――LOG/PROJ-2025-WS-17
――件名:披露宴(メインホール)
――撮影:C1=山名(メイン/司会側前方)、C2=澤田(後方バルコニー~フロア横断)、C3=固定(上手側クレーン)、C4=卓上GoPro(各卓ローテ)
――音声:Amb×2(ホール左右)、Boom×1(司会前)、LAV×2(新郎新婦)
――編集メモ:ラフv1.2/音声乱れ多数/同期マーカー=乾杯コール

 02:10:01 OPEN—RECEPTION

 カーテンが開き、照明が温度を上げる。白いクロス、象牙色のナプキン、カトラリーの銀。
 司会が明るい声で場の空気を持ち上げる。拍手が弾け、シャンパンの泡がグラスの内側をのぼる。
 Amb(右)は、人のざわめきの上にうっすら潮騒を拾う。Amb(左)には、それが入らない。左右の海。
 編集コメントテロップ(白小):〈右Ambのみ低域ノイズ。会場起因なし〉

 司会「それでは! 本日の主役、おふたりのご入場です!」

 C3のクレーンがゆっくり降り、新郎新婦を捉える。二人は笑顔で手を振る。
 C2がフロアを横切りながら各卓を舐める。笑い、涙、スマホの光。
 C4の卓上カメラの一台が勝手に角度を変える。誰も操作していない。レンズが空席の椅子を向く。
 空席の椅子の座面がへこむ。誰かが腰掛けるみたいに。
 編集メモ:C4-Table5/PTモーションログなし。→要再検

 02:11:44 WELCOME SPEECH—GROOM

 新郎(マイク)「今日は本当に、ありがとうございます。皆さんに囲まれて、こうやって……」

 LAV(新郎)に軽いリップノイズ。緊張の証。
 C1は新郎の胸元に寄る。ポケットチーフの角が完璧な三角を保ち、微動だにしない。
 Ambが拍手を拾うとき、その拍手の一部が逆相で入る。打つ前に戻ってくる拍手。
 編集テロップ:〈拍手が“先に来る”現象は挙式時にも観測〉

 新郎の背後、ガラスのパーティションに人影が映る。現場に立っている人数と影の数が合わない。
 C2はそれを気にせず、新婦の顔に寄る。新婦は笑い、涙を拭く。涙は頬を通らない。頬の手前で消える。ガラスに吸い込まれたかのように。
 編集メモ:反射or保湿下地? →後日再現ならず。

 02:13:20 TOAST—DRY

 友人代表(新郎側)「それでは、乾杯の音頭を取らせていただきます!」

 C3が全景に引く。グラスが一斉に上がる。
 Boomが「乾杯!」を拾う。その瞬間、Amb左右で異なる音程のグラス音。
 右は高い、左は低い。同じグラスが別の材質みたいに鳴る。
 C1が新婦のグラスを追う。ガラスの縁にうっすら爪痕。
 チンという音の後、ガシャが続く。
 C2が振り返ると、誰もグラスを落としていない。
 落ちた音だけが記録されている。落ちた“こと”が現実から欠落し、音だけが残った。
 笑いが起きる。笑いは不自然で、同時多発。テーブルごとに同じタイミングで同じ高さ。
 編集テロップ(白小):〈笑いのサンプル重複検出(同一波形)〉

 02:15:03 FRIENDS’ SPEECH—BRIDE

 新婦の友人がステージに上がる。
 C1は手元の原稿に寄る。文字はきれいだが、途中で別の字形が混ざる。
 かなと漢字の合間に、旧仮名遣いの一字。

 友人A「はじめて出会ったとき、あなたは……影をふまぬように歩く子で――」
 会場が一瞬だけ静まる。
 C2の画面の隅、子どもの手がテーブルの下から出て、ナプキンを掴む。
 手首が細い。骨が足りない。でも指は多い。
 C2が反射的に下へ振る。そこには何もない。
 C4-Table7のレンズが自動で下向きに回り、テーブルの底面を映す。底に薄い汚れ。汚れは花弁の形。

