白園は、霧に閉ざされた小さな島国だった。白い砂浜と静かな海風が織りなす風景は、まるで時間が止まったかのよう。だが、その静けさの裏には、誰もが口にしない秘密が潜んでいる。
結聖(ゆうせい)は、人間保護施設の薄暗い部屋で目を覚ました。窓から差し込む白い光が、目を刺すように痛い。彼は光り物と白が苦手だった。お母さんが生きていた頃は、多少耐えられた。だが、彼女を亡くして以来、白は結聖の心に鋭い不快感を刻むようになった。黒いフーディーを羽織り、暗い色に身を沈めることで、ようやく心が落ち着く。施設の長・山査子の金のモノクルも、敷島の白い制服も、結聖には重圧だった。
ある午後、結聖は施設の図書室の奥で、警官の敷島を見つけた。285センチの巨躯、白い髪と瞳が霧のように神秘的な男。物静かで優しいが、誰とも深く関わらない。結聖はそんな敷島に、なぜか心を惹かれていた。だが、その日、敷島が手にしていたのは、筋骨隆々の男が表紙を飾る「MUSCLE」誌だった。結聖は目を丸くし、思わず息を呑んだ。敷島がそんな趣味を持つなんて、想像もしていなかった。
敷島が顔を上げ、白い瞳が結聖を捉えた。
「…結聖くん」
彼は慌てて雑誌を閉じ、頬に薄い赤みが差した。「何か用かい?」
「い、いや、なんでもない!」
結聖は慌てて後ずさり、逃げるように図書室を後にした。心臓がドキドキしていた。敷島の秘密を知ってしまったことが、なぜか恥ずかしかった。
数日後、結聖は山査子の執務室に呼ばれた。金のモノクルが光る山査子は、いつも通り厳格な姿勢で机に向かっていた。
「結聖くん、敷島くんの誕生日が近い。8月23日だ」
彼は単刀直入に言った。
「プレゼントには、マッスル雑誌がいい。あの子はああ見えて、あれが好きだ」
結聖は一瞬言葉に詰まった。図書室での出来事が脳裏をよぎり、頷くしかなかった。
「…わかりました」
だが、山査子の口から敷島の趣味がさらりと出たことに、違和感を覚えた。山査子は、敷島のことをどこまで知っているのだろう?
敷島の誕生日当日、結聖は施設の裏庭で彼を見つけた。白い制服を着た敷島は、静かに海を眺めていた。結聖は手に持った包みをぎゅっと握り、深呼吸して近づいた。
「敷島さん…これ」
敷島が振り返り、白い瞳が結聖を捉えた。結聖は包みを差し出し、目をそらした。
「誕生日、おめでとう!」
包みの中には、最新号のマッスル雑誌が入っていた。敷島は一瞬驚いたような顔をし、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「…ありがとう、結聖くん」
彼は包みを受け取り、そっと開けた。表紙の筋肉隆々の男を見ると、敷島の頬がわずかに赤らんだ。
「よく知って……あ……こんな趣味……(恥ずかしい)」
結聖は図書室での出来事を思い出し、顔を赤らめた。
「ま、まあ…偶然、ね」
彼はごまかすように笑ったが、敷島の笑顔があまりにも穏やかで、胸が締め付けられた。白い制服が眩しいのに、今日はそれが気にならなかった。
その夜、結聖は食堂で一人、お母さんの料理を思い出しながらスープをすすっていた。白園の霧が窓の外に漂い、敷島の笑顔が頭に浮かぶ。白が苦手なはずなのに、敷島の白はなぜか耐えられた。それが結聖を混乱させた。
「結聖くん、考え事かい?」
山査子の声が響き、結聖はハッと顔を上げた。金のモノクルが光り、結聖の目を刺す。
「敷島くんのプレゼント、喜んでいたようだね。良い選択だったよ」
結聖は小さく頷いた。
「…はい。喜んでくれて、良かったです」
だが、山査子の厳格な視線には、どこか探るような気配があった。結聖はスープを飲み干し、そそくさと席を立った。
