心臓に痛みが来て慌てて抑えこんだ。
「音葉!?」
創輝と話した日に帰ってきてからすぐの時だった。
バッタン!という音を聞いてお母さんが来た。
薬とか安静にとか、お母さんがいるから何とかなっている。
これが一人だとまた大変だった。

部屋でお母さんに言われた。
「体調が良い日、どこに行ってるの?」
「ただの散歩だよ。」
そっけなく答えてしまった。
お母さんは呆れたようなため息を小さく吐いた。
そして言った。
「音葉、友達とは会ってるの?」
「どうして?」
「前は居たじゃない。少しは仲の良い子、一年の頃の二人。」
その言葉に私は何か嫌な感覚がして言ってしまった。
「大した仲じゃないよ。クラスが変わってからはそもそも会ってないから。」
…強く言いすぎた
そう気づいた時にはお母さんの顔は悲しそうだった。
娘に友達が居ないだけでもショックなのかもしれない。
死期を看取ってくれる友達も、死ぬことを知る友達もいないなんて実に悲しいと思った。

そんなお母さんを見て思った。
…やるべき事、やるって言ったのに、、、
創輝に宣言したことすら何にも出来てない。

「夕飯持ってくるから。」
「うん、、、ありがとう、、、」
立ち上がったお母さんに何か言うべきだった。
でも出来なかった。
…私の思いを、どうして分かってくれないのかな
そしてすぐ、自分が言い訳していることに気づいた。
今も曖昧の文字で埋め尽くされた私の心情を、言葉にしたって求めた答えは返ってこない。
だからこそ、ちゃんと分かってほしいなりの努力が必要なのに。
「そうじゃなくても分かってくれそうな人に出会っちゃったけどね。」
一人になった部屋で独り言を呟いた。
話さなくもないクラスメイトの他にも、友達、あるいは親友とも呼べそうな人は居た。
あれは高校一年の時。

「音葉ちゃーん!」
元気に走ってきたのはポニーテルでセミロングを結んだ可愛らしい印象の子。
「朝から元気だねー」
そう返す私の横に並んだ。
「今日は選択科目の日だから!」
名前は胡桃莉穂(こももりほ)。
「その次体育だけどね。」
「あ、、、」
いつの間にか隣にいたハーフアップのロングの子。
「玲花!」
「おはよう。音葉。」
私のもう一人の親友、名前は七瀬玲花(ななせれいか)。
しっかり者代表。
「玲花ちゃん!思い出させないでよ!!」
莉穂が言う。
「はいはいすみません。」
玲花は流す。
「あはは!」
私が笑う。
「音葉ちゃんまでー!」
莉穂が怒る。
毎日こんな感じで、こうしてる時間はそれなりに楽しかったのかもしれない。
微かに楽しんでいる時の音が聴こえて、穏やかに感じていた。
でも、それ以外は何もうまく行っていなかった。

「明道。少し勉強頑張らないと。あと進路調査の紙、早く出しなさい。」
「はい、、、」
先生には成績と進路を心配される。
割と真面目キャラなのに、そうゆう所はダメだった。

「音葉、また成績が下がったろ。」
「勉強してないでしょ。だからよ。」
「、、、」
親に怒られる。
「それから進路。今から決めていかないと。」
進路を急かされる。
…将来なんて、わかるわけない、、、

「あっ奏汰、、、」
「うるさいからあんま父さんと母さん怒らせないでよ。」
弟に呆れられる。
反抗期とか思春期とかもあると思うし、それ以上に弟とは価値観も多分合わない。
喋る頻度もどんどん減って行っていた。

