カイルが人気のない湖畔に立っていた。夜空には星が瞬き、水面にその輝きが映り込む。彼の左右非対称の白黒ショートヘアが月明かりに揺れ、オッドアイの瞳が湖面に映る自分の顔を見つめている。

ニット帽を指で整えながら、カイルは深呼吸した。今夜だけは、特別な夜。伝説によると、千年に一度、ジラーチという願いを叶えるポケモンが現れるという。そして、今日がその日―。

星屑が舞うような光が湖の奥から現れた。やがて、ちいさな姿がふわりと空に浮かぶ。

「キミ、カイル？」

頭の中に、子供のような純粋さを感じさせる、少しカタコトの声が響く。

「ボク、ジラーチ。キミ、ボクにナニを願う？」

カイルは一瞬、言葉を失った。これまで“白黒者”として生きてきた自分。人間になりたいと何度も願い、でもそれは叶わなかった願い。

「……俺の“白黒の血”を、人間の血に変えてほしいんだ」

湖面がひときわ強く光った。

ジラーチはカイルに近づき、ふわふわと彼の目の前に浮かぶ。その瞳はどこまでも無垢だ。

「カイル、どうしてソレ、願う？」

カイルの頬を夜風がなでる。彼はゆっくりと、これまで心に抱えていた想いを語る。白黒という出自がどれだけ自分を苦しめ、人間たちの社会に溶け込めなかったこと。だけど、だからこそ誰よりも強くなれたことも。そして今、自分自身を受け入れつつあること――でも、どうしても“本当の人間”になりたいのだと。

ジラーチはしばらく考える素振りを見せた。

「カイル、ボク、カイルの望み、感じた。カイル、ホントの気持ち、ボク、受け取った」

小さな手をカイルの胸にそっと当てると、優しい光に包まれる。カイルの身体の内側が熱くなり、胸の奥底から何かが解き放たれるような感覚に包まれる。

「これで、カイル、人間の血、持つ。カイルは、もう“白黒者”じゃない。……でも、カイル、“カイル”のまま」

その言葉にカイルは涙がこぼれた。自分は人間になる。でも、自分が“カイル”である本質は変わらない。ジラーチの無垢な力と、カイル自身の強い願いが重なり合い、宿命を越えていく。

ジラーチはふわふわと空高く舞い上がる。

「また会おう、カイル。ボク、カイルのこと、覚えてる」

星が流れる。

カイルは新しい自分の夜明けを感じながら、静かに湖畔に立ち尽くしていた。