奏汰とリビングの机に向かい合った。
久しぶりに面と向かって座った。
奏汰の目は少し見るだけで鋭いのが分かる。
私を見て、すぐに目を逸らして顔を下げてしまった。
…やっぱり見るの怖いな
少しだけ、俯いてしまった。
私は小さく呼吸をして話し始めた。
「今日話したいと思ったのは、ちゃんと、私が伝えてないと思ったから。」
「何を?」
あっさりと返してきた。
「奏汰が、意味分かんないって言ったこと。」
奏汰に、微かな反応があった。
と言うよりは、そうゆう絶妙な音が重なった響きが聴こえた。
だから顔を上げてはっきり奏汰を見た。
私はこの時初めて、奏汰も緊張していて、何かを考えていて、会話の一つ一つを気にしていた事に気づいた。
思っていることを声に出した。
「私は正直、奏汰と話すのが怖かったの、関わり方も分かんなかったの。私のこと嫌いで、関わりたくないものだと思ってたから。」
この言葉を言った時、楽譜に拍ができるように、空白の音に静まり返った。
私は続けた。
「価値観が合わないからって避けてて、病気のこと分かったら尚更関わろうと出来なくて、奏汰の話も全然聞こうと出来なくてごめん。ちゃんと私の意見言わなくてごめん。」
また拍が流れて静かな間が空いた。
そこに奏汰の声が響く。
「俺もだよ。」
顔をゆっくりと上げて私に目を向けた。
「ごめん、、、姉ちゃん、、、」
その目は確かに怖さや逃げたい気持ちを抑えて、まっすぐあろうとしているのを感じた。
久しぶりに私より三つ下に見えた。
中学2年生の、まだ一人の少年に見えた。
幼い弟に見えた。
一気に止まっていた音が鳴り響いた。
今まで開いていた距離を埋めるように。
一つの音楽になった。
「俺も関わり方とか伝え方とか分かんなくて、本当はあんな言い方するつもりじゃなかったんだ、、、あんな風に距離を空けたい訳じゃなかったんだ、、、いっぱい、傷つけたよね、、、?」
涙が出ていた。
私は声を出す。
「傷ついてなんかないよ、、、ただ、分からなくなっちゃっただけ、、、それは奏汰のせいじゃないから。」
…奏汰も、同じだったのかな、、、
落ち着いてきてまた話し始めていた。
「姉ちゃんがみんなと距離置いちゃって、一人になっていくのが寂しそうでさ。どうしてそんな風にするんだろうって思ってて。」
奏汰の言うことは分かった。
私はしたくもないことを正しいからと言う理由で実行していたから、その意味を知りたかったらしい。
「莉穂と玲花、それからお父さんとお母さんはね、私の勝手なんだけど、求めた答えも返ってこなくて、関わり方も変わっちゃったのが嫌だったの。創輝はいつも求めた答えをくれるんだ。だから逆に、知られるのが怖かった。」
距離を置いてきた本音を話した。
「そうだったんだ、、、」
「それから奏汰、思春期とか寿命とかを言い訳にして、どうせ分かり合えないって決めつけちゃったから。」
その言葉を言った時、奏汰は驚いた顔をした。
「突き放したって言葉は案外正しいのかもね。」
「姉ちゃん、、、」
多分奏汰は、友人や両親と同時に、自分も前より距離が空いたことを気にしていたんだと気づいた。
お互い思春期で価値観が少しずれていて、残りの時間まで分かってしまったことでより距離が空いてしまった。
怖いとか、嫌われているとか考えていた。
でもそれは、ただ素直になれなかったに過ぎなくて、本当は思っていることがちゃんとあった。
ちゃんと大事に思っていた。
空いていた距離が埋まったような気がした。
そして一つ、お願いをした。
「ねえ、奏汰、、、」
「何?」
「私ね、奏汰と同じで音楽が好きでしょ?音楽家になりたいって思ったの。」
奏汰は驚いた顔をしていた。
私は続けた。
「歌は大好きで、褒めてくれる人もいたんだ。少しだけね、曲を書くこともあるの。だけど、私は叶えられない。だから奏汰には、、、嫌だったら良いんだけどね、私の分まで音楽家になって欲しいんだ。」
「本気!?確かに俺も姉ちゃんも大の音楽好きだけど、俺は才能とかないし、そりゃ仕事にできたら良いだろうけど、そんな甘くないでしょ、、、」
その言葉を聞いた時、私は少し自覚した。
…確かに、そんな大変なことを背負わせるのは、あまりにも荷が重いか、、、
「ごめん、そうだよね。でも、好きな範囲で続けてくれたら嬉しいな、、、趣味でも、仕事でも、奏汰の音楽を奏でて欲しい、、、私は、奏汰の声が好きだよ。」
「え?」
「私と違ってギターもピアノもできるし、きっと将来はもっと上手くなっているんだろうね。」
奏汰は何かを考えていた。
「俺で良いなら、できる範囲なら、良いよ。音楽好きだし、、、」
不器用そうに言った。
私は、思わず笑みが溢れた。
「ありがとう、、、」
私はこの時、弟に夢を託した。
名前の通り、自分の音を、奏汰に奏でてもらうことを選んだ。
弟と話したことで少し緊張がほぐれたので、その日に両親と話すことになった。
