりをした。

「これ、めっちゃかわいいよ!琴葉、見てみて!」
「あら、かわいらしいですね。小鳥が乗っている」
「こっちも!これ美味しそう」
「千広様、そんなに取っては食べ切れませんよ」

 学園で見たことがある顔の令嬢たちがクスクス噂しているのが聞こえてくるが、2人でいるとまったく気にならない。それだけ、千広といると安心できるし、それほどまでに2人の仲は親密になった。目がチカチカする豪奢なシャンデリアも、くらりとするような香水の混ざった香りも、一瞬で楽しいものに変わってしまう。

 千広はケーキを制覇する!と意気込んでいた。琴葉もそれについていく。そうしているうちに、あっという間に閉会の時間になったのだった。