机に向かってノートを開く。
シャーペンを持って、置く。
「無理、、、」
結局勉強しない。
進路希望の紙を出す。
そしてしまう。

好きな歌を口ずさむ。
それ系の動画を開いて聴く。
リズム、旋律、そして音色。
音楽が好きなだけあって人一倍歌で気分は上がる。
歌詞を眺める。
でも、何だか目を逸らしたくなった。
自分で歌詞を書いて見たりしたけど、あまり気に入らなかった。
「なんか人生って難しい、、、楽しくないなー、、、」
この通り、関わる人に迷惑をかけ、言い訳ばかりしていた。
人生を何となくで語って、うまく行ってないくせにぼーっとして、飽き飽きしていた。
そんなに人生は甘くないと身に占めて分かったのは病気が分かってから。
私に聴こえる音は、現実が滲んでいく時に止まってしまうことがある。
世界が止まって見えるほどに。
この時は本当にそうだった。
両親も親戚も泣いたり落ち込んだりと忙しかった。

バチが当たったのかも知れないと思った。
「人生を、大事にしなかった罰、、、」
春の見えない寒い真冬の風に打たれた。

悩んだのは友人にどう打ち明けるか。
「なんで最近学校休んでたのー?」
莉穂が聞いてきた。
私は言葉に詰まった。
でも考えながら言葉にした。
「私ね、ちょっとだけ病気があってさ。」
「え、、、」
その時、莉穂も玲花も見てられない表情をした。
その後の態度も、ただただ接しづらそうにした。
余命の事はまだ言ってなかったけど、休んでた期間とか登校中に体調の悪くなったことのある私を思い出したらしい。
それから私の表情が下手で、結構深刻そうに見えたらしい。
あの明るさも、何だって言い合っちゃうような関係でもなくなってしまった。
私は一度言ったことがあった。
「前みたいにしてほしい。気を遣わないでほしいの。」
莉穂は答えに迷いながら答えた。
「そうだよね、、、ごめんね!」
曇った表情の莉穂に、私は言った。
「私は、、、病気だって何だって私のままだよ?どうしてそんな、、、違う人に接するみたいに、、、」
その時、玲花が言った。
「あのね、、、同じだと思ってる、、、そう思いたいの。でも、私たちずっとそばにいたのに気づかなくて、でも、はっきり病気の症状が出た音葉は苦しそうなの、、、」
私は何か刺さったような感覚がした。
玲花は泣いていた。
莉穂もつられて泣きながら言う。
「音葉は音葉だよ、、、でも、、、」
「分かった。」
私は遮った。
二人は病気の私を前のように接してくれない。
無理もないけれど。
だって私が前みたいじゃなくなったから。

それだけだった。
なのに私はそれが無性に悲しくなった。
たとえ健康じゃなくたって、友情の形は一緒だと思ってた。
でも二人は優しいから。
体調を気にかけたり、責任を感じたりするうちに前の関係を忘れてしまった。
私が前の私じゃなくなったから二人もそうじゃなくなった。
あの日、二人に背を向けてしまった。
痛いほど視線を感じていた。

でもこれ以上あの辛い顔を見たくなかった。
お互いに。
だから距離をおいた。
他のクラスメイトのように。
余命のことは結局言えなかった。
そしてクラスは別れた。
それ以外のクラスメイトは病気のことすら知らない。

もうすぐ一年経つ。

私の今はただ流れるように過ごしているだけ。
友達を大事に出来ず、両親の悩みの種であり、弟とは話す前に逃げられ、進路はない。
思い返して実感した。
それが現実だった。

それでも、創輝は何か違って、その声や目、言葉、表情、感情、いろんな何かがあった。
初めて見た時から、感じたこと。
淡いのに鮮やかな色がある、音がある彼に、決してしてはいけない提案をした。
『また話さない?』
余命はすぐそこなのに。
次会える保証なんてない。
でも創輝を見ていると感じるから。
どうせ人生なんて、明日生きてる保証なんて誰にもない。
だから会いに行っていた。

創輝ともっと話せば、私の感覚ももっと変わるかも知れない。
現実から何か一つでも、変えることが出来るかも知れないと今は思うことにした。