いつの間にか梅雨前線は去り、学徒動員の任務に追われる忙しい日々を送っていた琴葉。7月中旬のすでに暑い空の下で、珀と二人、手をつないで歩いていた。今日は聖桜学園大学部のキャンパスを巡る、いわば「キャンパスデート」の日だ。
二人ともとにかく毎日忙しいため、都合がつく日はほとんどないのだが、こうやって予定が合えば必ず、何かテーマを決めてデートに出かけている。今回は、大学部に通う珀のキャンパスライフが気になった琴葉の提案だ。
「聖桜学園大学部」は中等部・高等部からエスカレーター式に進学できる「貴族学部」のことを指す。それ以外の学部もあり、貴族学部以外は一般受験を突破しなければならない。それらを統括する大学の名前は「聖桜学園大学」であり、大学部と名称が似通っているため、よく間違われる。
聖桜学園大学のキャンパスは2つあり、そのうち貴族学部がある方の豊島キャンパスを今日は巡る。キャンパスの正門には古めかしい字で「聖桜学園大学」と書いてあり、正面には大学の講堂らしい左右対称の建物が立派に聳え立っていた。
「あの講堂はほとんど使われていない。それどころか、基本的に立ち入り禁止なんだ」
珀が解説しながら琴葉を案内する。まずは普段使っている貴族学部の教室に向かった。
「この教室は貴族政Ⅰの授業で使っている。あっちはマクロ経済の教室だ。あとは……あの端っこの教室は代数学Ⅱだな」
「広い……けれど、階段教室ではないのですね。大学は全部階段教室だと思っていました」
「昔はそうだったみたいだがな」
キャンパス自体は広いが、それでも教室はすぐに回り終わってしまった。珀は次はどこに行くとも言わずに、琴葉を優しく連れて進む。琴葉も安心して黙ってついていく。すると、着いたのはテニスコートだった。
「ててて、テニスをするのですか!?」
「そう慌てなくていい。そうではなくてだな——この景色に見覚えはないか」
「あれ……?なんだか見たことがあるような……あ!」
「気づいたか」
そこは、二人が一緒に読み進めている漫画に使われたテニスコートだった。有名なシーンだったため、琴葉もすぐに気づく。
「この角度で、二人はテニスをするのですよね!」
「ああ。あれはどちらも譲れない戦いで展開が読めなかった」
珀は冷酷無慈悲で、琴葉以外の何にも興味がないと言われるが、決してそういうわけではない。作品には結構触れるし、それも貴族の教養だと思って吸収する。何でも手をつけるが、全て完璧にできてしまうが故、消費するだけの作品は珀にとってちょうどいい存在なのかもしれない。
書斎に並ぶ漫画や小説などの娯楽を思い出し、微笑ましい気持ちになる琴葉だった。
その時、突然琴葉の視界が揺れ出した。テニスコートがじわじわと滲み、水分を摂っていなかったからか、と理由をぼんやりと考えるが、その思考も徐々に乱れていく。
「琴葉?大丈夫か?」
心配そうにこちらを覗き込む珀に返事をしようとするが、言葉の紡ぎ方がわからない。次の瞬間、琴葉は銀色の高層ビルが立ち並ぶ白い世界に引き込まれていた。ここはどこ?と疑問に思うも、全ての感覚がふわふわしていて、何が何だかわからない。
『……らの……けい……』
どこからか声が聞こえてくるが、なんと言っているのか聞き取れない。どれくらいの間、そうしていただろうか。ハッと琴葉が現実の世界に戻ってくると、冷や汗をかいて焦りながら琴葉の名を呼ぶ珀の顔が目の前に。
「わ!も、申し訳ございません……!私——」
「大丈夫か?体調が悪いのならば、日陰で休憩して今日はもう帰ったほうが……」
「いいえ!違うのです。どちらかというと、今、私は多分……白昼夢を見ていた?いや、見させられていた気がするのです」
「見させられていた?」
