また裏山で話した。
「次はどこが良いかなー」
私が聞くと、創輝は答えた。
「明道さんは、カラオケとかが良いんじゃない?」
「え!?」
思わず聞き返してしまった。
創輝は少し笑みを浮かべて話す。
「あの時、歌ってたでしょ?」
…あっ、、、
私は、初めて会った日のことを思い出した。
「あれ、やっぱ聞こえてたんだ、、、」
「聞こえたよ。凄く綺麗で、上手だったから、歌好きなのかなって思った。」
さらっと褒めてもらったことが嬉しかった。
…久しぶりに歌、褒めてもらったな
「それに、俺がまた聴きたいから。」
「え、本当?」
「うん。」
少し照れたような表情をしていた創輝。
嬉しかった。
家族には歌えば倒れるんじゃないかという不安を持たせて以来、褒められることより心配された。
「今度行こうね。あと、私の行きたいところもだけど、宮春君の行きたい所は?」
「えっと、、、」
創輝は迷ってから言った。
「初日の出、見たい、、、」
「えっ、、、」
そう言えばもうそんな時期だった。
「ここから、見えると思う。」
空を見つめながら言う創輝は、凄く澄んでいた。
…何か、自然を見ているみたいな気持ちになる
私も言った。
「一緒に行こう。」
創輝の笑顔は、透き通るほど奥が深い。

でも、私はあることに気づいた。
こうやって話したり、景色を見ているときはいつも通りなのに、帰り際や会ったばかりの時の創輝の表情。
いや、態度全部が何だか寂しそう。
辛そうと言ったほうが正しいのかもしれない。
いつも大人しい見た目に優しい性格、楽しい時はとびきり明るくなる男の子。
…もし何かあるなら、、、

だけど聞かれたくないことかもしれない。
…私だって、聞かれたくなかったし
「じゃあまたね。明道さん。」
「うん、、、」
…本当に、このままで良いのかな、、、あの曇った顔を、そのままにしていてこの人は救われるのだろうか
あの時話してから、私は自分の宣言を達成できなかった。
もしかしたら創輝も、今ずっとそうなのかも知れない。
なのに私に言葉をかけてくれた。
暖かくて、優しい音がいつだって響いていた。

私は一人じゃなくなった時、嬉しかった。
創輝にならあの願いさえ言ってしまいそうなほど、聞いて欲しいと思うような人と出会えて良かったと思った。
そう思ったから言葉を探した。
何か言えることがあるなら。
創輝の後ろ姿と、暗くなってきた空が重なっていた。
切ない1音が鳴り響いたようだった。

息を大きく吸った。
…出来るだけ自然に、、、
「ねえ。」
創輝は驚いて振り向いた。
その瞳の色が、なんだかとても寂しかった。

「どう、したの、、、?」
創輝の声は、少しだけ出にくくなっていた。
…もう、限界だったのかな、、、
自分が知らないフリをしている間に、創輝が傷ついていたんじゃないかと思うと胸が苦しかった。
…私はきっと、向き合うべきだ、、、宮春君も、、、

締め付けられるような気持ちを振り切った。
…自然に、強く問い詰めないように
「宮春君は、今は家に帰りたい?学校に、行きたい?」
あまり正しい聞き方ではないけど、創輝は迷ったような、もっと複雑な表情をしていた。
それを見た時、いかに普段上手く振る舞ってきたんだと分かった。
…何か、言わないと、、、
「私に出来ることなんて、これっぽっちだし、話して何かあるとか期待できないと思うの。でも、宮春くんにとって何か曇ったものがあるなら、力になりたいよ。」
創輝は目を大きく開いた。
「君が、私の話を聞いてくれたように、言葉をくれたこと。それが出来たってことは、きっと自分にとっても力になるようなことなのかも知れないから!」
…全部、綺麗事だ、、、
自分で言って自分で思った。
どんどん曇った表情が、はっきりと悲しい表情になった。
創輝の目が光って見えたのは、たぶん溜まっていた涙が照らしていたから。

