漠然と、思っていた。

 僕も何かになりたいと。


 そう思ったのはきっとあの日だ。

 小学生の頃、友達が五級魔法使いの試験に合格した。

 たかが五級。
 だがそれでも、友達は多くの人から称賛され、学校からは賞状を受け取っていた。

 僕は思い描いたんだ。
 もし僕が彼だったなら。


 ●●●


 僕はある日、決断した。
 都市一番の魔法学園に入学しようと。

 中学三年間、受験のために勉強し、死に物狂いで魔法を覚えた。
 基本、魔法は魔法家から習得する。
 だが僕の家は魔法家でもなく、その関わりもない。
 またお金もないため、教えを乞うこともできない。

 だから独学で。
 見よう見まねで。
 必死に勉強した。

 魔力操作、拳を魔力で覆う『魔拳』、指先に魔力を集中させ弾丸のように放つ『魔弾』。
 習得できたのは魔力操作だけ。
 魔法を習得することはできなかった。

 そして迎えた受験当日。
 僕は他の受験生に圧倒された。

 僕の『魔弾』の何倍もの威力が次々と放たれる。
 他にも、様々な魔法を使う受験生たち。

 どれだけ学力で補おうと、魔法学園に魔法も使えず入学することはできない。
 受験結果を聞くこともなく、落ちたことは確信した。

 親は毎日応援してくれた。
 こんな僕が受かると本気で信じてくれた。
 けれど──

 辛かった。
 苦しかった。

 自分は何かになれないんだと。
 自分は何者にもなれないんだと。

 そう言われている気分だった。

 僕は家に帰ることもなく、その足でダンジョン領域に向かった。

 無数のダンジョンがあるダンジョン領域。
 そこは人の住まう場所ではなく、モンスターの住まう場所。
 日々冒険者が命のやり取りをする場所だ。

 僕は脇目もふらず駆け抜けた。
 
 きっと僕は死にたかったんだ。
 今の何者にもなれない自分じゃなくなれば、きっと何かになれると本気で信じていた。

 ──そんなはずないのに。

 襲いかかる無数のモンスターを『魔拳』で迎え撃つも、僕の威力では致命傷には至らない。
 やがて魔力は尽き、手足をもがれ、後は喰われるだけ。

 逃げ場はない。
 このまま死ぬ。

 途方もない無力感に襲われる。

 どうして僕には才能がない。
 どうして僕には魔法がない。

 どうして……
 どうして……
 どうして……

 きっと魔法家に生まれていれば、僕は何かになれていたのだろうか。

 そんな考えはやめろ。

 僕を育ててくれたお父さんとお母さんがいたから、今の自分があるんだ。

 今の自分……。

 必死に圧し殺そうとしても、ふとした瞬間にわき上がってくる。

 ああどうして……

 どうして……


 ──僕は何者にもなれない。


 モンスターの咆哮が響く中で、ふとこぼれたのは、


「……あぁ、僕も……何かになりたかったな」


 心だった。

 魔力もなく、立ち上がる力もない。
 死を前にしてこぼれた"それ"に、僕は何をすることもできない。

 周囲のモンスターがじわじわと近づいていく──


 その時だった。

 凍てつくような冷気が辺りを包み、モンスターたちが一斉に退散する。

「なん……だ……?」

 目を開けると、頭上には月を背景に、龍が浮かんでいた。
 白銀の鱗を纏った、冷たい龍。

「まだ生きたいか」

 龍が口を開き、それは言葉を紡いだ。
 モンスターが喋るような意味不明な言葉ではない。
 人間の言葉だ。

「私と契約を結べ。お前が"何かに"なりたいのなら」

 その龍の言葉に、僕は目を見開いた。

「お前は……いったい……」

「さあ、選べ。生きるか、死ぬか」

 答えはとうに決まっている。
 僕は──

「生きたい」

 龍の瞳が淡く光る。
 次の瞬間、龍の肉体は吸い込まれるようにして僕の身体へ流れ込んだ。

「──契約は成立した」

 欠損したはずの僕の手足が、鱗に覆われながら再生していく。
 青白い光が全身を駆け巡り、意識はそこで途絶えた。


 ●●●


 目を覚ますと、家のベッドだった。
 真っ先に自分の手足を見るが、鱗に覆われておらず、いつも通りの手足だった。
 
 あれは夢だったのだろうか。
 そんなことを思っていると、

「目覚めたか。ヒオリ」

「……だ、誰だ!?」

 僕はベッドから起き上がり、周囲を見渡す。
 だがどこにも人の気配はない。

 というか今の声、まるで頭の中から聞こえたような……。

「私はヒルコ。お前の中にいる、龍だ」

 一瞬の沈黙。
 そして僕は気付いた。
 昨夜のあの出来事は、夢なんかじゃなかったんだと。

「共に生きるぞ。ヒオリ」

 そして、僕の新たな人生が幕を開けた。