「創輝君じゃないか。」
「創輝君。今日も来てくれたの?」
「はい。ご迷惑じゃなければ、、、」
「嬉しいに決まってるでしょ。でもごめんね、私たちはこれから仕事なの。音葉の隣の部屋に奏汰がいるから、何かあったら言ってね。」
「はい。」
なんて会話が下から聞こえてきた。
今日は3月1日。
春と呼べる日が来た。
だけど私はもう、歩ける状態ではなかった。
心臓の辺りが痛く、気分もあまり良くなかった。

『こんな奇跡が起きるものなんですね。』
お医者さんは言っていた。
『絶対、、、春を迎えたいんです、、、』
そんな会話をした。

「音葉。」
「創輝、、、来てくれてありがとう、、、」
「全然良いよ。今日も絵持ってきたんだけど、もらってくれる?」
そう言って見せてくれた。
「これって、、、」
今いる私の部屋の窓から見える外の景色だった。
「凄いグラデーションだ、、、この色好きだなー、、、」
私は家の屋根や木々の色に使われていた色を指した。
「混ぜ過ぎて、何色かは言えないけど、こんな風に見えることがあるんだ。」
「良いね、、、その力?能力?大事にしてね、、、」
「うん、大事にする、、、これ、割と昔からあったんだ。音葉も、昔から音が聞こえる力があった?」
そう聞かれて、昔の記憶を探って確信した。
「そうだね、、、物心ついた頃からあったかも。不思議だよね、、、こうゆう力がある人がいるのが現実なら、きっと異世界やタイムリープとか嘘だって言われてるものも、本当にあるのかもね、、、」
私が言うと、創輝は考えながら言った。

「音葉はそうゆう力とか、非現実的なことは、あって良かったと思う?」
目を逸らしてしまった。
「そうだね、、、音が聴こえて、普通の人にはない気づきとかがあって、凄く心地よく思うことはあるよ、、、だけど、、、」
少し声が出しづらかったけど、ちゃんと言葉にした。
「私は、この力がなくても良いから、普通の平均寿命まで生きていたかったな、、、」
涙が流れてきていた。
創輝の目にも、光るものが映っていた。
ピアノみたいな音になっていく。
「音葉、、、」
「せっかく綺麗な音が聴こえても、全部無くなっちゃうなんて寂しい、、、この力でもっと音楽をやりたかったし、人とももっと関わりたかった、、、創輝と、もっとそばに居たかった、、、ごめんね、こんなこと、、、」
涙が止まらない私に、創輝はハンカチを差し出してくれた。
「良いんだよ。音葉の思っていることを、全部聞きたいから。だから謝らないで、、、」
私は受け取った。
創輝は落ち着くまで隣に居てくれた。
…でも、、、創輝という人に出会えなかったら、そんな長くまで生きる意味はあったのかな、、、
元々の病気になる前の自分の生活を、心情を思い返していた。
…もうそんなことはいっか、、、

ふと、何か綺麗で高い音が響いたのを感じた。
空の水辺に、蓮の花が浮いているような景色が一瞬だけ見えた。
…もしかして、、、
私は、悟った。
この場所にいてはいけないと思った。
ただ今行きたい場所は一つだった。
もうしばらくは行けていなかった、あの裏山に、行きたいと思った。
春の花が、少しなら咲いている気がした。

「創輝、、、」
「どうしたの?」
「お願いがあるの、、、」
私は説明した。
あの場所に行きたいと。
「良いよ、、、俺が連れて行くから、、、」
弟にも許可を取った。
少し渋っていたけれど。
まあ車もないし、裏山もいちお山だから。
「危険すぎる、それに、、、その感覚って、、、」
私の最後だということを、多分認めたくなかったんだと思った。
それでも、チャンスは今しかない。
「奏汰君、、、だったら尚更だと思うんだ、、、」
創輝はお願いしてくれた。
そして奏汰は首を縦に振った。
「分かりました。姉ちゃんをお願いします。俺は父さんと母さんに連絡して連れてきます。」
「ありがとう、、、奏汰、、、」
創輝は走った。
私を背負って、ずっとずっと走った。
「良い弟さんだね。」
珍しく車がきて一瞬止まった時に、創輝が言ってきた。
「うん、、、創輝もそうだけど、いつもお願いばっかしちゃってる、、、」
「いや、案外頼られるって嬉しいものだよ。」
そう笑いかけてくれた。
山もずっと私を背負いながら走ってくれた。
流石に疲れていたけど、文句一つ言わずにあの場所まで連れて行ってくれた。
「着いたよ、、、」
息切れしていた創輝は、あの岩に私を座らせてくれた。

目に映った景色は、早桜が咲いていた。
高く美しい花だった。
「ありがとう、、、私、この場所の春が一番好きなんだ、、、」
「俺もだよ、、、」
そう言って創輝も座った。
空は淡く、日が落ちていく途中で、ピンクや紫のような色だった。
そっと、優しい音色が響いていた。
「綺麗だね、、、」
「うん、、、」