この声を君に、覚えていて欲しくて


私の体調は、日に日に悪くなっていた。
今日は友人二人、莉穂と玲花と話す日だった。
本当は出向かいたかったけど、来てもらう事になった。

インターホンの音が鳴って緊張が走った。
最後にちゃんと話してから一年ぶりだった。
ドアを開けた時、二人の姿を見た。
「久しぶり、、、音葉ちゃん、、、」
先に声を出したのは莉穂だった。
「音葉、、、」
玲花もそれだけ言った。
「久しぶり、、、上がって、、、」
ぎこちなかったけど、部屋に上がってもらった。

座った時、気まずい沈黙があった後に私は息を吸った。
「あの、、、」
「ごめん、、、あっ、、、」
ほぼ同タイミングで玲花が謝った。
また沈黙があった後、私は言った。
「今日、来てもらったのはね。私も謝りたかったからなんだ、、、」
「音葉ちゃんも?」
莉穂が聞く。
「うん。でも、玲花に先を越されたから、先に言ってもらおうかな。」
少し明るめに言った。
玲花は驚いていたけど、私にしっかりと向き合った姿勢になった。
「ずっと謝りたかった。あの時も、その後も私は、、、」
言葉に詰まって、目を逸らしていた。
多分、涙を堪えていたのと、どう言うか迷ったからだと思う。
それをじっと見ている私と莉穂。
莉穂の方が先に口を開いた。
「私も、ごめんなさい、、、ずっと言えなくて、会いに来れなくてごめんね。」
私は考えた。
多分二人も、ずっと考えていたと思った。
…どうして二人は、こんなに悩まなければいけなかったのかな、、、
声に出した。

「二人は悪くないよ。」
莉穂が目を見開いた。
玲花も口が小さく開いていた。
私は続けた。
「謝らなきゃいけないのは私の方だったよ、、、私が、突き放しちゃった距離だから、、、最初も最後も、私がいけないことだったの、、、ごめんね、、、」
「そんな、、、音葉ちゃんが謝ることじゃないよ、、、」
莉穂は涙ぐんで言った。
でも私は首を振った。
「莉穂と玲花とね、ずっと同じまま過ごせたらいいなって思ってたよ。」
その言葉を言うと、玲花の瞳はまっすぐ私に向かっていた。
「でもね、私は色々複雑な感情が表にも出てて、心配かけちゃったよね?二人には甘えちゃっててさ、思ってること丸出しで、だから気にかけてくれてたのも分かってるよ。」
私の言葉に玲花は返した。
「違う、、、」
涙を我慢したような声だった。
莉穂はそんな玲花をじっと見ていた。
私はなるべく笑顔で返した。
「どうして?」
「だって、音葉は、他にどうしたら良かったっていうの、、、?」
何か胸の奥に刺さったような感覚になった。
玲花は続けた。
「私たちはね、きっと、もっと出来ることはあったと思うの、、、態度も、言葉も、もっと音葉が悲しむんじゃなくて、嬉しくなれるようなことをするべきだったと思ってる、、、気なんて使わないで、今まで通り接することを音葉が望んでるって分かってたのに、、、」
玲花の目から涙が溢れた。
「でも音葉は何も悪くないでしょ、、、?自分に出来ることをして、私たちのこと信頼して大切なこと言ったのに、あんな風に言われて、、、」
スラスラと出る言葉は、多分ずっと気にしていたんだろうと分かった。
深々とした音が響く。
後悔の音が、最近わかるようになった気がした。

「音葉ちゃん、、、」
莉穂が言った。
私は目線を向けた。
「ごめんね、、、出来なかったの。」
目線を変えずに私をしっかり見ていた。
「音葉ちゃんが望んでいたこと何一つ出来なくて、でもそれは私たちが優しいからじゃなくて、単純に怖かったからなの、、、音葉ちゃんが病気で苦しんでいる中、心配かけないようにって接してくれたその笑顔見てて、何も出来ないのにこれ以上無理させちゃうんじゃないかなって、、、病気、きっと深刻なんだなって分かったから、、、私たちが今まで通りでいることが怖くなったの、、、」

…やっぱ優しいなー、、、
二人にちゃんと伝えることにした。
「確かに、病気は深刻だったよ。もう、あとちょっとの寿命なんだ。」
玲花も、莉穂もとても驚いていた。
まさかそこまでとは思っていなかったらしい。
「私、、、この一年間、ずっと回り道してた、、、時間を無駄にして、、、」
玲花の目から涙が止まらなかった。
刺さっていたものが更に奥深くいく。
「それは、、、私も同じだから、、、」
私も呟いた。
斜め横を見ると、莉穂が震えていた。
多分、莉穂も同じ事を思っていたと分かった。
見ていて苦しくなったから、自分の音が聞こえたんだと分かった。
この時私は、状況を更に深刻なものにしてしまったと気づいた。
どうするべきだったのか、そんな事は誰にも分からない。
きっとあの時から今もずっとそうだった。