創輝は口を小さく開けた。
そして声に出した。
「どこにも行きたくない。もう、分かんないんだ。」
そう言って、俯いてしまった。
きっとこれは本音だった。
私は、一歩ずつ、翔太の方へ行った。
この時の私が、どんな表情だったかは分からない。
でも、話してほしかった。
「宮春君の本当を知りたい。本当の音を、聴きたいと思ったの。」
創輝は、ゆっくりと顔を上げた。
「聞いてくれるの?」
「うん。」

また、座って景色を見ながら話を聞いた。
「長くなるから、ごめんね。」
そう言って話し始めた。
「俺が、部活を辞めたって話、覚えてる?」
「うん。覚えてるよ。」
「美術部だったんだ。」
私は、なんとなくぴったりだと思った。
ずっと表現が難しかったけど、創輝には優しい音がなっていて、音に色がついてるみたいだった。
何か素敵なものを創り出せそうな人な気がした。
是非作品を見てみたいと思った。
…どうして辞めてしまったんだろう
「どんな作品を描いていたの?」
「木とか山とか、川とか空とかの景色を描いたり、作品にはしなかったけど、人の絵も描いたりした。」 
…ますます見たくなってきた
「絵が好きで、小さい頃から描き続けたんだ。思った通りには難しいけど、練習して少しは描けるようになった。中学でも、だから、高校でも描こうと思ったんだ。」
「素敵だね。」
思わず呟いた。
少し、創輝が笑った。
「絵は、誰かに感動を与えられると思うんだ。俺がそうだったから。色んな色で表現される、線で、形で、想像して、本当に凄いんだ。」
楽しそうに語る。

でも、真剣な表情になった。
「俺も誰かに感動を与えられる絵を描きたかった。でもね、自分の絵は中々評価されなかった。賞には選ばれなかったし、部活でもあんまり褒められなかった。俺の絵には、抽象的で、本質が分かりにくくて、あんまり響かないって。」
「本質、、、」
「そう、芸術家はたくさん抽象的に表現するけど、それの意図みたいなものを分かってもらえないといけない。俺はそうゆう力が足りないから、伝わらないんだって。まあ画力不足とかもあるしさ、分かってたんだけど。でも、分かるように表現しないといけないのに、どうしても分からなくて。」
そう言って苦笑した。
「考えに考えてたら、いつの間にか前まで描けていた自分の世界観までわからなくなっちゃって、、、」
私は、思わず目を見開いてしまった。
お互い前を見ていたので、気づかれてはいない。
…そんなの、、、
「こんなに俺が悩んだって、絵にあんま関心のない両親は勉強しろとか言ってくるんだよ。俺、バカなの知ってるでしょ?だから余計に苦労かけさせちゃってて。」
確かに部活と成績に影響が出てきて、よく思わない両親もいる。
芸術関連、私は凄く興味があるけど、私の両親もあまり関心がなかった。
「認めてもらえる絵、誰かに響く絵は描けないし、スランプになるし、親にとやかく言われてさ、反抗までしちゃって、、、」
…私もそうだったな、、、
反抗して、両親を困らせている。
「でも、一番いけなかったことは、人と上手く関われない所かな。」
「え?宮春君、めっちゃ関われてない?」
突っ込んでしまうと、創輝は目をそらした。
「そんなことないよ。いつも絵とか色とかのことばっか考えて、人付き合い上手じゃないから。話しかけてくれる人にもちゃんとした返しができない。かろうじて似たように絵ばっか描いてる美術部くらいとしかね。」 
「そうだったんだ、、、」
「そんな結構改善しないといけない日常だった。前までよく見えてた鮮明な色も、ぼやけるようになっちゃって、、、」
寂しそうに呟いた。
「だけど、追い打ちが来たのは、クラスメイトに陰で言われた言葉、両親に、部活の先輩に、他校の生徒に、面と向かって言われたこと。」
それは、私には衝撃的なものだった。

