日を眺めていると、本当にこの冬が割と最近なのに懐かしく感じた。
「ここで、、、私たち出会って、本当に色々あったね、、、」
「うん。たくさん話が出来て、本当に嬉しかったよ。」
そうゆう創輝の声は、私以上に泣きそうな声だった。
そうゆう音たちが、聴こえてきた。
でも、声を出して私に聞いてきた。
「一つ、聞きたいことがあったんだ、、、良いかな、、、?」
「うん、良いよ、、、」
創輝は、まるで心の中にあったみたいに、スラスラと言った。
「ずっと、考えてたんだ。あの言葉の意味を。」
「え、、、?」
私はすぐに何の言葉か分かった。
『私の声を、覚えていてくれないかな。』
いつしかこの場所で口にしてしまった自分の願望だった。
「きっとそれは、音葉の願いだったんだよね、、、?」
私は、少し下を向いた。
創輝は続けた。
「音葉の声は本当に綺麗だよ。歌声も、話し声も、俺はちゃんと覚えていたいよ。」
「創輝、、、」
「でも、それだけじゃないんだよね?本当は、もっと意味があるんだよね?」
その言葉は、深く心まで響く、1フレーズのメロディーだった。
何か刺さったような感覚がした。
「俺の妄想でしかないけど、音葉の全部が、心の奥に思っていることとか、感じていることとか、そうゆうのも全部含めて声なんだよね。君の、声なんだよね、、、?」
私は目を見開いた。
口が開きっぱなしになった。
まさにその通りだったから。
「やっぱ分かっちゃうんだー、、、本当にすごいね、、、」
創輝は言いすぎたと思ったのか、少し声を落として言った。
「別にすごい推理でも何でもないよ、、、」
本当にこの人は自分のことになると否定的だった。
…私のことは、あんなに肯定してくれるのにな、、、
「そのすごい推理でも何でもないことなのに、分かってくれる人少ないからさ、、、言う勇気出なかったんだ、、、でも思っちゃったんだ、、、」
創輝の目を見て言った。
なるべく明るい口調で言った。
「君みたいな人に、迷惑だって分かってたけど、、、この声を君覚えていて欲しくて、願いを、私は無意識にも言葉にしちゃったんだ、、、」
そう言ったけど、創輝の気は上がらないみたいだった。
だけど私は嬉しかった。
笑顔になってしまった。
「ありがとう、、、願いの一つだったから、それを分かってもらうことが、、、でも、私に縛られることないんだからね、、、?もう分かってもらえただけで十分だから、、、」
創輝を少し見ると、手に力が籠ってる。
そして私を見て言った。
「俺が、覚えていたいから、、、」
まっすぐだった。
私に聴こえる音は、頭の中に響く音は増えていく。
ピアノから始まって他の楽器もどんどん増えていって、音数が増えていた。
希望の音だった。
風の音に重なっていた。
「本当に、ありがとう、、、」
涙が止まらなかった。
私は力が上手く入らなくて、そのまま岩に体を倒してしまった。
創輝と少し距離を空けて座っていたので、丁度ぶつからなくて安心していた。
「音葉!?」
すぐに創輝が顔の見える位置まで来てくれた。
…ちゃんと伝えないと、、、私の想い全部、、、
「創輝、私はね、、、この冬が一番綺麗だったんだ、、、でも翔太と迎えられたこの春は、もっと綺麗で、それ以上に、、、創輝はもっと綺麗だよ、、、心も、声も、瞳も、絵も、、、」
創輝は大きな目を空けて、涙が光っていた。
逆光になっていて、創輝に影がかかっているので、より光っていた。
「音葉、、、俺は、君がいなくなった世界が怖い、、、希望だったんだ、、、」
私はその言葉に驚いた。
創輝も自分と同じように思っていたと知った。
創輝の口が動いていた。
表情が苦しそうで、またきっと言葉の伝え方に迷っているんだと分かった。
伝え切った自分と、まだ言いたりなさそうな創輝との間に、何かを感じた。
切ない音が鳴った。
…結局あの時も、たいした事言えなかったからなあ、、、
創輝は、自分が正しいとはどうしても思えないんだと気づいた。
私と関わっていてどんどん分からなくなったのかもしれない。
伝えられなくなったのかもしれない。
…私がいなくなった後、ちゃんと立ち直れるかな、、、また笑ってくれるかな、、、
何か言いたかった。
創輝の力に少しでもなりたかった。
大切な人だから。
「私はね、創輝が特別なの、、、」
創輝は顔を上げた。
「だから、、、ありのままに生きて欲しい、、、幸せになってほしいの、、、」
創輝の目から流れてくる涙が見えた。
「創輝に見える色を、感じる思いを、信じてほしい、、、これからいろんな人に出会って、色んな景色を見て、色んな体験をして、色んなことを思って欲しい、、、君にはそれを描く力があるんだよ、、、それをずっと描いて、伝えて生きて欲しい、、、創輝は感動を創り出せる、、、後は一言でも良いから、たくさん人生で積んできたことを伝えに、会いにきて欲しいかな、、、」
震える瞳を、まっすぐに見つめた。
「それが叶うことが一番だよ、、、他には何も望まないから、、、」
「それは、、、」
じわじわとくるものを誘う音たちが飛び交う。
「大丈夫だよ、、、」
私は声に出した。
…ちゃんと分かってる、、、創輝の伝えたいことが、、、
「だからもう、自分を責めないでね、、、」
