「夢じゃ……なかったんだな」

 自宅のベッドで、そう呟く。

【ああ、現実だ。お前はあの場で死にかけた。そして私と契約を交わしたんだ】

 頭の中で声がする。
 それは昨夜、僕の身体の中に入った龍の声。

「ヒルコ。契約って言うけど、僕は何か君にするってことなのか」

【さあな】

「てっきり僕を助ける代わりに、ヒルコが何かを要求すると思っていたんだけど、違うの?」

【最初はそのつもりだった。だが君の記憶を見ていく内に、考えが変わった】

「ちょ、人の記憶を見ないでよ。恥ずかしい……」

 顔を赤らめ、手で覆う。
 
【ヒオリ、私は君が夢を叶えるまで一緒にいよう】

「夢……か」

 僕はヒルコのことが分からない。
 どうして僕の夢を叶えようとしてくれているのだろうか。

「僕の記憶を見てるなら分かるだろうけど、僕はまだ夢とかないよ」

【これから見つけていけば良い。人生とはそれほどに長いのだから】

 そっか。
 僕はすぐに何かになりたいって思ったけれど、今すぐじゃなくて良いんだ。


●●●●●●


 僕は街を散策することに決めた。
 街を歩いていると、ヒルコが驚いていた。

【これが今の人間の街か。面白いな】

 街には魔法による技術がふんだんに使われており、空を魔法配達員が飛んだり、商店街では魔法道具の実演販売を行ったり、図書館では本が生き物のように動き回ったり。

【凄い! 凄い! 凄い!】

 最初に出会った時は多少恐怖もあったが、ヒルコの子供のような好奇心を見ていると、不思議と親しみを感じていた。

「そうだ。図書館で職業図鑑でも見てみようかな」

【そんなものがあるのか。今後の夢を考えるためにも見ておこう】

 図書館の個室で、僕は職業図鑑を見ていた。

 竜騎士、魔法道具発明家、魔法研究員、魔法医師、魔法警察、闘技場戦士、魔法アイドル、魔術解体師、霊媒師、勇者、冒険者など。

 どれも自分に合っているとは思えないな。
 というか、なんでかやる気にならない。

 そういえば、どうして僕は何かになりたいと思ったんだっけ。

【それは、あなたが同級生の活躍に嫉妬したからでしょ】

「ああ、そうだったな」

 あいつ、今ごろどうしているんだろうか。
 少なくともこんな街は出て、大都市でまた活躍でもしているのだろう。

 結局すぐに図書館を後にして、街をふらふらしていた。

【ヒオリ、あそこに人だかりが】

「ん?」

 闘技場の前に人だかりができていた。
 会場内に入れなかった人が、会場外に取りつけられたモニターに見入っていた。
 その映像に映っていたのは──

「ホムラ……」

【あなたが憧れた存在……】

 ヒルコは僕の記憶を見て、その人物が誰か知ったのだろう。

 小学五年生の頃、五級魔法使いの資格を取った天才。その後わずか一ヶ月で四級魔法使いの試験にも合格し、怒涛の速度で功績を上げた天才。
 ────ホムラ・シンカ

 今、闘技場ではテイマー同士の戦いが行われている。
 テイマーはモンスターを使役し、戦わせる職業。
 強くなければ強いモンスターを使役することはできない。そして今、ホムラが使役するモンスターは……

「なんとホムラ選手、たった一体で相手選手のモンスター三体すべてを倒してしまいました。さすがは火属性モンスター最強格"九尾"の末裔、"六尾"火御(カノン)

 会場には焔が舞う。
 まるで彼女の勝利に花を添えるように。