「ええ。根拠も確証もないのですが、なんとなく、そんな気がします。でも何を伝えようとしていたのか、全くわかりませんでした」
「神楽の力か?大いなる意志が関係しているのかもしれないな」
琴葉は見た景色や聞こえた声を必死で思い出そうとするが、白銀の高層ビルと微かな女性の声という朧げな記憶しかなく、それ以上の情報が掴めない。
「体調は全く問題ございません。一応、お水を飲んでおきますが……」
「ああ、そうしろ。無理だけはしないでくれ、もし何かあったらすぐに言うんだぞ」
琴葉も珀も落ち着いたところで、デートは再開される。気温が高いから、休憩も兼ねて食堂で涼みながら昼食を摂ろうということになった。
「ここは大学の学生ならカードを提示するだけで基本は無料で食べられる。高等部と同じ形式だ。琴葉の分もまとめて買ってしまおう」
珀は迷うことなく、フレンチのコースを選んだ。大学の学食にはフレンチのコースがあるのか……とかなり驚いた琴葉だったが、さらに、コースを選んだ場合は個室に案内され、給仕係がつくと説明され、呆気に取られた。もちろん、コース料理は追加料金が存在する。
「琴葉も同じコースにするか?追加料金はもちろん気にする必要はない」
「え、ええ。ではそうさせていただきます」
コース料理の食券を買うと、すぐに給仕係がすっ飛んできて、案内してくれた。食券形式でコースを選ぶという、ありえない構図に違和感を抱かないほど、全てが違和感だらけだ。
運ばれてきた料理はどれも絶品だった。高等部の学食も味はかなりいいが、さらに洗練されているように感じる。神楽家にいた頃は、残り物ばかり食べていたし、何にも期待していなかったからか、美味しいかどうかなどわからなかったが、宝条家に来てからというもの、高級なものばかり口にしているため、舌が超えてきているのを実感した琴葉だった。
学食はキャンパス内の建物の一階にあり、隣に透き通った池がある。個室はその池が見える場所に配置されているようで、景色も素晴らしかった。ここが大学の中の「学食」であることを忘れてしまうくらいだ。
美味しい料理と美しい景色に満足した二人は、次に大学図書館に向かった。蔵書数が日本の大学図書館の中で最も多く、入ってすぐレッドカーペットが敷いてある豪華な階段が有名な聖桜学園大学総合図書館。入館した瞬間にふわりと漂う本の香りに、心が落ち着くのを感じる。
「試験前はみんなここで勉強するんだ」
「珀様も利用されるのですか?」
「いや、俺は基本仕事合間にちゃちゃっと教科書を読むだけだな」
閲覧室兼自習スペースを指して珀が説明する。相変わらずの有能ぶりに、琴葉は感心してしまう。
「高等部の試験を乗り越えて、珀様が毎回全科目で満点を取っていたことがどれだけすごいことか、身に沁みてわかりました。大学部でもその要領の良さを発揮なさっているだなんて、私の婚約者様は本当にすごい方です……」
「日本を引っ張る家の次期当主として当然のことだ、それに、俺の婚約者だってすごい人だ」
真っ直ぐと褒め返されてしまい、琴葉はかああと赤くなる。口下手と言われている珀は、琴葉に対してはしっかり愛や褒め言葉を伝えてくれるので、とてつもなく嬉しくて舞い上がってしまう。
図書館を一通り見終わった後は、キャンパス内のカフェで少しゆっくりと言葉を交わし、キャンパスデートは幕を閉じた。車で家に帰り、夕食までの時間、バルコニーで話がしたいと珀に言われ、琴葉はドキドキしながらついていく。扉を開け、外に出ると、そこは西日でかなり暑かった。
珀は椅子に座ろうとしない。琴葉もそれに倣って立ったままでいる。珀は何度か目を閉じては開いてを繰り返し、少し不安そうにしていた。何を話されるのだろうと琴葉も少し身構える。
その時、珀がスッと片膝を立て、黒いケースを取り出して開き、中身をこちらに向けた。琴葉の頭はすぐに状況を理解したが、でも心がそれについていかない。これは、プロポーズだ。