 友人A「……ずっと“優しいひと”だったよね。だから、あなたが選んだ人も、きっと――」

 Amb(右)がすすり泣きを拾う。テーブル番号不明。
 すすり泣きは床下から。床の中に、空洞があるみたいに。

 02:17:22 PARENTS’ LETTERS

 新郎母(手紙)「生まれた日のことを思い出します。信号が全部、青で、するすると家まで――」

 C1は母の口元へ。口形に遅れて声が出る。0.2秒のディレイ。

 新婦父(手紙)「うちに来てくれて、ありがとう。あなたを渡すことは、渡さないことだと信じて――」
 C2が新婦父の指先へ。便箋を持つ手に、別の指が添う。骨ばった指。父の手じゃない。
 C3が観客の群れを俯瞰する。
 喪服の老女、学生服の男、古い式場制服のスタッフ――挙式で見た三人が、別々の卓に同じ姿勢で座っている。
 同じ姿勢、同じ頷き、同じタイミングで目を閉じる。同期している。

 Ambに紙の擦れ。便箋の裏側で、誰かが文字を書く音。
 裏には誰もいない。紙は一枚。
 編集テロップ:〈“裏からの筆圧”→インク染み上がりを写真で確認〉

 02:19:05 FIRST BITE—CAKE

 ケーキが運ばれる。白い生クリームにうっすら灰色の影。
 新郎新婦がナイフを入れる。C1のピントが刃に合う。
 刃に別の顔が映る。C1の背後にいない顔。
 C2が歓声を拾う。
 歓声の中に、オルガンの和音が逆再生で混入。
 ケーキの層が一段、逆に積み上がる。映像のみ。
 現場の皿では正常に切り分けられている。
 C4-Table3はケーキの断面に寄る。スポンジの気泡が呼吸する。膨らみと萎み。心拍の波形に近い。

 司会「つづきまして、ファーストバイト!」

 新婦のスプーンが大きすぎる。C1のレンズが笑いを拾う。
 スプーンが新郎の口へ近づく直前、背後の空間が微かに伸びる。
 空気が薄くなる。
 Ambが息を飲む音を拾い損ねる。飲まれた息。
 新郎は笑いながら食べ、拍手が起こる。拍手は一度で二度鳴る。

 02:21:11 BOUQUET TOSS—SET

 BGMが切り替わる。女性陣が後方に集まり、笑いながら列を作る。
 C2が花嫁の背後へ回る。C3は上から構える。
 C4-Table9が勝手に角度を上げ、天井を向く。
 天井の点検口は閉まっている。しかし内側から、白い何かが押す。わずかに膨らむ。
 編集メモ:Bouquet前兆? →関連性不明

 司会「それでは、いきますよー! さん、にー、いち!」

 C1が花嫁の肩越しに構える。
 花束がまだ手の中にある瞬間、背後に見慣れぬ腕。
 腕の数が合わない。
 花嫁の背中から出たような第三の腕。花びらの粉をまぶしたように白い。
 スロー再生(編集挿入)。
 第三の腕はブーケに触れない。触れないのに、花束は先に浮く。
 C3の俯瞰で、女性陣の手の本数が合わない。誰かが余計に手を上げ、誰かの手が足りない。
 編集ナレーションドラフト(細字):

「この場にいた誰もが、この瞬間を自覚していなかった。
 映像だけが、数の不一致を記憶している」

 花束が宙へ。C1は追い切れずに遅れる。
 C2が拾う。
 花束の軌道が一度だけ折れる。空中に段差があるかのように。
 Ambに薄い歓声と、別の層の歓声。先に来る歓声。
 花束は誰にも当たらず、床に落ちる。
 床に落ちた瞬間、落ちる音が記録されない。
 音だけが後から来る。
 0.7秒遅れて、コンと鳴る。空洞で鳴る。

 司会「お、おっと〜! やり直しましょうか!」

 笑いが起きる。
 同じ笑いが二度。一度目の笑いに二度目が追いつく。
 C1の画面端で、黒髪の女が後ろ向きに拍手している。
 後ろ向きでも顔が見える。逆向きの顔。

 02:23:55 POWER OUT—BLACK

 電源が落ちる。
 全照明が消え、非常灯だけ。緑が滲む。
 Ambは一瞬だけ真空。その後、低い唸り。
 Boomが手元でぶつ。
 C1はオートゲインが暴走し、黒に粒子が出る。
 黒の中に、点。点が増える。星のようで、目のようで。
 C2は赤外に切り替える。人が白く浮く。白い人たちの間に、黒い穴。穴が移動する。人を抜いていく。
 C3は止まる。固定なのに、揺れる。
 編集テロップ(白小):〈停電は式場側記録に存在せず。電力会社ログにも異常なし〉