「私、本当に迷惑かけたけど、気を遣われたくなくて。今だけは全部普通に過ごしたいと思ったの。だから入院もしないで、我儘ばっかでごめんなさい。」
二人ともとても驚いていた。
「そんなこと、、、」
母は呟いた。
「でもね、ちゃんと現実は受け入れてるから。最後の時まではまだ、、、」
「そんなこと言わないで、、、」
母は泣きながら言ってきた。
父は何も言わない。
…まあその反応になるよね、、、
言うのをやめようとした時だった。
「いい加減にしてよ。」
奏汰が突然言った。
「どうした?」
父が言った。
「母さんは姉ちゃんの言うこと遮りすぎだよ。父さんだって何でいつも何も言わないの?」
…奏汰、、、
「別に遮ってなんか、、、」
母は続ける。
「辛いのは分かるよ。でも自分の世界に入りすぎじゃない?姉ちゃんのことちゃんと見えてるの?」
「それは、、、」
少し母は改めたらしい。
「父さんもさ、怖いのは分かるよ。だけどいつまで経ってもそのままでいるの?」
父は俯いた。
「俺は、、、俺が一番良くない態度だった自覚はあるよ。怖かったし、認めたくなかった。向き合ってこなかったけど、このままじゃいけないって思ってた。やっとそれが出来たんだよ。」
少し我が弟ながら感動してしまった。
奏汰は私を見た。
「ごめん、姉ちゃん。まだ言いたいことあるんだよね?」
「うん、、、ありがとう奏汰、、、」
もう一度向き合った。
「私、最後が来るのは怖いの、、、」
今度は父も母もしっかりと私を見ていた。
「でも、肝心なのはそこまでにどう生きれるかだなって思ったの。後悔したくなかった。だから思っていた事伝えようと思ったの。」
「ごめんな、、、音葉、、、」
父が言った。
「ごめんね。ちゃんと聞くから。」
母も言った。
「最初は現実逃避のために『普通』をやりたかったんだ。入院も嫌で、綺麗な外の景色を見たかった。でも、そうじゃなくて、後悔しないように生きないとって思せてくれる人に会ったんだ。私と少し似てた。でも私よりずっと凄い人だったの。やるべき事が明確になったの。」
「それがあの人?」
弟が小さく聞いてきた。
「うん。」
父も母も納得したような気がした。
「私元々さ、勉強とかも出来なくてあんまりいい子じゃ無かったでしょ?進路もっ全然決めなかったし、奏汰とも仲良しじゃなかったし。本当に勿体無い生き方してたなーって思ったの。」
「姉ちゃん、、、」
奏汰は二人で話した時から分かるように後悔していたことは一緒だった。
表情から伝わってきた。
悲しい音が少し聴こえた。
「本当にごめん、奏汰。お母さん、お父さん。」
「いや、、、」
そう言ったのは父だった。
考えながら話していた。
「厳しくしてきたけど、ちゃんとしてないだなんて思ったことはなかったんだ。そう思わせていたのならそれは、父さんたちの責任だから。本当に大切に思ってるよ。」
目を見開いた。
驚いてしまった。
「それから、奏汰の言う通り向き合うことが怖かったのかもしれないな。父さんの意見一つが、今の音葉にどのくらい影響するの考えると何も言えなくなっていたんだ。ごめんな、音葉。」
「お父さん、、、」
父の後悔や申し訳なく思っている顔を見た時、音が少し大きくなった。
「謝るのはお母さんのほうよ、、、」
母が私を見て言った。
「いつも意見を押し付けてごめんんさい。親だから、一番正しいことを言うべきだとか思っていたの。でもそれは、音葉にしか分からないことよね。」
確かに、母の言うことは正しかった。
だけど私は、残りの人生の少なさから、好きに生きたいと思っていた。
「望まないことでも、音葉もそれは分かってくれるとか、最低なこと考えてたの。そうゆう問題じゃないことくらい、考えれば分かるのに、、、」
「お母さん、、、」
震える声の母を見た。
そして声に出した。
「分かってる、、、お母さんもお父さんも、私のこと想ってくれてたんだよね。ただ、好きに生きたくて、でも、ちゃんと私の考え理解して欲しくて、とか私自分勝手でさ、、、」
母も父も奏汰、もう一度私を見ていた。
ちゃんと聞いてくれていた。
「それでも、みんなのこと大切に想ってる。これからの人生はいつまで続くか分かんないけど、好きに、希望を持ち続けて生きること、諦めてないから。だからその時までは、私の我儘に付き合ってほしい!」
私が言うと、三人とも悲しいのか嬉しいのかよく分からない顔をした。
父は言った。
「もちろんだ、、、」
母も言った。
「お母さんに出来ることがあるのなら、、、」
奏汰も言った。
「姉ちゃん、他にも、何でも言っていいからね。それはできる範囲で、家族だからって意味だから。」
私は心があったまるような心地良い音楽が流れたのを感じた。
「ありがとう、、、」
そっと言った。
創輝に会った時、思ってることを言えたことを報告した。
「本当に凄いよ。」
そう言ってくれた。