「琴葉。宝条の次期当主の嫁となることは、お前にとって負担の多いことだろう。だが、俺は、お前のことが好きだ。愛している。離したくない。お前が辛い時は必ず俺が全力で支えよう。だから……琴葉、高校卒業と同時に、俺と結婚してくれないか?」
優しい暖かい風が珀のツヤのある黒髪を靡かせる。二人の心音はこれまでにないほど高鳴り、お互いがお互いに心音が聞こえていないか不安なくらいだ。
瞬間、琴葉の脳裏にこれまでの出来事が走馬灯のように流れる。神楽家で何もかもを諦めていたこと、珀とパーティーで出会ったこと、突然婚約者にすると言われ、この家に連れて来られたこと、鈴葉と美麗にさらわれてひどい目に遭い、能力を発現し、魔形討伐に加わったこと、山梨の大戦、学園の編入。珀が琴葉の人生に現れてからというもの、琴葉はずっと珀に支えられ、劇的に成長できた。珀の隣にいれば安心できるし、何でもできるように感じられる。
ああ、私も、この人が大好きだ。これからもずっと、この人と一緒にいられたら、それ以上の幸せは望まない。そう、強く感じた。
「ええ。私でよろしければ、喜んで」
大好きな人を目の前に、自然と温かい笑顔が溢れ、さらには左右の目から温かい涙がこぼれた。婚約指輪と交換して、結婚指輪をはめてもらう。指輪には名前が彫られていて、ダイヤが輝いていた。
「実際に普段からこれをつけるのは、結婚式を挙げてからになるが、ぴったりでよかった」
指輪を箱に戻し、珀が琴葉をぎゅっと抱きしめる。
「絶対に離さない。何があっても、俺とお前は二人で一つだ。愛している」
「私も、愛しています。珀様」
温かい、広い背中に手を回し、琴葉も精一杯の愛情を送った。
当たり前のことだが、宝条の結婚式は大々的に行われる。これからは、普段の生活の忙しさに加えて、結婚式の準備も入ってくるため、覚悟が必要だ。そんな日々も一緒に乗り越えていこうと、笑って約束を交わした二人だった。
二人ともとにかく毎日忙しいため、都合がつく日はほとんどないのだが、こうやって予定が合えば必ず、何かテーマを決めてデートに出かけている。今回は、大学部に通う珀のキャンパスライフが気になった琴葉の提案だ。
「聖桜学園大学部」は中等部・高等部からエスカレーター式に進学できる「貴族学部」のことを指す。それ以外の学部もあり、貴族学部以外は一般受験を突破しなければならない。それらを統括する大学の名前は「聖桜学園大学」であり、大学部と名称が似通っているため、よく間違われる。
聖桜学園大学のキャンパスは2つあり、そのうち貴族学部がある方の豊島キャンパスを今日は巡る。キャンパスの正門には古めかしい字で「聖桜学園大学」と書いてあり、正面には大学の講堂らしい左右対称の建物が立派に聳え立っていた。
「あの講堂はほとんど使われていない。それどころか、基本的に立ち入り禁止なんだ」
珀が解説しながら琴葉を案内する。まずは普段使っている貴族学部の教室に向かった。
「この教室は貴族政Ⅰの授業で使っている。あっちはマクロ経済の教室だ。あとは……あの端っこの教室は代数学Ⅱだな」
「広い……けれど、階段教室ではないのですね。大学は全部階段教室だと思っていました」
「昔はそうだったみたいだがな」
キャンパス自体は広いが、それでも教室はすぐに回り終わってしまった。珀は次はどこに行くとも言わずに、琴葉を優しく連れて進む。琴葉も安心して黙ってついていく。すると、着いたのはテニスコートだった。
「ててて、テニスをするのですか!?」
「そう慌てなくていい。そうではなくてだな——この景色に見覚えはないか」
「あれ……?なんだか見たことがあるような……あ!」
「気づいたか」