一つ思い出したことは、創輝と話したこと。
『後悔してきたことも、伝えないといけないし、もう大丈夫だって分かってもらいたい。』
『それをちゃんと分かってる音葉なら伝えられるよ。』
私は息を吸った。
声に出した。
「だから、、、」
二人が私を見た。
「だからもう後悔しないために、引きずるのは辞めたい。」
「音葉ちゃん、、、」
笑顔を作った。
これも作戦だった。

『素直を見せたら、笑顔になるの。もう大丈夫だって思ってほしいから。』
『そうだね。もう得意だもんね。』
創輝が笑ってくれたことを思い返す。
…私が分かってほしいこと、どうしたらよかったのか、、、
「あの時、私は素直でも偽でも笑うべきだった。」
2人はとても驚いていた。
「私がそうしてほしかったから。いつも通り過ごせたら、好きに関われる道が良かったから。二人がどうするべきだったのか少し分かったみたいに、私も少し分かったよ。」
「でも、それは、、、」
玲花は言いかけてやめた。
「そうだよね。」
そこに莉穂が言った。
「私ももう後悔したくないよ。ずっと、ずっと考えてたの。どうするべきだったのか、その答えに少しだけ近づけたもんね。これ以上このままなんてもったいないからさ。音葉ちゃん、玲花ちゃん。」
「莉穂、、、」
私の言葉に莉穂は笑顔を見せた。
そして玲花の方も見てから続けた。
「これからもずっと、友達でいてくれる?」
その意味はきっと、私が死んでもずっと友達だという願いだった。
「当たり前だよ、、、」
私は言った。
「今度こそね、、、」
玲花も笑顔で言った。

私たちはそれぞれの心情があった。
こちらの願いも、相手の気遣いもぶつかってしまっていた。
原因も分かっていて、それでもどうするべきだったのかを考えた。
二人の表情や言葉からいかに気にしていたか分かった。
もう、後悔しないと決めた瞬間、友情がまた成立した時だった。

その後色々な話をした。
ここ一年分の世間話に明け暮れていた。
莉穂が言った。
「そういえば、向山先生いるじゃん?」
「あー。今年も担任だったんでしょ?」
玲花が頷きながら言った。
「そうなの。音葉のこと心配しててね、学校には音葉来れてないから家庭訪問行こうか迷ってるらしい。」
「え?」
私たちの担任、向山香夜(むこうやまかよ)先生。
教科担当数学の厳しめプラス口調強めの若い女の先生だった。
私の学力や進路のことも気にかけてくれていたと思う。
「そうなんだ、、、」
学校まで行くのも大変だし、みんなと顔を合わせたりするのも不安だったからしばらく行っていない。
両親に手続きや話を任せているから尚更会っていなかった。

莉穂が私の顔を見て何かを感じたのか、一つ提案をしてきた。
「今呼ぶ?」
「え!?」
「ああ良いんじゃない?私たちも音葉に会うことがあったら聞いといてって言われてたし、都合のいい時。」
玲花も乗ってきた。
「いや流石に迷惑じゃない?そっちの都合もあるだろうしさー。」
「まっいちお聞いてみよーよ。」
莉穂が面白半分で電話をかけた。
「え!?」
と大きい声を出してこちらを見て来た。
「今から来れるって、、、」
「えー!?」
玲花とハモった。

それから急いで部屋の準備をして、母に知らせたらすぐ来てくれるそうだった。
チャイムの音が鳴って出てみると、何ら変わりのない向山先生だった。
「久しぶりだな、明道。」
「お久しぶりです、向山先生。」
「じゃあ私たち帰るから。」
「バイバイ。」
二人は帰って行った。
母が帰ってくるまでの間、先生と話すことになった。

「元気だったか?って聞くのもよくないか、、、」
「気にしないでください。元気ですから。」
「そうか。」
先生は少し目線を逸らした。
まあ余命わずかな教え子が元気ですと言っても切なく思うからだと分かった。
私はどうするべきか考えたけど、やっぱり伝えたいことは伝えるべきだと思った。
…次会える保証なんてないしね
「あの、、、」
「ん?どうした。」
先生はしっかりと私を見た。
「先生に言わなくちゃいけないことがあって、、、」
先生は少し驚いた顔をしてから頷いた。
「ありがとうございました。私に教えてくれて、気にかけてくれて。」
「それは、先生だから当たり前だよ。」
やけに謙虚な声量で言った。
「その当たり前ができることはもっと大切に思っても良いのでは?」
…ズカズカ言いすぎちゃったか、、、
「そう思っているのなら、良かった。」
真顔から軽い笑みくらいしかないと有名だった先生が微笑んだ姿は新鮮だった。