クラスメイトに言われた言葉。
『あの子、いつも絵描いたりぼんやりしてたり、よく分かんないよね。』
『分かる!何かクラスにも溶け込めてないし、完全に浮いてるし。』
『何か最近特におかしいよね。もっと人とうまく付き合えないもんなのかな〜』
両親に言われた言葉。
『将来も絵を描きたい!?あなたね、芸術で食べていくのはほんの一握りなのよ。』
『お前は、自分で才能があるわけじゃないとか、スランプがあるとか認めているくせに生き残れると思ってるのか?』
部活の先輩に言われた言葉。
『宮春君の絵って響かないんだよね。もう薄々分かってるでしょ?才能もない、描きたいものも描けない、絵の熱意とか、全然伝わってこない。』
他校の生徒に言われた言葉。
『宮春創輝君だっけ?いつも賞取れないよね。無理もないか、だって上手いとか思わないもん。』
『何を描きたいんだろーって思うけどさ。もう作品すら描けなくなったみたいだね。君、何のために描くの?』


聞き終わった時、創輝の顔は凄く悔しそうで、でもそれさえ消えてしまいそうな、そんな顔だった。
「だから辞めちゃった。続ける意味を、失くしちゃったから。」
…ほぼいじめなのでは、
と思うほど周りには理解してもらえなかったらしい。
声に出てしまった。
「そんなのひどすぎるよ、、、」
「明道さんなら、そう言ってくれる気がしてたよ。やっぱり、優しいね。」
「そんなんじゃないよ、、、でも人の作品とか、想いとか、誰であっても傷つけていいわけない、、、」
また、優しい声で言う。
「そう言ってくれる人がいて、嬉しいよ、、、」
創輝はそう言ってから、私を見た。
少し笑顔を含んで。
「でも、明道さんと出会ってから、何か色は見えたような気がしたんだ。」
「私と出会ってから?」
「うん。だから感謝してるんだ。」
「私は、何も、、、」
少し間を開けてから、また創輝は話し始めた。
「俺も、人生無駄にしないようにって思ってたんだ。だけど全然解決できなくて。何にも出来なくて、、、」
…宮春君、、、
「いつも奥深く、何かあるんだ。絵を描けないくせに、描きたくなった。何度か、描こうと思ったけど、まとまらなくてさ、、、そうゆう自分が嫌で、いつまでもくだらないことで前に進めない自分が嫌で、言い訳ばっかだ、、、」
少しだけ、自分と重なった気がした。
でもこの人は、簡単に同情もアドバイスも貰えるような状態じゃない。
芸術に悩むというのはそうゆうことだ。
それが出来る人は十分凄い人だ。
一生懸命頑張っているのに、なのに上手く行かない、認めてもらえない、否定される気持ちはどれだけ苦しいのだろう。
…でも、宮春君には、、、

「でも、宮春君の音には、色があるよ。」
「俺の、音?」
「優しくて、深くて、澄んでいて、暖かい色がある。」
創輝はきょとんとした顔をする。
私は続ける。
「思ったんだ。すっごく良い人だって直感があって、、、だから、きっとこの、言葉で表せないほどの素敵な人の描く絵は、きっとそうゆう感動を与えられる絵なんだろうって。」
「でも、明道さんは、俺の絵を見てないよ?」
「うん。私は見てない、だけど、宮春君がそんな風に言われる理由はないよ。凄いことを描く人はね、悩みに悩んで完成させるって聞かない?」
創輝は驚いた顔をしていた。

その時、ある一つの絵が頭に浮かんだ。
記憶の中にあった印象的なもの。
「それに、今まで描いてきた絵だって、響く人には響くんじゃないかな。」
「え、、、」
「だって、正解はないでしょ?君から見える色で、たくさん考えて表現した絵、誰にも響かないわけないよ。」
「でも、響く人なんて、、、」
「私は、凄く綺麗だと思ったの。」
不意に出た言葉に、創輝は驚いてこちらを見た。
「見たことないって今言ったよね?」
「誰の絵か分からなかったの。でも今思い出したよ。」
そう、私は創輝の絵を見たことがあった。
それを今思い出したのだ。