そこは、二人が一緒に読み進めている漫画に使われたテニスコートだった。有名なシーンだったため、琴葉もすぐに気づく。
「この角度で、二人はテニスをするのですよね!」
「ああ。あれはどちらも譲れない戦いで展開が読めなかった」
珀は冷酷無慈悲で、琴葉以外の何にも興味がないと言われるが、決してそういうわけではない。作品には結構触れるし、それも貴族の教養だと思って吸収する。何でも手をつけるが、全て完璧にできてしまうが故、消費するだけの作品は珀にとってちょうどいい存在なのかもしれない。
書斎に並ぶ漫画や小説などの娯楽を思い出し、微笑ましい気持ちになる琴葉だった。
その時、突然琴葉の視界が揺れ出した。テニスコートがじわじわと滲み、水分を摂っていなかったからか、と理由をぼんやりと考えるが、その思考も徐々に乱れていく。
「琴葉?大丈夫か?」
心配そうにこちらを覗き込む珀に返事をしようとするが、言葉の紡ぎ方がわからない。次の瞬間、琴葉は銀色の高層ビルが立ち並ぶ白い世界に引き込まれていた。ここはどこ?と疑問に思うも、全ての感覚がふわふわしていて、何が何だかわからない。
『……らの……けい……』
どこからか声が聞こえてくるが、なんと言っているのか聞き取れない。どれくらいの間、そうしていただろうか。ハッと琴葉が現実の世界に戻ってくると、冷や汗をかいて焦りながら琴葉の名を呼ぶ珀の顔が目の前に。
「わ!も、申し訳ございません……!私——」
「大丈夫か?体調が悪いのならば、日陰で休憩して今日はもう帰ったほうが……」
「いいえ!違うのです。どちらかというと、今、私は多分……白昼夢を見ていた?いや、見させられていた気がするのです」
「見させられていた?」
「ええ。根拠も確証もないのですが、なんとなく、そんな気がします。でも何を伝えようとしていたのか、全くわかりませんでした」
「神楽の力か?大いなる意志が関係しているのかもしれないな」
琴葉は見た景色や聞こえた声を必死で思い出そうとするが、白銀の高層ビルと微かな女性の声という朧げな記憶しかなく、それ以上の情報が掴めない。
「体調は全く問題ございません。一応、お水を飲んでおきますが……」
「ああ、そうしろ。無理だけはしないでくれ、もし何かあったらすぐに言うんだぞ」
琴葉も珀も落ち着いたところで、デートは再開される。気温が高いから、休憩も兼ねて食堂で涼みながら昼食を摂ろうということになった。
「ここは大学の学生ならカードを提示するだけで基本は無料で食べられる。高等部と同じ形式だ。琴葉の分もまとめて買ってしまおう」
珀は迷うことなく、フレンチのコースを選んだ。大学の学食にはフレンチのコースがあるのか……とかなり驚いた琴葉だったが、さらに、コースを選んだ場合は個室に案内され、給仕係がつくと説明され、呆気に取られた。もちろん、コース料理は追加料金が存在する。
「琴葉も同じコースにするか?追加料金はもちろん気にする必要はない」
「え、ええ。ではそうさせていただきます」
コース料理の食券を買うと、すぐに給仕係がすっ飛んできて、案内してくれた。食券形式でコースを選ぶという、ありえない構図に違和感を抱かないほど、全てが違和感だらけだ。
運ばれてきた料理はどれも絶品だった。高等部の学食も味はかなりいいが、さらに洗練されているように感じる。神楽家にいた頃は、残り物ばかり食べていたし、何にも期待していなかったからか、美味しいかどうかなどわからなかったが、宝条家に来てからというもの、高級なものばかり口にしているため、舌が超えてきているのを実感した琴葉だった。
学食はキャンパス内の建物の一階にあり、隣に透き通った池がある。個室はその池が見える場所に配置されているようで、景色も素晴らしかった。ここが大学の中の「学食」であることを忘れてしまうくらいだ。
