――LOG/PROJ-2025-WS-17
――件名:残存フッテージ/クロージング~退場~途切れ
――撮影:C1=山名(メイン/扉前)、C2=澤田(後方~通路)、C3=固定(俯瞰)、C4=卓上(複数/一部欠損)
――音声:Amb×2、Boom×1、LAV×2
――編集メモ:ラフv2.0/以降、映像・音声ともに断続/同時欠落多数/“C4(1974)”混入

 02:46:31 RETREAT—PROCESSIONAL OUT

 退場の音楽。弦の 和音 が 後ろ向き にほどける。新郎新婦の背に寄る C1 は、扉へ向かう二人を中心に 世界 を引きずるように移動する。
 背後で列がうねる。人と人ならざるものの境界が、照明の明滅とともに 揺らぐ。
 C3 の俯瞰では、列席者の頭部が 均等 ではない長さに伸び、肩幅が 数式 のように反復する。規則 と 破れ が同居し、画の直線は微細な 鼓動 を持つ。

 Amb(右)…拍手、Amb(左)…潮騒。
 Boom…無音(0.4秒の空白)→床下 で 「おめでとう」 が遅れて一度だけ。

 C2 は後方から通路を切り裂くように前進。存在しない参列者(喪服・学生服・古制服)が 同時に振り向き、同時に目を伏せ、同時に立ち上がる。
 C1 が小さく ヨーイ と鳴る。三脚座 が床に引っかかる。床 は木、しかし 石 の音が返る。

 02:46:58 MOTION RUPTURE—FRAME DROP

 C1 / C2 / C3 の 全カメラ で同一 フレーム欠落。連番上の欠番はなし。
 欠落手前の 1/50秒 に、画面下辺 から 黒い指。指の 節 は一本足りない。爪 はなく、花弁の粉 だけが付着。
 編集コメントテロップ(赤):〈同期的フレーム欠落。機材の不具合を疑ったが、メーカー診断=問題なし〉

 02:47:01 BACK—TURN

 退場の列が角を曲がる。C1 が追う。
 新婦の ベール が、逆方向 に引かれ 一瞬停止。ベールの内側 に 顔。誰 のでもない 顔。目 は無く、口 だけが 笑う。
 LAV(新婦) に 呼吸 が 三層 重なる。ひとつは彼女、ひとつは 老人、ひとつは 子ども。
 Amb に 薄い祈り。「踏むな」「呼ぶな」。
 C2 が 通路 の右へパン。空席 の塊が 移動 する。人がいない空席 が、人のように 歩く。

 02:47:24 THRESHOLD—DOOR

 扉が 開く。
 向こうは 廊下。非常灯の 緑 が 流体 になる。
 新郎新婦が 敷居 に 足 をかける瞬間、C3 の俯瞰が 魚眼 のように 曲がる。
 曲がり は 光学的 ではなく、空間 が 曲がる。
 Boom が 落ち、マイクケーブル が 引き抜かれた音 を 後から 返す(遅延0.6秒)。
 Amb(左) に 海鳥。ここは内陸。

司会(背後)「本日は誠に――」
 声は二度 重なり、一つは 未来 から、もう一つは 過去 から来た。

 02:47:40 LINE BREAK—HUMAN/NON

 C2 のローアングル。列 の 中腹 が 波 になる。
 肩 と 肩 の間に 一本、余計な腕。
 腕 は 拍手 をしない。指 を 数える。
 C1 は二人の 背 に固定。新郎の肩 にまた 手。
 手 の 温度 を 感じる ような 汗 の斑。LAV(新郎) に 微弱皮膚音。
 編集テロップ:〈“肩の手”はスチール全データにも写り込み。現像所の技師曰く「消えません」〉

 02:48:02 HARD CUT—BLACK

 全カメラ、一斉暗転。
 メタデータの タイムコード は進む。
 音 だけが 残る。
 潮騒、砂の擦れる音、祝詞 の 断片。

低い声「……渡り……帰す……」
 編集メモ:ここで 自動保存 が発動。03_banquet_autosave3 生成。
 OS ダイアログ:〈このファイルは使用中です〉。
 誰 が。どこ で。

