「さむ!」
まだ夜明け前の空は暗く、気温も低かった。
スマホにラインを送ると、すぐに返ってきた。
『今から向かいます。』
それは創輝からの連絡だった。

あの後、私の体調に合わせて予定を立てられるように連絡先を交換していた。
今日は初日の出を見にいけなかった分、一緒に見にいくことにしていた。
だけど、私の調子次第でいつでも行くと言ってくれたのでこれから行くことになった。
「ちゃんと厚着した?」
母が寝起きの声で言う。
「うん。行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」

外に出ると、創輝がすでに来ていた。
「おはよう。」
「おはよう。連絡来てからだいぶ早かったね。」
「まあね、意外と足速いから。」
「なんか意外!」
「よく言われるー。」
そんな会話をしてまた歩く。
私は何故だか、調子の良い日は普通に歩けていた。
創輝の力かもしれない。
スマホで位置情報も分かるし、付き添いがいるとなれば外出許可が降りる。
母は相変わらず心配してるし、父は好きにさせろ精神のままだった。

裏山に登り始めると、少しきつかった。
…随分と久しぶりだったからなー
「音葉、背負おうか?」
創輝が声を掛けてくれたけど私は首を振った。
「大丈夫だよ。自分で登れるうちは、ちゃんと登るから。」
それを聞いた創輝はまた笑て見せた。
「そっか。後少しだよ。」
そう言ってくれた。
いつもの場所に着いた。

空は段々と青みが掛かっていた。
風がとても冷たくて、厚着をしていなければ身体に触りそうなほどだった。
「ここで空を見たのは、真昼の空とか、夕暮れとか、星空だけだなー」
私は言ってみた。
「俺もそうだったよ。でも、子どもの頃に、ここで見たことがあると思うんだ。」
創輝が何かを思い出しながら話す。
「ここに?」
「うん、もう十年以上前だけどね。多分頂上のところで見たんだ。」
「そうなんだ、、、」
頂上は見晴らしがいいけど、座る場所はあんまり無いし、少し急になって登るのが疲れる。
だから少し頂上に行く前に道はずれに出たここの方が気に入っていた。
「だけどね、ここの方がもっと綺麗に見える気がするんだ。」
創輝の声は明るくなった。
曇っていたものが消えて、前以上の澄んだ色の音が響く。
多分それは、創輝の中でずっと突き止めたかったものを見つけたような音だと思う。
それでもまだたくさん考えているんだろうと分かる、雲のように馴染む音が小さく伴奏になっているみたいだった。
それが広がって歌になっていく。

私に聴こえる音は、空間や景色の音だった。
でも創輝は違った。
心情に近いものや雰囲気が音になって聴こえる。
私の世界の聴こえ方は、見え方は大きく変わった。
「ありがとう。」
そう呟くと、創輝は気づいたような表情をして言った。
「こちらこそだよ。」
その時、陽の光が差し込んでいた。
そのままが言葉に出た。
「綺麗、、、」
「本当に綺麗だね、、、」
だけど、そう言っている創輝の方が綺麗に見えた。
淡い色から鮮明な光まで放つ、不思議な人。
色の音を持つ人だった。
そうゆう言葉にしきれないものが、今日も音楽になって聴こえる。

「関係の修復、具体的になにをしたいとか考えてたりする?」
朝日を見終わった後、創輝が聞いてきた。
「うん。まずは、ちゃんと伝えようと思うの。」
私は今まで、自分の思っているぼやぼやとした気持ちを上手く言葉に、声に出来なかった。
だけど伝えるべきだと思った。
最後くらい、分かりあって終わりたいから、後悔したくなかったから。
「そっか、じゃあ早速行こうか。」
「うん。」
二人で作戦会議をしながら歩く。
まずは弟の奏汰と話すことからだった。
現状と話すことを説明すると、納得してくれた。
「それで、奏汰君に謝ることと、意見を言うんだよね。」
「うん。ちゃんと聞いてくれるかなー」
「大丈夫だよ。奏汰君もね、きっと話さなきゃいけないって思ってると思うよ。話を聞くかぎり、音葉のこと心配はしてるみたいだしね。」
不安がる私に、創輝は声をかけてくれた。
「ありがとう。」

いちお連絡して、両親が家にいないので奏汰にはリビングで待っているように伝えていた。
『分かった。』
とだけ返ってきた。
家の前に着いた。
「じゃあ、頑張って!」
「うん!」
ドアに手を伸ばしかけたけど、止まってしまった。
…やっぱり、言葉に詰まっちゃいそう、、、
話すことは怖かった。
「音葉、、、」
創輝が心配した声を見せた。
「弟の目はいつも冷たいと感じちゃうの。ー話しても食い違う感情だけが残ってて、だから距離を空けてしまった自分たちがまた、それを縮めようとしても上手くいかないのかもしれないと思っちゃったの、、、」
私は今更と言うタイミングで弱音を吐いた。

そんな私に創輝は優しく言った。
「確かに、上手くいく保証なんてどこにもないよ。だけど音葉にはずっと思ってたこととか、伝えるべきことがあるから。それは奏汰君も同じで、二人はまずちゃんと伝え合う所からだと思うな。」
「奏汰も、本当にそう思ってるのかな、、、」
「きっとね。だから大丈夫。奏汰君と向き合ってあげて。」
私の背中を、そっと押してくれるみたいだった。
その時聴こえたのは暖かい音に伴奏がついて、ほのぼのとした曲に感じた。
「うん、ありがとう。」

私は扉を開けた。
曲の雰囲気は変わって、私の決意の音になった。
伝えるべきことが分かっているから。