どこかで聞いたことのある名前の正体は、一年の時に美術室前に展示されていたある一枚の絵。
それは恐らく、学校の窓から見えた景色だと思う。
この裏山や町の道沿い、空が描き表されていた。
凄く色が綺麗で線の書き方も、絵の形も、何もかも印象に残った。
「私は美術の知識なんてないから分からないけど、あの絵が好きだよ。」
口が空いたままの創輝に、私は向き合った。
「宮春君には、あんな風にこの景色が見えているの?」
創輝は、考えてから言った。
「あんな風に、いつもの色に重なって色が見えるみたいな気がしたんだ、、、でも、すぐ消えちゃう、だから見たままに描けない。」
「消えちゃうって、どんな風に?」
思わず聞いてしまった。
「綺麗なものって、いつも続く訳じゃなくて、過ごしていく日々が明るく見えたってすぐ暗くなる。景色も、そんな風に見えるんだ。希望なんて、見えても消えちゃうから、、、」
…希望、、、
創輝の絵は、見えた希望そのものだった。
きっと創輝の描きたいことは、その目に映った景色を、感動を、全部を表したものなんだ思った。
「ぼんやりとしてて、何を伝えたいのか、多分自分でも分かってないんだ、、、」
そう言葉にした声は、今までで一番悲しくて寂しかった。

…やっぱり少し似てるな、、、
私も、耳に聴こえる音が、明るくなったり、暗くなったり、いろんな音になって現れる。
せっかく希望の音が聞こえたと思っても、それをかき消されるような現実の音がある。
創輝と出会って、あの色のある音にきっと希望を感じていた。
だけど私自身何も成長できてないことも、私の死期が近づいていることがそれを暗くする。
そもそも人間、大人になるにつれて世の中のよくない部分に気づいていく。
未来だって分からないことへの不安で溢れていく。
だから明るさを表現する歌声は、中々自分で表現できるものじゃなかった。
簡単に伝わるものじゃなかった。

「希望って、何なんだろうね。」
私が呟くと、創輝はまた、景色を見下ろす。
「俺は、希望を描きたいよ、、、」
ハッとして翔太を見た。
…希望を描く
何だかその言葉は、本当に光るような言葉だった。
「希望の絵を描いて、俺の伝えたいことを分かって欲しい。こんなものを描きたかったって、こんな風に景色は見えるって、、、」
今の絵をさらに進化させたようなものになる。
それはきっと、創輝の想いの絵だからきっと、もっと綺麗なんだと思う。
…私も、そんなものを描けたらな、、、
私は思った。
「私も、希望を描きたい、歌いたいな、、、」
創輝は私を見た。
「十分過ぎるほどだよ。君は、、、」
そう言って笑った。
私も笑みが溢れた。
「明道さんの歌もちゃんと聴いてみたいな。」
優しい声で創輝が言った。
創輝の音が聴こえた。
本当に綺麗で、淡くて優しい色に鮮やかな色が重なった音。
…宮春君ならきっと、私の話を受け入れてくれるだろうなー、、、
そう思った。
どんな話も願いも聞いてくれる、言葉をかけてくれる気がした。
…でも、こんな優しい人だから尚更言えないよ、、、
私は声を抑えた。
そして精一杯の笑顔を見せて言った。
「今、歌っても良い?」
「良いの?」
「うん、歌いたくなった!」

私は立ち上がる。
息を吸った。
今思いついた音とリズムががあった。
創輝の音を曲にしたくなった。
景色や時間で誤魔化していた恋の歌だった。
精神力も実際の体力も使いすぎてしまった。
歌い終わった時、創輝は固まったような顔をしていた。
「すっごい綺麗で、まっすぐだ、、、」
驚いていた。
…褒められたのは久しぶりだなー
だけど、疲れたみたいだった。
心臓のあたりが痛んできた。
感覚が少しおかしい。
声が聞こえた。
「明道さん!?」
…これ、やばいかも、、、
「音葉!?」
それ以上は聞こえなかった。
意識を失っていた。