 02:48:12 LAST PICTURE—STATIC

 暗転の 内側 に 一枚 の 静止。
 C1 の緊急静止画モードが作動した形跡。
 映るのは ふたりの背 と、その 背後 に 広がる列。
 列はすでに 列 ではない。繊毛 のように揺れる 群体。
 遠目に見れば 拍手 に見える。近づけば 蠢き。
 画素 を拡大すると、花弁 が 逆順 に咲く様が粒子内で再現される。
 拡大 をやめる。
 保存。
 暗転。

 ここで映像は完全に途切れる。以降は、後日撮影された記録、音声インタビュー、現場資料、メタデータ の抜粋で構成される。

 後日談:証言と欠落

――LOG/POST-INT-001
――件名:関係者インタビュー①(参列者)
――撮影:2025/06/21

 参列者A(新婦友人/女性/モザイク)

「……わたし、あの日 行ってない はずなんです。
 招待状は来てて、行くつもりでドレスも用意してたのに、当日、熱を出して寝てて。
 なのに 映像 に 写ってる。席は後方の左端。笑って、拍手して。
 家族が『どうして病院の領収書があるのに映ってるの?』って。
 あの席、誰の席だったのか、今となっては 白紙 なんです」

 ――LOG/POST-INT-002
 ――件名:関係者インタビュー②(新郎同僚)

 同僚B(男性/目元隠し)

「最後列の真ん中、高校の体操服 みたいなのが座ってたって言ったの、俺です。
 でも、うちの県の学校であれは見た覚えが ない。
 名前も、校章も、思い出そうとすると頭痛 がする。
 それと、退場のとき、俺は花道側に いなかった はず。
 でも映像だと、肩に手 がある。俺の肩に。俺の手 じゃないのに」

 ――LOG/POST-INT-003
 ――件名:関係者インタビュー③(式場支配人)

 支配人(男性)

「停電は、していません。配電盤ログは平常。
 ただ、あの時、無線で『閉めて』と 私が言った のは覚えています。
 何 を 閉めた のか、記録が ない。
 点検口? 扉? 帳面? 目?
 それと、式のあとから、返信ハガキ が 投函されてくる んです。
 日付は古いまま。1974年 の消印。
 差出人の名前は 空欄。拇印 だけ、二重 に押されてる」

 ――LOG/POST-INT-004
 ――件名:関係者インタビュー④(神父)

 神父(男性)

「誓いの言葉は 二度 ありました。
 一つは 彼らの声、もう一つは 昔の声。
 昔の声は、宣言 のあとに 届く。
 祝福は 重なる と別の意味に聞こえる――私はそう申し上げました。
 あの日は、祝福 が 溢れた のだと思いたい。
 それが 誰 に向けられていたかは、わかりません」

 ――LOG/POST-INT-005
 ――件名:関係者インタビュー⑤(新婦の母)

 母(女性)

「ブーケ、うちの庭のベンチに置いておいたんです。
 夜は 黒く なっていて、朝には 白い。
 臭いは、なんにも しません。
 でも、線香 の灰みたいな粉が、指に付く。
 その粉は、洗っても落ちない。
 私の指紋が新しいのに古い、って警察の人が笑ったけど、
 笑い話じゃないですよね」

 ――LOG/POST-INT-006
 ――件名:関係者インタビュー⑥(スチールカメラマン)

 スチール(男性)

「五枚目だけ、シャッターが 落ちなかった。
 そのコマの 裏 に 指紋。俺もアシスタントも触ってない。
 帰って全部 消した のに、朝には 戻って る。
 しかも 増えてる。
 『肩の手』は すべて の写真に 現像 されたまま。
 俺のキャリアで、こんなのは 初めて です」

 ――LOG/POST-INT-007
 ――件名:関係者インタビュー⑦(清掃スタッフ/行方不明)

 清掃スタッフC(女性/インタビューは音声のみ)

「夜、宴会場を片付けに入ったら、花 が また咲い てたんです。
 しおれてたはずの。
 でも、触ると 冷たく て、匂い が なく て、
 黒い粉が 指 に つく。
 机の下から、笑い 声。
 誰もいない のに。
 支配人が『閉めて』って。
 何を、って聞いたら、電気 でも 扉 でもなく、
 『目 だよ』って……」

