二月も入って少し経つと、私の調子はかなり悪くなった。
病院にも行ったけど、結局薬くらいしか処置はないし、何より私が家にいたいのもあって、基本的にずっと家にいた。

ある休日、いつも通り部屋にいた。
あまり歌は声を張れないけど、口ずさむ程度に歌っていた。
そして好きな曲を聴いていた。
不思議なことに、前よりずっと深く、綺麗に聴こえた。
ふとあの曲を思い出してコメント欄も見つつ、曲をじっくり聴いた。
「ここまで凄すぎる曲は描けないなー、、、」
独り言を呟いていた。
実はこの声も段々と活気を失いつつあった。

「音葉、創輝君きたよ。」
「はーい。」
創輝は割と頻繁に会いにきてくれていた。
「調子はどう?」
「うーん、、、あんま良くないかなー」
「そっか、、、あのさ、絵を描いてきたんだけど、、、」
「え!?見たい!!」
創輝は笑顔で見せてくれた。
いつしか見に行った海だった。
相変わらず綺麗な色使いで、少し空の淡さと海は光が差し掛かっていて綺麗だった。
綺麗なメロディーになっていくみたいだった。

創輝はこの後も何度か絵を見せてくれて、私に渡すために書いてくれた絵もあった。
自然の絵だけじゃなくて、カフェや勉強会をした場所などの私と一緒に見た景色を描いた絵も魅力的だった。
本当に創輝の目に映る景色は綺麗で、それを描ける能力も本当に尊敬していた。
精神的にはすごく元気になれた。
そうやって時間は過ぎていって、何とか生きていたけど、もう余命のラインを超えている私にとっては奇跡的だった。
私は創輝に伝えた。
「莉穂と玲花に伝えたことが今日会ってね。」
莉穂と玲花も何度か家に来てくれて、この日も創輝が来る前に来てくれていた。
「そうなんだ。仲直りできたんだもんね。聞いてもいい?」
「うん。」

『二人は優しくて、楽しくて、本当にいい友達だったよ。友達とあんまり親しくなれない私にとっては本当に存在が大きくて、学校に行く理由にもなったんだ。すれ違っちゃったこともあったけど、またこうして話せるようになれて本当に嬉しかった。ありがとう。』
創輝は頷きながら聞いてきた。
「二人は、なんて?」
「凄く何かに気づいたような顔をしてから言ってた。」
私は莉穂と玲花の声や表情を思い出していた。
『音葉ちゃん。私も音葉ちゃんと友達になれて嬉しかった。大好きだよ、ずっと、ずっとね。』
莉穂は笑顔になって言った。
『音葉と過ごした時間は宝物だから。』
玲花も笑顔になっていった。
二人とも涙は見せないように、そうゆう意識が伝わってきた。
『二人とも、ちゃんと仲良くね。』
『当たり前!』
二人同時に言っていた。

「そっか。ちゃんと伝えたいことは全部言えたね。先生の力もありそう。」
「うん。創輝もね。」
「いや、俺は何もしてないよ。」
「そんなことない。絶対に、、、」
創輝は寂しそうに笑っていた。

もしかしたら創輝は上手くいっていないのかもしれない。
最近聞いてもらってばっかりだった。
…創輝は、どう思ってるのかな、、、
また、あの時話したみたいに、何か言いたくなった。
それが創輝にとって良いことなのかは分からなかったけど。

「先生と話したって言ったよね。先生に聞いたの。どうして人生は思い通りに行かないんですか?って。」
「え?」
創輝は驚いて見てきた。
「やろうと思ったことも実行出来ないし、自分の嫌な所ばっか見えてくるし、何かもう全部上手くいかないってことばっかじゃん?でも教えてもらったの。」
「何を?」
きっと創輝も近いことを考えているような気がした。
「理屈に合わないことをするのも、感情を抑えられないのも人間だけど、それが全部全部悪いって訳じゃないの。」
創輝の表情が動いていた。
「その時考えたんだ。私が創輝に溢しちゃった本音も、知りたくなった創輝の心も、全部抑えられない感情から来たものだったなーって。それは理屈なんかで説明できないくらい思うままの行動だったの。創輝だって私の力になってくれたのも、そばに居てくれたのも、ただそうしたかったから以外の理由なんてないんじゃないかな?」
「それは、、、でも、、、」
言葉に詰まっていた創輝に、一つ言った。
「私は、やろうと思ったことが出来なくて彷徨っていたところで、創輝に出会えた。」
創輝は少し俯いていたけど、目を見開いていた。
「創輝のお陰で、色々思うことがあって、感じたことがあったの。だからそれは、分かってほしいな。」
創輝は私を見た。
でも、言葉が、言いたい言葉が出て来ないんだろうと分かった。
ただ頑張って、笑顔を作ろうとしていることと、伝えたいことの伝え方を探していることだけが分かった。
悲しい音楽が、マイナーなコードみたいな音が頭に響いた。

絵が目に入った。
綺麗な絵、希望そのものの絵も、きっとまだまだ伝えたいことが、表現したいことがあるように思った。
こんな言葉を良く聞く。
『芸術に終わりはない』
きっと創輝はまあだまだ先を想像しているんだと思った。
作品も、言葉でも、きっと一番納得が出来るものを探していて、考えている。
描き方が分からないみたいに伝え方が分からないというのは、私にも少し分かる。
そんな風に悩んでいたこの一年もそうだし、歌を歌う表現や、曲を考える時の描き方、そうゆうものに重ねてしまった。

描きたいもの、伝えたいこと、その先を探し続けるのはいいと思う。
でもそれだけじゃないと思った。
だから創輝に伝えた。
特に特別な言葉じゃないけれど。
「音楽と美術って、芸術として言われるよね。」
「え?どうしたの急に、、、」
戸惑う創輝に続けた。
「特に意味はないよ。でも思ったの。この芸術が交わる瞬間って、感動を作ることだと思うの。」
「感動、、、それは、確かに、、、」
「そしてそれは、人によって違うものだと思う。自分の感動とか、人の感動とか、それぞれだから。意外と自分を認められなくなたりするものだけど、思っているより誰かに刺さったりすると思う。」
創輝は何かに触れたような表情になっていた。
「それから、芸術と現実は、全く違う世界線を同じ距離だけ進んでいると思うの。だから悩んでいることの重なりがあると思うんだ。」
「重なり方、、、」
「だから、今の自分を認めながら、進んでいけばいいと思うんだよね。」
創輝の音が変化していた。
少しずつ大きくなっていた。
「音葉、、、」
…あっ、、、
この瞬間、私は抽象的に話すぎたと気づいた。
「ごめんね。変な話、、、」
「ありがとう、、、本当に、ごめん、、、」
余計に何か思わせてしまったかもしれない。
でも、創輝にはちゃんとある。
言いたいことも、描きたいものもあることは分かっていた。
「創輝、、、」
きっと、自分でたどり着けるような気がした。
だからそれ以上は、何も言わなかった。

「もうすぐ、春だね。」
話を変えた。
だけどこれも大事な話だった。
「私、春を越すって夢、叶えたいんだ。」
「叶えられるよ。」
創輝はまっすぐ私を見た。
「一緒に見よう。春のあの場所を。」
「うん、、、そう思えるこのひと時も、大切に思うようになったよ。」
それはあくまで、この時の話を綺麗に終わらせるための口実だった。
このひと時で私は気づいたことがあった。
それを伝えられるうちに、ちゃんと上手く伝えられるようにしたいと思った。
それがこの時の私の生きる原動力の一つだった。