美味しい料理と美しい景色に満足した二人は、次に大学図書館に向かった。蔵書数が日本の大学図書館の中で最も多く、入ってすぐレッドカーペットが敷いてある豪華な階段が有名な聖桜学園大学総合図書館。入館した瞬間にふわりと漂う本の香りに、心が落ち着くのを感じる。
「試験前はみんなここで勉強するんだ」
「珀様も利用されるのですか?」
「いや、俺は基本仕事合間にちゃちゃっと教科書を読むだけだな」
閲覧室兼自習スペースを指して珀が説明する。相変わらずの有能ぶりに、琴葉は感心してしまう。
「高等部の試験を乗り越えて、珀様が毎回全科目で満点を取っていたことがどれだけすごいことか、身に沁みてわかりました。大学部でもその要領の良さを発揮なさっているだなんて、私の婚約者様は本当にすごい方です……」
「日本を引っ張る家の次期当主として当然のことだ、それに、俺の婚約者だってすごい人だ」
真っ直ぐと褒め返されてしまい、琴葉はかああと赤くなる。口下手と言われている珀は、琴葉に対してはしっかり愛や褒め言葉を伝えてくれるので、とてつもなく嬉しくて舞い上がってしまう。
図書館を一通り見終わった後は、キャンパス内のカフェで少しゆっくりと言葉を交わし、キャンパスデートは幕を閉じた。車で家に帰り、夕食までの時間、バルコニーで話がしたいと珀に言われ、琴葉はドキドキしながらついていく。扉を開け、外に出ると、そこは西日でかなり暑かった。
珀は椅子に座ろうとしない。琴葉もそれに倣って立ったままでいる。珀は何度か目を閉じては開いてを繰り返し、少し不安そうにしていた。何を話されるのだろうと琴葉も少し身構える。
その時、珀がスッと片膝を立て、黒いケースを取り出して開き、中身をこちらに向けた。琴葉の頭はすぐに状況を理解したが、でも心がそれについていかない。これは、プロポーズだ。
「琴葉。宝条の次期当主の嫁となることは、お前にとって負担の多いことだろう。だが、俺は、お前のことが好きだ。愛している。離したくない。お前が辛い時は必ず俺が全力で支えよう。だから……琴葉、高校卒業と同時に、俺と結婚してくれないか?」
優しい暖かい風が珀のツヤのある黒髪を靡かせる。二人の心音はこれまでにないほど高鳴り、お互いがお互いに心音が聞こえていないか不安なくらいだ。
瞬間、琴葉の脳裏にこれまでの出来事が走馬灯のように流れる。神楽家で何もかもを諦めていたこと、珀とパーティーで出会ったこと、突然婚約者にすると言われ、この家に連れて来られたこと、鈴葉と美麗にさらわれてひどい目に遭い、能力を発現し、魔形討伐に加わったこと、山梨の大戦、学園の編入。珀が琴葉の人生に現れてからというもの、琴葉はずっと珀に支えられ、劇的に成長できた。珀の隣にいれば安心できるし、何でもできるように感じられる。
ああ、私も、この人が大好きだ。これからもずっと、この人と一緒にいられたら、それ以上の幸せは望まない。そう、強く感じた。
「ええ。私でよろしければ、喜んで」
大好きな人を目の前に、自然と温かい笑顔が溢れ、さらには左右の目から温かい涙がこぼれた。婚約指輪と交換して、結婚指輪をはめてもらう。指輪には名前が彫られていて、ダイヤが輝いていた。
「実際に普段からこれをつけるのは、結婚式を挙げてからになるが、ぴったりでよかった」
指輪を箱に戻し、珀が琴葉をぎゅっと抱きしめる。
「絶対に離さない。何があっても、俺とお前は二人で一つだ。愛している」
「私も、愛しています。珀様」
温かい、広い背中に手を回し、琴葉も精一杯の愛情を送った。
当たり前のことだが、宝条の結婚式は大々的に行われる。これからは、普段の生活の忙しさに加えて、結婚式の準備も入ってくるため、覚悟が必要だ。そんな日々も一緒に乗り越えていこうと、笑って約束を交わした二人だった。



