雨が降っていた。
一月ももう後半に入っていた。
私の寿命はもうほとんどないと言われた。
『元々、この冬を全て越す事は無理でしたから、今も歩けていることが奇跡ですよ。明道さんは外を歩き続けたいと言う強い意志を持っていましたからね。』
病院の先生に言われたことを思い出した。
「強い意志ね、、、」
私はまた窓を見ながら呟いた。
私の病状は明らかに悪化していて、歩ける日は本当に少ない。
当然、創輝とも会っていない。
せっかく病院じゃないのに、寝てばかりだった。
私は、一月の最初に考えていたことから、一旦離れようと思っていた。
なのに夢を見た。
どこか分からない道に立っていた。
空は雨で、冷たかった。
後ろを振り返ると、創輝が立っていた。
『宮春君、、、?』
顔が見えた時、その表情は悲しくて、涙が出ていた。
『創輝、、、!』
答えてくれない。
ただ寂しそうに立っている姿が切なかった。
そこで目が覚めた。
外はまだ雨が降っていた。
…何でこんな夢、、、
この時は体の調子がいいことに気づいた。
私は、考えている事の多さで頭がどうにかなりそうだった。
ただ外に出たくなった。
ここから抜け出したかった。
今は丁度、家に誰もいなかった。
私は歩けるゆっくりな速さで家を出た。
傘も刺さずに、ずっとずっと歩き続けた。
裏山には行かないような道を歩いていた。
本当は会いたかったと思うけど、会うわけにはいかなかった。
息が荒くなる。
歩く人は誰もいない道角で立ち止まった。
自然と、涙が出てきた。
視界がぼやけてる。
声を出さないように泣いた。
その時、雨が当たらなくなった。
誰かの傘がさされていると気づいた。
「明道さん、、、?」
その声に驚いた。
ゆっくりと振り向いた先にいたのは創輝だった。
「宮春君、、、」
「何で泣いてるの、、、?どうして俺の、俺の前から、、、」
私は何も言えなかった。
ただ目の前にいる創輝の表情が、思っていた以上に深刻で、悲しそうな顔をしていた。
でも、何とか落ち着いた表情にしようりしていた。
「ごめんね。聞いてばっかで、、、」
私は涙を必死に拭ったけど、溢れて止まらなかった。
「宮春君、、、私、、、」
その先の言葉を必死に抑えた。
沈黙の後、創輝は考えてから言った。
「風邪ひいちゃうからさ、家まで送るよ、、、?」
歩き出せないままの私の、手を引いて歩き出した。
「家、どっち?」
そう聞いてきたけど、
「帰りたくない、、、」
考える前に口に出てしまった。
「じゃあ、すぐそこだから、うちに来てよ。」
「良いの、、、?」
「うん。」
そのまま流れで着いて行ってしまった。
創輝の家は、少し広めの一軒家だった。
この時間は両親はいないらしい。
着いたらすぐに暖房をつけて、タオルを用意してくれた。
「飲み物お茶で良い?」
あったかいお茶を出してくれた。
「ありがとう、、、」
「うん。」
落ち着いてきたので話すことにした。
「ごめんね。今日は迷惑かけちゃって。その、、、約束も守らなくて本当にごめん、、、」
「気にしないでよ。何か事情があったんでしょ?」
優しい声で返してくれた。
「うん、、、」
「話せないことなら言わなくても良いよ。でも、俺も何か力になれることがあるかもしれないから、明道さんにとって、曇ったものがあるなら、話してくれないかな、、、」
「宮春君、、、」
結んでいた紐が解けたような感覚がした。
「宮春君には言わないって決めてたのに、、、言葉が出てきそうになっちゃうの、、、」
また涙が出てきた。
「うん、、、俺も明道さんだったから話したんだよ。だから俺も、力になりたい。」
そう言った創輝になら、本当に話せる気持ちになった。
自分を落ち着かせた。
涙も乾いて声も元通りになった。
…いつも通りに、、、
そう思って声に出した。
「私ね、もうすぐこの世界からいなくなるの。」
「え、、、」
このたった一言で、創輝の顔はかなり複雑で、絶望とか寂しさとか、悔しさとかの感情が出てきた。
「心臓の病気なんだ。去年の冬、余命一年だって言われたの。よく体調を崩すから、学校には行ってないんだよね。」