 司会(暗闇)「皆さま、落ち着いて。すぐ復旧いたします――」

 司会の声は届かない。口が動く。声は別の場所に落ちる。
 Ambの底で、泣き声。
 泣き声は近い。耳元。
 でも誰も泣いていない。
 C2が客席右奥を映す。誰もいない。十数人分の椅子。空席。
 さっきまで座っていた痕跡。飲みかけのグラス、開いたままのスマホ。
 画面には時刻。時刻が逆行する。1秒だけ。戻る。進む。
 誰かが手を振る。黒の中で、白い指。五本ではない本数。

 02:25:01 PARTIAL RETURN—FRACTURE

 照明が半分だけ戻る。ステージは明るいが、フロアはまだ薄闇。
 C1は司会へ。司会の胸元に黒い染み。汗ではない。図形だ。古いロゴに似る。
 C2はフロアを早足に横断。テーブル花を映す。
 花が枯れる。一瞬で。萎む。色が抜ける。
 C4-Table6で、同じ花が同時に咲く。別の画面で、別の時間。
 編集メモ:同一花の挙動不一致→複数時制混在?

 新婦(小声/LAV)「大丈夫。大丈夫だから」
 新郎(小声/LAV)「うん。……誰に?」

 LAV(新婦)に二つの呼吸。自分と別の誰か。
 C3の俯瞰で、廊下の奥に影。
 影が手招きする。
 C2が追わない。追わないことに救われる。

 02:26:20 STRANGE CAPTURE—MULTI VIEW

 編集差込:マルチ画面(C1/C2/C3/C4)同時表示。
・C1=ステージ上、司会が復旧アナウンス。背後のスクリーンが砂嵐。砂の粒が時々花弁の形に。
・C2=フロア中央、空席の塊。そこに目が集まる。見えないものを見る視線。
・C3=俯瞰、最後列の三人(喪服・学生服・古制服)が手を繋ぐ。手は人数より多い。手が余る。
・C4-Table2=卓上に置かれた返信ハガキ。差出人空欄。拇印が二重。同じ指が二回押されたみたいに。

 編集ナレーション案(細字)

「暗闇のあと、画面ごとに違う現実が記録されるようになった。
 人の目は一つの場所しか見ない。
 カメラは、別々の矛盾を、同時に正しく残す」

 02:27:33 MC RESUME—FORCED NORMAL

 司会「それでは、気を取り直して――新郎新婦、ケーキ前へ!」

 明るい声。無理に弾んだ音程。
 C1が二人を追う。
 新婦は微笑む。微笑は遅れて伝わる。顔が二枚あるように。手前の笑いと奥の笑い。
 C2が親族席へ振る。祖母が手を組み、祈る。
 祈りの言葉は聞こえない。口の動きが**「影」と「名」を繰り返す**。
 C3が天井へ上がる。点検口は閉。でも内側から濡れる。水滴が一滴、落ちる。
 落下音は後から。0.3秒遅れ。床に丸い跡。乾くのが早すぎる。

 02:28:50 PHOTO SESSION—EDGE FACES

 集合写真。
 C1が正面。C2がサイド。
 スチールが「はい、笑ってくださーい」。
 C1のフレーム端に、知らない顔。毎回、違う顔。
 一枚目=口がない女。
 二枚目=目が四つある子ども。
 三枚目=輪郭のない男。
 どの顔にもピントは合わない。でも輪郭だけが鮮明。
 編集メモ:端顔→クロップで落とさず残す方針。※“見る者”に気づかせる。

 C2がサイドから捉える親族。
 叔父の肩に手。誰の手でもない手。
 親族は揃って笑う。手があるのに気づかない。
 写真の裏に指紋が増える。現場では誰も触っていない。

 02:30:14 TABLE ROUND—GHOST SEATS

 新郎新婦が各卓を回る。
 C1は卓上の名札に寄る。
 名札の一枚が白紙。印刷ミス。
 C4-Table4の映像ではそこに名前がある。
 しかも、読めない文字。右から左に流れるような線。
 新婦が白紙名札の席に酒を注ぐ。
 誰もいないはずのグラスが減る。半分。
 液面に輪。音はない。
 C2が別の卓に移ると、そこで白紙の名札が二枚。
 増える白紙。名が消える。
 編集メモ:名札写真との照合→印刷データ改竄なし。現実側に痕跡なし。