(※ 清掃スタッフCは、その後 行方不明。館内・周辺の防犯カメラに 映像記録なし。家族から捜索願提出)

 現場資料:写真・帳面・ハガキ

――LOG/POST-DOC-011
――件名:署名帳(Registry)/スキャン

 観察:新婦の署名欄に 旧姓 の上に わずかな他姓 の 筆圧。
 裏面 に 爪擦過音 と一致する 線状跡。
 光学スキャン では 浮かぶ が、肉眼 では 見えない。

――LOG/POST-DOC-014
――件名:返信ハガキ束(未投函・投函混在)

 共通点:差出人欄 空欄。拇印 が 二重。
 消印:1974-10-27。
 紙質:現行の式場ハガキと 一致。年代不一致。
 備考:封入封緘の 糊 に 黒い粉。匂いなし。

――LOG/POST-DOC-017
――件名:スチール写真(肩の手)

 全13枚 に 肩の手。同一形状 だが 微細な差 あり(粉の付着位置、節の数)。
 レタッチ と 多重露光 の 痕跡なし。
 技師コメント:「写っていた としか言えない」

 技術付録:ファイルシステムと「C4(1974)」

――LOG/FS-ANOMALY-01
――件名:未知フォルダ /VIDEO/C4 の出現

 ディレクトリ:
/projects/2025/OrpheusWedding/VIDEO/C1(通常)
/projects/2025/OrpheusWedding/VIDEO/C2(通常)
/projects/2025/OrpheusWedding/VIDEO/C3(通常)
/projects/2025/OrpheusWedding/VIDEO/C4(不明)

 C4 内のファイル一覧(スクリーンキャプチャのみ取得可能):
 1974_1027_EXIT_001.mov
 1974_1027_GUESTS_014.mov
 1974_1027_ORGAN_006.mov
(※ クリックすると 砂嵐。サムネイル のみ 花弁形状 の粒子が流れる)

 メタデータ:
 作成者:Unknown/更新:1974/10/27 21:16/デバイスID:存在しない型番
 備考:OSログにアクセス履歴なし。外部媒体の挿入痕跡なし。

――LOG/FS-ANOMALY-02
――件名:プロジェクトファイルの重複生成

 02_vows(1).prproj(作成者:不明/更新:2025-10-31)
 03_banquet(1974).prproj(作成者:不明/更新:1974-10-27)
 備考:PCの時刻設定 正常。BIOS電池 問題なし。
 推測:編集の外部 に、別の編集 が 存在。
 コメント(山名):「誰 が 編集 している?」

 監視カメラ/館内ログ:不一致

――LOG/HOTEL-CAM-EXTRACT
――件名:廊下カメラ/挙式~披露宴の時間帯

 14:41:22 扉前:列 の 影 が 増減。
 14:41:23 同画面:列 そのものは 固定。影だけ 入退場。
 14:58:10 配電盤前:停電 の 形跡なし。
 15:02:59 清掃スタッフCが 映らない。前のフレーム に 在り、次のフレーム に 無い。
 備考:ドームカメラの 死角 ではない。記録 にのみ 欠損。

――LOG/HOTEL-OPS
――件名:館内通信ログ(無線)

 記録:司会→支配人「復旧 しました」
 記録:支配人→各持場「閉めて」
 返信:衣裳室「どこ を?」
 応答なし。
 備考:当該時刻、誰も喋っていない という証言複数。

 取材:行方不明者と“存在しなかった参列者”

――LOG/MISSING-REPORTS
――件名:式場スタッフ 2名、外部業者 1名、参列者 不確定数(顔識別不能)

 警察広報(差し障りのない範囲でのコメント)

「失踪事案については捜査中。会場側の協力は得られている。
 映像にある『参列者の顔が識別できない』事象については、低解像度やブレ が原因と考えるのが合理的。
 ただし、式に参加していない者が映っている という証言との 整合 は、現在 とれていない」

 新郎(声のみ/代理人経由)