創輝の目からは悲しい光が入ってきて、今にも泣いてしまいそうな顔だった。
「そんな顔しないでよ。」
「ごめん、、、本当はどこか気づいてたんだ、、、」
「え?」
「だって明道さんは、いつもどこか寂しそうだったから。」
「顔に、出てた?」
呑気に私が聞くと、創輝は涙を堪えるように言った。
「全部に出てたよ、、、」
「全部?」
「悲しそうだった。どうして君の笑顔はそんなに切ないんだろうって、あの景色を見る顔は、どこか遠くを見てるみたいだって、思い続けてた。」
かなり驚いた。
そこまで気づくものなのかと、自分は演じられていなかったのかと思った。
「明道さんが俺が何かに悩んでいることに気づいたみたいに、俺だって気づくよ、、、」
「宮春君、、、」
創輝は小さく呟いた。
「明道さん俺は、君が何よりも儚くて、いつか遠くに行っちゃうような気がしたんだ、、、」
…そっか、、、
その言葉を聞いた時、何か納得出来てしまった。
頭の中に浮かんだ。
だから私も呟いた。
「私は儚くありたかったのかなー」
「え?」
私はまた、作り笑顔になってしまった。
どこかで気づいていたこと。
「いつも明るく笑顔になって、そう見えていて欲しくて、どこかで演じてたのかもしれない。」
「それは、、、」
心のどこかにあった思いが次々に浮かんでくる。
「私、多分綺麗に落ちたかったんだと思う。」
「落ちる、、、?」
「うん。花は枯れて朽ちていくけど、私は枯れないまま、私のまま落ちていきたい。散っていくの方が正しいかな。なんて、こんなこと言ったら変だよね?」
かつての友人から、病気になった私は、もう前の私とは違うと言われたことが頭から抜けなかった。
上手く演じなければ、私が明るくならなければ気を遣わせる。
余計なことを考えさせてしまう。
態度までもが変わってしまったことを気にしていた。
家族だって先生たちだって、元気にしていた方がまだ手をかけなくて良いと思った。
でもそれ以上に、自分にとって理想の人間像を守りたかったのかもしれない。
死に方にこだわりたかったんだと気づいた。
だけど創輝は首を振った。
「そんな事ないよ。変じゃない。明道さんの気持ちは、明道さんにしか分からないから。だからとやかく言う権利はないよ。」
そう言ってくれたけど、私は今までの日々を思い返した。
そして言葉にした。
「でも私は、自分の理想像すら守れなくて結局、宮春君に甘えてたよ、、、これ以上一緒にいたらきっと全部溢れちゃうと思った。私の叶って欲しいこと全部押し付けちゃうような気がして、、、」
「だから、、、俺には会わないようにしてたの?」
創輝は優しく言った。
だから頷いて続けた。
「それに明日も会える保証なんてないし、、、あっ、、、」
…つい声に出ちゃった
流石に重すぎる事を言ってしまった。
創輝は寂しそうな顔をしていた
「ごめん、、、」
私は俯いたままの私に、創輝は言った。
「謝らないで。明道さんは間違ってないよ、、、それに甘えていたのは俺の方だから。明道さんがいなきゃ俺は、ずっと前を向けなかったよ。」
「それは、、、私もそうだったし、言いたくて言った事だから。」
「それでも、どれだけ力をもらったか分かんないよ、、、」
創輝は下を見て、考えながら言った。
「分かんないよ、、、君のことも、何も分かってない、、、」
「言ってないだけだよ。」
そう返したけど、創輝は顔を上げて続けた。
「知りたいと思ったのに、傷つけるんじゃないかって怖かったんだ、、、」
…まあ私も似たようなこと思ってたしな、、、
「でも俺は、明道さんに救われた。君もきっと同じように怖かったかもしれないのに、手を差し伸べてくれた。だけど俺はそれが出来なかった、、、弱い自分が情けないよ、、、」
悔しそうな顔だった。
私は出会ってから、色んな創輝を知って行った。
…宮春君の無自覚なうちに、私は充分救われてるのになー、、、
「情けなくなんかないよ。誰よりも君は優しい、、、私のこと、考えてくれてたのも分かってるから、、、」
そう言うと、創輝は私をまた見て言った。
「明道さんの方がよっぽど優しいよ、、、でもね、結局俺は、君を傷つけた。ずっと何も言えなかったことを後悔していたんだ。」