 02:31:58 DANCE—STRINGS

 新郎新婦ファーストダンス。
 弦楽の生演奏が始まる。ヴァイオリンの弓が弦に乗る。
 音にわずかな逆相。遅れる弓。
 C1は足元へ。
 新婦の裾の内側に影。小さな影。
 影は裾から外へ出ない。出られない。裾が境界。
 C2が周囲を映す。拍手の手の数が増える。
 四拍子の一拍ごとに、手が一本増え、また減る。
 Ambに古い蓄音機の擦過音。
 C3が空を捉える。照明の光柱に花弁。黒い花弁。
 黒は光でしか見えない。
 見えるものは在る。

 02:33:20 SUDDEN VANISH—RIGHT AISLE

 C2が右通路へ振る。
 画面の中央、十人分ほどの空白が生じる。
 さっきまでそこにいた。
 今、いない。
 椅子は残る。鞄は残る。ストールは腰に掛かったまま。
 人だけがいない。
 Ambがそこから笑い声を拾う。
 いない場所から笑う。
 C1が司会へ戻る。
 司会は明るく。

 司会「さあ、次は余興の時間でーす!」
 声が届かない。口が笑う。声は遅れて天井から降る。

 02:34:41 PERFORMANCE—FRIENDS

 新郎の幼なじみがギターを持って立つ。
 去年のビデオを背景スクリーンに。川の映像。
 画面の右上に白い帯。前撮りに映ったあれ。
 C1が幼なじみの指に寄る。コードを押さえる指の本数が合わない。
 Gを押さえるべき三本が、四本に見える。
 四本目は指ではない。影だ。影が音を作る。
 音は正しい。
 正しい音が、異常を肯定する。

 幼なじみ(歌)「あの日、橋の上で笑って――」

 C3がスクリーンを俯瞰。
 画面内の花嫁(過去の映像)の背後に、黒髪の女。
 現在の黒髪の女がスクリーンの前を横切る。
 二人が重なる。
 Ambに小さな拍手。誰が。いつの。
 編集メモ:映像内の人物と現場の人物の照合不可。

 02:36:05 FLOWERS—WITHER

 各卓のフラワーアレンジ。
 C2が早回しでテスト。
 早回しで見れば、花が咲いて、枯れて、戻る。
 等速に戻す。
 今、目の前で、花がしおれる。
 色が落ちる。香りは濃くなる。
 Ambが香りを拾えない。
 映像は香りを記憶しない。
 記憶しないものが一番、残る。

 02:37:40 WHISPER—UNDER TABLE

 C4-Table1のマイクが拾う。
 テーブルの下から囁き。

 低い声「踏むな……呼ぶな……」
 誰も聴かない。
 C1はステージ。
 新婦が花束を持ち直し、笑う。
 笑いは遅れる。
 C2が背後に振る。
 黒髪の女が立っている。
 こちらを見ていないのに、こちらを見る。
 目がこちらにある。

 02:38:55 SECOND TOSS—PARADOX

 司会「それでは、もう一回いきましょう!」

 二度目のブーケトス。
 C3が真上から。C1が肩越し。C2が受け手の列。
 花束が浮く。
 最初の一投より軽い。
 C1の背後で、第三の腕は出ない。
 出ないのに、軌道は不自然。
 空中に見えない手。
 掴む。
 止まる。
 動かない。
 Ambに笑いが起きない。
 誰も笑わない。
 笑いは後から来る。
 0.9秒。
 同じ笑いが二度。
 C2が受け手を追う。
 誰も取らない。
 誰かが持っている。
 持っている手が見えない。
 見えない手が花弁を毟る。
 毟られた花弁が黒。
 床に落ちる。
 落ちる音はない。

 02:40:21 STAFF INTERVENTION

 支配人が司会の背後で動く。
 無線で何かを指示。
 C1が支配人の口の形を読む。
「閉めて」
 何を。
 どこを。
 C3が天井へ。
 点検口は閉。
 でも、閉めるべき何かは他にある。
 扉?
 目?
 記録?

 02:41:00 TABLE—MISSING FOOTAGE

 C4-Table5が記録停止を示す。
 操作なし。
 ランプは点灯。
 記録は止まっている。
 後でカードを確認すると、この時間に別の映像。
 1974/10/27。
 同じ会場。
 同じ配置。
 別の新郎新婦。
 同じ黒髪の女。
 編集メモ:C4-CARD2→異常リカバリ不可。
 映像はサムネイルのみ。
 クリックすると砂嵐。
 砂の粒が花弁に見える。
 見えるものが在る。

 02:42:19 SILENT CHOIR

 BGMが途切れる。
 無音。
 人は動く。口が歌う。声がない。
 C1がステージのコーラスへ。友人が歌う。
 口の形は「おめでとう」。
 声は床下から来る。
 床は木。床の下に何もないはず。
 ある。
 Ambが拾う。
 拾ってはいけないものほど、マイクはよく拾う。