「そういえば、胡桃と七瀬と仲直りできたみたいだな。」
先生はどうやら知っていたらしい。
「はい、ついさっきですけどね。」
「最初は驚いた。会ってるかと聞いたら、今の現状を教えてもらったんだ。二人ともずっと気にしていたよ。ちゃんと話そうと思ってるって言っていたからな。二人の考えは軽く聞いていた。」
「そうだったんですか、、、」
「だけど明道の話はちゃんと聞いていなかったな。」
紛らわしかっただろうから説明しようと思ったことと、考えを聞いてほしいので話してみた。

「病気のことで、意見が会わなかったっていうか、でもどうするべきだったのか分かんなくて悩んでたんです。いや、分かっていたけどどうしてもそれが出来なかったことに悩んでいたのかも知れません。私は気を遣わないで欲しかったけど、私だっていつも通りに振る舞えなかった。自分から作る笑顔には、慣れていなかったんです。」
先生は理解しながら聞いていくれていた。
「今日それを全部話しました。ちゃんとお互いそう思っているからなんだろうなって分かっていました。だから言うべき事も、やるべき態度も関わり方も分かっていたはずだったんです。なのに何で私たちは、それが出来なかったんでしょうか、、、?」
かなり半端な質問をしてしまった自覚はあったけど、先生なら何か言ってくれる気がした。
先生は少し間を空けて話し始めた。

「確かにな、それは難しい問いだ。胡桃はいつも通りに振る舞えるように声をだしたけど、溢れ出る悲しさを我慢できなくて態度に出たと言った。七瀬は無理して笑うように見える姿がまともに見れなくて、その想いをつい口にしてしまったと言った。明道は気を遣わないで欲しかったけど、自分も作り笑顔には慣れていなかっった、だったな。」
「はい、、、」
「残念ながらその答えはないんだ。」
私は下を向いた。
少しだけ打ちのめされたような気がして、悲しげな音楽が流れた。

先生は続けた。
「思っていることが、考えていたことが出来たのなら、もっと人生はやりやすいのかもしれないな。理屈に合わないことをするのも、感情を抑えきれず素直になってしまうのも人間だからだ。それがあるから三人のように悩んでしまうものだ。だけど、それは同時に、親切や相手への想いに気づくなんて事もあるんじゃないのか?」
「え、、、?」
その言葉を聞いた時、思わず目を見開いた。
…確かにそうかもしれない、、、
とはっきり思った。
メリットなんかなくても力になりたと思えること、助けたいと感じること、気遣いや相手を大切に思うことをやめられないのはきっと、それも人だから。
大切な人には素直になること、それも多分大事だった。
「そうなのかもしれません、、、莉穂も玲花も、家族も、、、」
…創輝だって、そうだった、、、
新しい音が増えた。
伴奏が大きくなって、聴いていて楽しくなるような音楽になった。
「不思議ですね、、、」
「そうだなー。」

きっと思い通りにいかないことは、悪いことも良いことも含まれていて、全部人の性質なのかも知れないと思った。
どうしたら良かったのか、その答えに近いものがあって、それを実行できなくてもこうして話し合えるだけでも良い方なのかも知れないと思った。

「ありがとうございました。先生。」
「いや、大したことじゃないよ。」
そう笑ってくれた。
「じゃあ、また。」
先生は寂しそうな顔だけど、頑張って笑顔を見せていた。
大人な顔だった。
「はい、ありがとうございました。」
…私が、もしも大人になれたら、努力したら、先生みたいになれたかな、、、いや、、、
不安定な答えばかり、疑問ばかり、叶えられない決意ばかり述べている自分が、そんな大層な大人になれる自信はなかった。
こんな風に、見返りを求めずに気に掛けられる自信もない。
…それでも、、、
「向山先生。」
先生は振り向いた。
「元気でいてください。」
目が微かに揺れたのが分かった。
でも微笑んだ。
「ありがとう。明道もな。」
「はい。」
耳に入り込んでくる風の音が、色んな旋律に感じた。
創輝のおかげで気づけたものも、叶えられたこともあった。
そこから広がって、こんな風に家族とも莉穂とも玲花とも先生とも話せて、改めて知ったこともあった。
どうするべきだったのかも少しだけ理解できた。
それにだって意味があって、今はそれで十分だと思えた。

また一つ、やりたいことをしようと思った。
そして声の調子も良かった。
奏汰を呼んで一つお願いをした。
「姉ちゃんが良いなら、やるよ。」
「ありがとう。」
この日は私のやるべきことがほとんど達成された日だった。