「映像を最初に見せられた夜、拍手の音 が 先 に 来た。
 それで思い出したんです。
 彼女と初めて会った図書館で、子どもの泣き声 が 先 に 聞こえた日のことを。
 あのときから、たぶん、順序 が 逆 だった。
 誰に向けた 誓い だったのか、わからなくなります」

 新婦(短いテキスト/本人の意向で公開制限)

「ブーケの粉は 匂い がしないのに、記憶 の匂いがした。
 誰かの 名前 を言いかけて、鏡 に吸い込まれた。
 誓い は、呼ばれて いたのかもしれない」

 証拠映像:聴取中のノートPCに起きたこと

――LOG/LAB-REVIEW
――件名:映像レビュー中の PC 画面録画(研究協力機関)

 現象:タイムライン再生中に、波形 の下に もう一段 の 波形 が 生成。
 クリック不可。名称 は 空白。
 波形 は 0.7秒 ずれて 拍手 を再生。
 停止 で 消滅。
 同時刻、試料台の 花弁 が 黒化。
 匂いなし。
 粉 が キーボード に落ち、キーの 隙間 に 残留。

 研究者コメント

「可視化された 遅延 が 音 と 粒子 を伴って現れるのは、記録工学的には説明が難しい。
 記録が 招く のではなく、招かれた 可能性。
 誰 に?
 記録 そのものに」

 編集者ノート:語らないこと / 語ってしまうこと

 ――LOG/EDITOR-NOTES(山名)

・「閉めて」は 目 を指すのか、帳面 を指すのか。
・名札 の 白紙 が増える=名 を 持たない者 の 席。
・祝福 は 権利 で、権利 は 列 を作る。
・列 が 列でなくなる とき、人 と 非人 は 混ざる。
・記録 は 礼儀 を知らない。見てしまう。
・見たもの は 在る。
・在ったこと になったものが、拍手 する。
・二度。同時 に。
・C4(1974) の 招待客 は、今 の 席 にも 座る。
・渡り。ここは 岸。向こうは どこ。
・誰 に 渡す 式だったのか。
・誓い は どちら へ 届いた?

 ナレーション(本編用稿 / 決定稿)

 私たちは、幸福の一日を 記録 するために集まった。
 機材は、光を拾い、音を拾い、笑いを拾い、涙を拾った。
 それでもなお、拾い損ねたもの がある。
 拾い損ねたものは、別の記録 を選び取った。
 それは C4 と名づけられ、1974年 の日付をぶら下げ、今 に 混ざり、席 に 座り、拍手 した。
 拍手は 二度 起こり、同時 だった。
 誰も気づかなかった。映像だけ が知っている。

 祝福は、集めれば重くなる。
 重さは床をたわませ、式次第のページを沈ませ、扉の蝶番を軋ませる。
 その下に、誰か が座っていたのだとしても、私たちには見えない。
 しかし、記録 は無礼で、見る。
 見られたものは、在ることになる。
 在ることになったものは、祝福を受ける権利 を得る。
 それが 誰 であっても。

 私たちが見てきた映像は、いったい 誰が撮影 し、誰のため に残されたのか。
 答えは今も不明である。
 けれど、残された という事実だけが、残る。
 残ったものは、次 を呼ぶ。
 渡り は続く。
 あなたが今、これを 見て いる限り。

 終幕:静止画

――LOG/END-CARD
――件名:Final Still / Bouquet

 静止画。
 新婦のブーケ。
 花弁 は 黒く変色。
 縁 だけが 白 を保ち、粉 が 画面 に残る。
 匂いなし。
 効果音なし。
 下部小テロップ(白・小):〈撮影:不明/日時:不明/保存場所:/projects/2025/OrpheusWedding/VIDEO/C4/〉

 暗転。

 付記:クレジットと空白

 スタッフロール が流れる。
 撮影、録音、編集、整音、カラー。
 最後 に、空白。
 一行 の 空欄。
 枠 だけが 点滅。
 そこに 名前 を 入力 しようとして、カーソル は 動かない。
 ESC キー。反応なし。
 Enter。反応なし。
 花弁の粉 が、キーの隙間 に 降る。
 匂い は ない。
 画面 は 黒。
 拍手 が 二度。
 同時 に。