蒼汰の天体観測の時間に現れた一人の美少女。
彼女は少しだけ唇を戦慄かせた後、なぜかこちらに向かって謝罪してきた。
「ごめんなさい。まさか目を覚ましているとは思っていなくて」
彼女は瞳に浮かんだ涙を拭うと、ふふっと口元を綻ばせた。
天使か何かが微笑んでいるのだろうかと錯覚しそうだった。
(落ち着け)
蒼汰は高鳴る心臓を落ち着けようとする。
(こんなに緊張するなんて、競技前でもあるまいし)
そもそも、こんな美少女に対して詫びを入れられるような覚えなどない。
目を覚ましているとは思わなかったと言っているぐらいだし、もしかして浜辺で寝そべっていたから、何かあって倒れていると思って心配して見に来てくれたのだろうか?
「ああ、いや、そんなに気にしてはいないんで」
蒼汰は手に持ったままだった麦わら帽子を相手に返した。
それにしたって、こんな美少女が島にいただろうか?
彼が考え込んでいると、彼女が甲高い声を上げた。
「あ! 君、天体望遠鏡、持ってきてるんだ!」
美少女は、先ほどまでの儚げな印象とは打って変わって、まるで子どものように目を爛々とさせた。そうして、蒼汰が砂浜の上に設置した天体望遠鏡へと近づいてきたかと思いきや、接眼レンズを覗いた。
「あれ? この望遠鏡、何も観えないね」
彼女が不思議そうな声を上げたものだから、蒼汰は何げなく返す。
「ああ、さっきから真っ暗で何も観えないんだよ。不良品か、何年も放置してたから、観えないんだろうさ」
「放置してたの?」
「ああ」
「う~ん、そうだ、じゃあ、私に任せてみて」
美少女が快活に微笑んだかと思うと、望遠鏡の観察をはじめた。
「ええっと、対物レンズは凹面鏡じゃなくて凸レンズで、接眼レンズは凸レンズ。だとしたら、ケプラー式じゃなくて、ガリレオ式か」
突然かなりマニアックなことを少女が語り始めたため、蒼汰は面食らってしまった。
(なんだ、この女……?)
儚い雰囲気の美少女だと思ったのだが……
(俺の勘違いだったのか?)
そんな蒼汰の気持ちを知ってか知らずか、彼女は三脚の周囲をくるくると回った後、望遠鏡の接眼レンズを今度はくるくると回しはじめた。
「わかりやすく照準は月に合わせることにして、接眼レンズのユニットを回してピントを調整して、っと。はい、覗いてみて」
望遠鏡に何かを施した彼女は、嬉々とした表情を蒼汰へと向けてきた。
「いいからほら、来て来て」
くるりと蒼汰の背後に回った彼女が、彼の背を両手で押した。
「待てって、覗くから」
初対面だというのに、すっかり蒼汰は彼女のペースに乗せられてしまっている。
彼女に促されるまま、彼は接眼レンズを覗いた。
すると……
「月だ」
蒼汰は感嘆の声を上げる。
さっきまでは何も映っていなかったレンズに移るのは、神々しく輝く真ん丸な月。
黄金というよりも白銀に近い。
美少女が何かしたのだろう。ちゃんと望遠鏡で月を観察できるようになっていた。
「ふふふ、天体望遠鏡の扱いなら任せて」
何やら得意げに胸を張っている彼女の姿は、褒められたい幼い子どものようにも見える。
「ああ、ありがとう」
なんだか望遠鏡の操作が出来なかった自分のことが恥ずかしくなってしまい、思わず彼女に背を向けてしまった。
その時、ジーンズのポケットからひらりと一枚の紙が零れ落ちる。
「あ……」
それは今日図書館で手に入れた『天文学部入部』の販促チラシだった。
ひらひらと舞おうとする紙に手を伸ばした時。
「それ!」
目の前の美少女が目をキラキラと輝かせた。
手に紙を掴んだ瞬間、ドンと上半身に衝撃が襲ってくる。
「うわっ!」
びっくりして目を白黒させてしまう。
同時に視界が反転して、砂浜の上に倒れてしまった。
ズンと身体の上に柔らかな重しが乗り上げてくる。
蒼汰の身体の上に覆いかぶさってきたのは、なんと、美織と名乗る美少女だったのだ。
(いったい全体何が起こっているんだよ?)
潮の香りに混じって、ふわりと石鹸の淡い香りが届いてきて、ドキドキ落ち着かない。
さらりとした黒髪の毛先が、蒼汰の堅い頬を撫でてきた。
ワンピースに覆われていても分かる――なだらかな曲線が目の前にあって、刺激が強くて仕方がない。
「ええっと?」
本当に何が起こっているんだ?
頭の中を整理しようとしていると、美織が桜色の唇をゆっくりと開いた。
「君、もしかして入部希望なの!?」
喜々とした声調を耳にすると呆気に取られてしまう。
いったい全体何の話なんだ?