 02:43:33 UNCANNY NORMAL—FORCED LAUGHTER

 司会「では、フォトタイムに参りましょう! 笑顔でお願いします!」

 明るい平常を演技する時間。
 C2が親族の輪へ。
 祖母が笑う。
 笑いが二重。祖母の背後に同じ祖母の笑い。
 一方は遅い。
 もう一方は速い。
 C1が新郎へ。
 肩に見知らぬ手。前章と同じ。
 編集テロップ:〈“肩の手”は全スチールにも写り込み〉
 写真は真実。
 映像は真実。
 真実が二つあるとき、どちらを信じるか。

 02:44:50 EXIT—TUNNEL

 新郎新婦退場。
 C3が高い位置から。
 花びらの雨。
 雨が逆流する帯。
 帯の中だけ、花びらが上がる。
 C2が扉の先を捉える。
 暗い。
 廊下が暗い。
 非常灯はある。光は届かない。
 C1は二人の背に寄る。
 背が重なる。新郎の背に誰かの背。新婦の背に誰かの背。
 四人が二人になる。
 Ambに拍手。
 拍手は遅れて来る。
 先に去る。
 後から追ってくる。
 いつの拍手なのか、誰にもわからない。

 02:46:02 BLACK—EDITOR’S BAY

 画面が黒。
 メーターだけが動く。
 音だけが残る。
 潮騒。
 海鳥。
 これは内陸。
 編集室の窓に、花弁の粉。
 粉は匂わない。
 匂わないものが、長く残る。

 編集コメントテロップ
〈停電時、式場の配電盤ログは平常。
〈会場スタッフ・参列者の一部が欠落。救急・警察への通報はなし。
〈映像にのみ存在する時間の段差。
〈誰も気づかなかった。
〈映像だけが知っている〉

 02:47:00 後日談ダイジェスト(差込)

 インタビュー:スチールカメラマン

「五枚目だけ、シャッターが落ちなかった。押してるのに。――家に帰って現像したら、肩の手が全部に写ってて。データごと消したんですけど、朝には戻ってました」

 インタビュー:式場支配人

「電気は落ちてません。――あの夜、館内連絡で『閉めて』という指示を出した記憶は……ええ、あります。何を閉めたかは、すみません、思い出せないんです」

 インタビュー:新婦友人

「ブーケ、拾ったのはわたしのはずなんです。でも家に帰ったら、手が花びらの黒い粉だらけで……。母に『お線香の匂いがする』って言われました」

 インタビュー:子ども連れの参列者

「うちの子は披露宴からだったのに、挙式の映像に映ってるって……。しかも制服。うちの子、まだ幼稚園なんです」

 02:48:30 章末ナレーション案(ドラフト)

 祝宴は、幸福の形をしている。
 ひとつひとつの笑いと涙が、録音の中で美しく並ぶように、人は振る舞う。
 だが、並べられたものは、数を持つ。
 数は、合うか、合わないかで世界を分ける。
 合わない数は、余った指や、足りない手首や、見えない席や、先に来る拍手になって、映像だけの現実に根を張る。
 その根は、幸福の床を下から持ち上げ、皿の上のケーキを逆さに積み、花弁の粉をキーボードの隙間に落とす。
 見ないことは礼儀だが、記録は礼儀を知らない。
 記録は、在ってはいけないものを、在ったことにする。
 その夜、在ったことになったものたちは、私たちの代わりに、拍手した。
 二度。
 同時に。

 END CARD:〈第三章「祝宴の影」〉
 薄闇の中、ブーケが宙で止まるスチル。
 見えない手が花弁を一枚、摘む。黒。
 音はない。

 編集室ログ/自動保存履歴抄
 03_banquet.prproj(更新:16:12)
 03_banquet_autosave1(16:13)
 03_banquet_autosave2(16:13)
 03_banquet(1974).prproj(作成者:不明/更新:1974-10-27)
 備考:OSの時刻設定正常。校正:不可。

 山名・手書きメモ

・「閉めて」はどこを? →口? 目? 帳面?
・名札の白紙が増える=名を持たない者が座る席。
・ブーケの黒い粉=香の灰? →匂いはない。
・第四章、残された映像:誰が撮り、誰のためか。
・“存在しない参列者”は、祝福を受ける権利を求めていたのか。
・潮騒=渡り。ここは岸。向こうはどこ。