「宮春君のせいじゃないよ、、、」
創輝は向き合ったまま、迷いながら言葉にした。
「俺は、一番怖いのは、このまま会えなくなることだって気づいたんだ、、、」
私はそれを聞いて、少し目を逸らした。
…私もそれは、同意見だったかも、、、
「君に何も言えないまま、聞けないまま終わるくらいなら、俺はどんなに嫌なやつだって思われても全部知りたい、、、まだ、何か思ってることが、あるんじゃないの、、、?」
「え、、、」
目を見開いてしまった。
口が空いたまま閉じない私に、創輝は続けた。
「やりたいことも、叶えたいことも、俺は全部協力するから、、、どうしても話せないことなら、側にいる、、、しつこいって思われてもずっといるから、、、!」
迷いを振り切った、強い光を宿した目だった。
「君を、音葉を、一人にはしないから、、、」
私は、涙がまた涙が流れていることに気づいた。
すぐに拭って、創輝を見た。
「倒れた時も、そう呼んでくれたよね。」
「あっうん、、、」
「言ってなかったね。助けてくれてありがとう。あの時も、今も、、、」
自然と、笑顔が出てきた。
私は続ける。
「本当はずっと、願っちゃいけないと思ってた。私はね、家族とも、友達とも何だか上手く行かなかったんだ、、、」
創輝はちゃんと聞いてくれた。
「でも創輝に、叶えて欲しいことがあるの、、、」
「どんなこと、、、?」
私は、少しためらってしまった。
「みんなとの関係の修復とかかな、、、一緒に考えて欲しいの、どうするべきだったのかを。」
創輝は微笑んだ。
「もちろん、協力するよ。」
「ありがとう。」
そう言った私を見て、創輝は間を空けて、聞いてきた。
「違ったらごめんね。他にも、何かある、、、?」
私はまた、驚いてしまった。
…お見通しだなー
この間のあの言葉の意味について、願わないようにしていたことを翔太は少し勘づいているのかもしれない。
少し、間を開けてから言った。
「また話したくなったら話すよ。」
「それって、、、」
私は心に一つ決めた。
「また会いたいって思ったのは、創輝だけじゃないよ。私もずっと、探してたと思うんだ。」
「そっか。」
創輝は嬉しそうだった。
私は、残りの時間を今度こそ後悔しないように過ごす事を決めた。
その手伝いを創輝はしてくれることになった。
「私は何か手伝わなくて大丈夫?」
そう言った時に、創輝は絵を持って来てくれた。
「綺麗、、、」
前に見た絵よりずっと細かくて、色使いも凄かったけど、創輝が書いたと分かるような書き方の個性が出ていた。
そして明確な何かが見えたような絵だった。
「希望、分かったの?」
私は前に裏山で話したことを思い出した。
創輝は少し考えてから言った。
「少し分かったと思う。でも、もっと明確に表現してみせるよ。それも音葉のおかげだよ。」
「私の、、、?」
思わず目を見開いた私に、頷いた。
「充分手伝ってもらったから。今度は俺が手伝う番だよ。」
創輝は、前よりずっと音数もリズムが華やかになっていた。
そうゆう音がただ聴こえてきた。
メロディーとか、主旋律とか言われる音が前よりもよく響いていた。
耳を澄ますともっと奥の深い所に入り込むような音たちが綺麗だった。
…希望の音色だ、、、
そう思った。
そうして一曲になっていく。
私の中でも、何かヒントがあったような気がした。
「今日は本当にありがとう。」
「こちらこそだよ。またね。」
家まで送ってくれた創輝にお礼を言って帰ってきた。
創輝はやっぱり優しくて、私のことを肯定してくれた。
今まで通り接するけど、別れ際の時だけは惜しむような表情をしていた。
…本当に優しい人なんだから、、、
私は心に決めたことがあった。
帰っていく創輝の後ろ姿を見て呟いた。
「やることやるまで死ねないから大丈夫だよ、、、私頑張るよ、、、」
本当は話すつもりはなかったことを打ち明けた日。
聞いてもらって、言葉をかけてもらいたいとか、願いたくなかったはずなのに。
これからも頼ってしまうけど、それでも側にいたいと感じた人だった。
「会えなくなる方が、よっぽど辛い、、、」
また一つ、呟いた。