白園の霧は、夜の海を覆っていた。
(終わり)
結聖(ゆうせい)は、人間保護施設の薄暗い部屋で目を覚ました。窓から差し込む白い光が、目を刺すように痛い。彼は光り物と白が苦手だった。お母さんが生きていた頃は、多少耐えられた。だが、彼女を亡くして以来、白は結聖の心に鋭い不快感を刻むようになった。黒いフーディーを羽織り、暗い色に身を沈めることで、ようやく心が落ち着く。施設の長・山査子の金のモノクルも、敷島の白い制服も、結聖には重圧だった。
ある午後、結聖は施設の図書室の奥で、警官の敷島を見つけた。285センチの巨躯、白い髪と瞳が霧のように神秘的な男。物静かで優しいが、誰とも深く関わらない。結聖はそんな敷島に、なぜか心を惹かれていた。だが、その日、敷島が手にしていたのは、筋骨隆々の男が表紙を飾る「MUSCLE」誌だった。結聖は目を丸くし、思わず息を呑んだ。敷島がそんな趣味を持つなんて、想像もしていなかった。
敷島が顔を上げ、白い瞳が結聖を捉えた。
「…結聖くん」
彼は慌てて雑誌を閉じ、頬に薄い赤みが差した。「何か用かい?」
「い、いや、なんでもない!」
結聖は慌てて後ずさり、逃げるように図書室を後にした。心臓がドキドキしていた。敷島の秘密を知ってしまったことが、なぜか恥ずかしかった。
数日後、結聖は山査子の執務室に呼ばれた。金のモノクルが光る山査子は、いつも通り厳格な姿勢で机に向かっていた。
「結聖くん、敷島くんの誕生日が近い。8月23日だ」
彼は単刀直入に言った。
「プレゼントには、マッスル雑誌がいい。あの子はああ見えて、あれが好きだ」
結聖は一瞬言葉に詰まった。図書室での出来事が脳裏をよぎり、頷くしかなかった。
「…わかりました」
だが、山査子の口から敷島の趣味がさらりと出たことに、違和感を覚えた。山査子は、敷島のことをどこまで知っているのだろう?
敷島の誕生日当日、結聖は施設の裏庭で彼を見つけた。白い制服を着た敷島は、静かに海を眺めていた。結聖は手に持った包みをぎゅっと握り、深呼吸して近づいた。
「敷島さん…これ」
敷島が振り返り、白い瞳が結聖を捉えた。結聖は包みを差し出し、目をそらした。
「誕生日、おめでとう!」
包みの中には、最新号のマッスル雑誌が入っていた。敷島は一瞬驚いたような顔をし、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「…ありがとう、結聖くん」
彼は包みを受け取り、そっと開けた。表紙の筋肉隆々の男を見ると、敷島の頬がわずかに赤らんだ。
「よく知って……あ……こんな趣味……(恥ずかしい)」
結聖は図書室での出来事を思い出し、顔を赤らめた。
「ま、まあ…偶然、ね」
彼はごまかすように笑ったが、敷島の笑顔があまりにも穏やかで、胸が締め付けられた。白い制服が眩しいのに、今日はそれが気にならなかった。
その夜、結聖は食堂で一人、お母さんの料理を思い出しながらスープをすすっていた。白園の霧が窓の外に漂い、敷島の笑顔が頭に浮かぶ。白が苦手なはずなのに、敷島の白はなぜか耐えられた。それが結聖を混乱させた。
「結聖くん、考え事かい?」
山査子の声が響き、結聖はハッと顔を上げた。金のモノクルが光り、結聖の目を刺す。
「敷島くんのプレゼント、喜んでいたようだね。良い選択だったよ」
結聖は小さく頷いた。
「…はい。喜んでくれて、良かったです」
だが、山査子の厳格な視線には、どこか探るような気配があった。結聖はスープを飲み干し、そそくさと席を立った。
白園の霧は、夜の海を覆っていた。
(終わり)