「音葉、、、」
その時、何か声が聞こえた。
「音葉?」
「音葉!」
「姉ちゃん!」
家族の声が聞こえた。
お父さん、お母さん、奏汰の順に声がした。
最後に顔が見れて良かった。
私は声を振り絞って出した。
もうどこも痛くなかった。
「お父さん、お母さん、産んで育ててくれてありがとう、、、」
お父さんは笑った。
「こちらこそ、生まれてきてくれてありがとう、、、」
お母さんも言った。
「私たちを親にしてくれて、家族にしてくれてありがとう、、、」
二人とも泣いていた。
「奏汰、、、色々頼んでごめんね、、、だけどまだ子供なんだから、もっと二人に甘えてね、、、」
奏汰も少しずつ涙が出てきていた。
「うん、、、」
「本当に私の要望とか、、、お世話とか、、、色々ありがとう、、、健康じゃなかったけど、ちゃんとみんなのこと、、、」
もう力尽きそうだったけど、ちゃんと声に出した。
「大好きだから、、、」
その言葉に、家族は目を見開いて顔を下げた。
みんな涙でボロボロだったけど、自分のために泣いてくれたことが、少しだけ嬉しかった。
案外、死も近くなるとあまり怖くなくて、心地良ささえ感じてきていた。
私はふと、目を少しずらした。
創輝が家族のために一歩下がっていたことに気づいた。
私はそちらをしっかり見つめた。
創輝も、涙が出ててもしっかりとその視線を受け止めてくれた。
家族は俯いていたので、私と創輝の二人だけの空間になっているみたいだった。
空間に音楽が響いていた。
創輝の色が映っていた。
やっぱり何かを伝えようと、触れようとしているけど、それが出来ないということが分かった。
私は、最後の力を振り絞るとはまさにこうゆうことだと思いながら、言葉にした。
声に出した。
本当に小さな声だったけど、多分聴こえている。
「ずっと、、、好きでした、、、」
創輝は目も口も開いて、本当に感情が溢れていた。
…迷惑になっちゃうって、分かってるのに、どうして私は言っちゃうかなー、、、
だけど後悔はしたくなかった。
それが私の想いだった。
創輝も必死に言おうとしていた。
それだけで十分だった。
私は、暖かな光を感じて目を閉じた。
この瞬間までの記憶を振り返った。
しかし不思議なことに、終わったはずの命に、まだ何か聴こえていた。
家族の泣き声と、創輝の何かを言っている声。
…あれ、、、思い出したのは、あの曲のコメント欄。
『亡くなった人の記憶の中で、一番最初に忘れちゃうのは声だっけ。』
その後の文を思い返す。
『亡くなった人が最後まで理解できるのは声なのにね。』
…あっ、、、
これだと分かった。
私は耳を澄ます。
創輝の声だった。
「どうして、、、どうして俺は、、、」
泣きながら本当に小さく呟く声だった。
「何も伝えられなかったんだろう、、、いつも、、、いつも、、、結局、、、」
…創輝、、、やっぱり気にしちゃうよね、、、
「俺だって、、、」
本当に小さな声だったけど、私には聴こえた。
「好きだったよ、、、ありがとうも言いたかったのに、、、何度だって、、、」
後悔の音が響いていた。
私は、感覚はないけど、笑みをこぼしたような気がする。
…大丈夫、、、伝わってるよ、、、
私は全部を伝えた。
創輝の想いも、全部じゃなくてもちゃんと伝わっている。
この人生は、この瞬間までに、笑顔になれる人生だったと思う。
大切な時間だったと思う。
私はただ流れるように過ごしていた。
現実から目を背けるように生きていた。
余命のことが分かってからも、どう過ごせば良いか分かっていなかった。
だけどあの夕暮れ時に、創輝に出会った。
日常の音を感じて、歌が浮かんで、希望となっていた。
こんな自分でも、青春に近づけた。
向き合えるように、願わないようにと、大切な人との関わり方を知った。
伝えるべきことがちゃんとあったこと、どうするべきか分からなくなったこともあった。
それでもひと時ひと時を大切にするべきだと思った。
この場所に来て、全ての想いを伝えて終われたと思う。
悩んでいたという共通点、音と色、特殊な力という共通点、芸術という感動の共通点、似たもの同士だった私たちはお互いが特別な感情を持っていた気がする。
だけどそれでも、違う人間同士なので、心がわかるわけじゃないけれど。
一番大事な想いを、お互いは分かっていると思う。
感動系の音楽が鳴り響いている。
たくさんの音に囲まれて、音楽の中で私は終わっていく。
終わっていく中で、花のように落ちるというよりは、舞い上がったのか、他の場所へといくような感覚がしている。
きっとあの時見た蓮の花が浮かぶ空の水辺に行くんだろうと思う。
自分の願いに等しいものはほとんど全部叶った気がする。
もう、私は大丈夫。
この世界も、愛おしく思う日は本当に来た。
見えた景色にも、聞こえた音にも、感覚にも、関わってくれた人にも感謝を想った。
創輝も、お母さんも、お父さんも、奏汰も、莉穂も、玲花も、向山先生も、他にもいっぱい関わってきた人がいる。
空も山も、草木花も海も、全部綺麗だと思った。
もう一度思った。
幸せだったと思った。
思うことは最後は一つ。
…本当に、ありがとう、、、さようなら、、、
私はこの人生の幕を閉じていく。
