家に帰ってきた。
入ると案の定、お母さんとお父さんが何かを話していた。
「だけど、少しは治療を、、、」
「音葉の意思を尊重するって言っただろ。」
「でも、、、」
お母さんが言いかけたときと私が入ってきたタイミングが被った。
「ただいま。」
私が言うとお母さんはやってしまったという顔をしてから答えた。
「おかえりなさい。」
「おかえり。」
お父さんも言った。
お母さんは少し迷ってから私と話をしたいと言ってきた。
席に座って話す。
「病院の話?」
「そう。定期検査の後、少しだけ治療をしない?」
お母さんが悩んだであろう言葉に私は迷わずに答えた。
「治療はしない。そう決めたから。」
きっぱりと言うとお母さんは肩を落とした。
「じゃあせめて、遠出をしないでほしいの。」
…やっぱりその話か、、、
心の中では呆れていたけど、ちゃんと会話をした。
「私の好きにさせてほしいの。私の人生だから。」
「そうだよ。」
お父さんの声が聞こえた。
お母さんは目を逸らしてから私をもう一度見た。
「そう。そうよね。ごめんなさい。」
「私、部屋行くね。」
「ご飯できたら呼ぶから。」
「うん。ありがとう。」
部屋に戻ってからため息をついた。
そして机の引き出しから紙を取り出した。
『余命一年』
と書かれている。
私は心臓の病気で余命一年と宣告された。
発見された時は遅すぎたから。
両親は自分を責めてしまうし、生活もしづらいしで本当に大変だった。
延命治療をやってもこの冬までだろうと言われた。
「私は冬を越せない。」
それが変わらないのなら病院より家で過ごしたいし、お気に入りの場所にも行きたい。
お医者さんと話して、両親を説得して決めたことだった。
お父さんは特に何も言わないし、お母さんは今も心配しているし、弟は、あまり話していない。
死にたくなかったし、まだ高校生だし、色々思うことはあったけど、仕方ないとしか言えない。
友達はいないこともないけど、そこまで仲が良いわけではなく、病気のことまでは言えても、余命のことまでは言えなかった。
毎日一人で裏山からの景色を見る。
色があって、光があって、音が綺麗な場所、歌を歌える場所。
でも、それしか私にはなかったから、いつも平行線だった。
でも、今日の景色が頭にある。
あの男の子の姿が何度も浮かぶ。
…あの子には、色があって、光があった、、、何だか今までにない音が聴こえてくるみたいな感覚がする、、、
『待って!』
そう声を出していた。
「あんまり低くないのに深い声だったなー」
そんなことを呟きながらYouTubeを開く。
好きな曲を流す。
曲名諸々は著作権に引っかかったら怖いので伏せておきます。
作曲をする人と、歌を歌う人の2人組みだった。
声とか春とか、そんな事を沢山書かれていた曲で感動するし、共感とかも出来た。
考察ではこの歌の主人公視点からもう亡くなっているとか言われていて、それを知ってから聴くとすごく悲しい。
私はなんとなく、コメント欄を見た。
そこに書いてあった文を、思わず見てしまった。
『亡くなった人の記憶の中で一番最初に忘れるのは声だっけ。』
その返信を見た。
『私も、亡くなった恋人の声が思い出せません。』
『私も、祖父の声を忘れてしまいました。』
思わず考えてしまった。
だって私は歌うことが好きで、話すことが好きで、たくさんこの声を出してきた。
一番覚えていてほしいくらいだった。
…あれ、、、
私が衝撃を受けたこと、それは私も曽祖父や曾祖母の声を思い出すことが難しくなっていた。
かろうじて思い出せていたけど、きっと忘れてしまうんだろうと感じた。
…誰か、覚えてくれる人が居ればいいのに、、、そんな人居ないか。
たぶん両親と親戚は似たりよったりなので、
『そんな事言わないで。』
『亡くなった後の話なんて。』
『声以外もちゃんと覚えてる。』
とか言う気がした。
今まで過ごしてきた中で何となく何て言うのか分かってくる。
…そうゆう意味じゃないんだよねー
それに、『声を覚えてて』なんてことはあまりにも言いづらい。
コメント欄に影響されすぎだし、忘れてしまうと証明されているのならそれは不可能になってしまう。
こうゆう時は潔く諦めるべきだから。
…それでも、、、
この声は大切だった。
この声で音を出し、言葉を言う。
それを頭の中で思い出せなくなるなんて悲しい。
物事も生き物も、いつかは忘れられてしまうものだ。
『忘れないで』
関連の言葉は、あまりにも迷惑。
縛り付けているみたいだから。
両親も前を向いて、弟を育てていってもらわなければいけない。
弟も、変な姉の遺言を深く考えてしまうのも申し訳ない。
友達にも気を使わせてしまうかもしれない。
だからこの言葉を口に出すことはないと思った。
そう決めた。
「私には音楽がある、、、」
それだけで十分なはずだから。
私はただ、残された時間を行きていくだけ。
ただ流れるように。