「え? 入部、希望?」
「だって、勧誘のチラシを手にしているでしょう? それに天体望遠鏡も持っていたし、そうか、そうだったんだ!」
「は? 勧誘?」
彼女の視線の先を辿る。
それは蒼汰が手にした一枚のチラシ。
「ふふ、ついに私の天文部に入部希望者が現れたんだ! 気合を入れて作って良かったよ!」
身体の上にいる美織は、してやったりといった表情を浮かべている。爛々と瞳を輝かせながら、彼女はまくしたてる。
「上手に加工してあるでしょう? 私がパソコンで色々レイアウトしたんだよ! 不器用だって評判だけど、意外な才能があったなあって自分でも感心しちゃったんだから!」
先ほどから蒼汰を置いてきぼりにして、どんどん彼女の中で何かが発展していく。
「ええっと、だけど、君の場合は、入部できるのかな? ううむ?」
今度は顎に手を当てて唸りだした。
蒼汰は眉を顰めながら、なんとなく返す。
「別に入部希望なんかじゃねえよ」
すると、美織が明らかにシュンと落ち込んでしまった。
「入部してくれないの?」
「ああ、そうだけど」
彼女は、叱られた子犬のように、どんどんしおらしくなっていく。
「うう、このままだと、天文部として成り立たないよ。入部希望者、なかなか見つからなくて、廃部になっちゃう」
美織はこちらをチラチラと伺ってくる。
なんとなく甘えてくる猫を想起させる動きだ。
正直、人の身体の上に乗った状態でやる態度ではないが……
「今俺はもう何の部活にも入ってないことになっているから、入ろうと思えば入れるけどな」
思いがけずそんな言葉が、蒼汰の口を吐いて出た。
そんな返事をするつもりはなかったのに、美少女は得だ。
入部すると言えば、彼女のことをもっと知れるかもしれないとか、そんな邪な感情が過ってしまった。
自分がこんなに現金な奴だったとは思ってもみなかった。
「ああ、やっぱり入部希望なんだ!! すごく嬉しい! これからぜひよろしくね!」
彼女の満面の笑みを見ていると、天文部入部もまんざらではない気がしてくる。
(こんな可愛い子に近づけるチャンスなんて、なかなかないしな)
部活に一生懸命励んできただけで、蒼汰は俗物――もとい、健全な男子高校生だ。
美少女に頼られて悪い気はしない。
「そういやあ、高校に天文部だなんて初めて聞いたがな」
すると、美織は胸をそらし、得意げな表情で答えた。
「ふふ、それはそう! だって、私は天文部部長であり、唯一の天文部員なんですから!」
立っていたら、その場ですっ転んでいたかもしれない。
「は? お前だけ?」
すると、美織が頬を膨らませる。
「そうよ、何か文句ある?」
口を尖らせる表情も正直可愛い。
「ああ、いいから、どけよ、ずっと重いっての。そもそも男の身体に乗ってくるなって」
「え? ああ、きゃあっ、ごめんなさい!」
今頃気づいたと言わんばかりの態度をとったかと思うと、彼女は蒼汰の身体の上から、スカートの裾を翻しながら飛び退いた。
「ったく」
髪に付着した砂を手で払いながら、蒼汰はぼやく。
ふと、彼の硬い唇の上に柔らかな何かが触れた。
正体は彼女の人差し指だ。
蒼汰の頬にさっと朱が差す。
「お前、何やって?」
脇にしゃがみこんでいた美織がイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「言質、とったからね」
彼女が首を傾げると、さらりと黒髪が華奢な肩先から零れた。なんだか白い肌がやけに艶めかしく映る。
雲の影からちょうど月が姿を現わして、彼女をキラキラと輝かせた。
まるで空の上から天使が舞い降りてきたみたいで……
なんだか昔見た映画のワンシーンみたいだった。
彼女に魅了されてしまいそうな本心を隠すべく、蒼汰は視線を砂浜へと戻す。
「ええっと、よるうみみおり、だったか? 俺の名前は……」
そうして、思い切って脇に視線を移した。
「あれ?」
だが、そこにいるはずの美少女の姿はそこにはなかった。
風が吹いて、さらさらと砂が舞い踊る。
波の打ち寄せる音が強く響いてきた。
「あいつ、いったいどこにいった?」
まるで生者ではないかのように、夜海美織と名乗る美少女は跡形もなく消えてしまっていたのだ。
いつの間に?
「やっぱり夢だったのか?」
試しに頬をつねってみるが、痛みはあるから、どうやら現実のようだ。
考えあぐねる蒼汰だったが、荒唐無稽な想像が頭を過る。
「まさか、夏だからって怪談の類じゃあないよな?」
ざわざわと柄にもなく鳥肌が立ち背筋に怖気が走る。
「そんなわけないか。ああ、しかし、やけにリアルな夢だったな。もう帰るか」
きっと夢か錯覚だ。
蒼汰はそんな風に自分に言い聞かせると、その夜は浜辺を立ち去ったのだった。
彼女は少しだけ唇を戦慄かせた後、なぜかこちらに向かって謝罪してきた。
「ごめんなさい。まさか目を覚ましているとは思っていなくて」
彼女は瞳に浮かんだ涙を拭うと、ふふっと口元を綻ばせた。
天使か何かが微笑んでいるのだろうかと錯覚しそうだった。
(落ち着け)
蒼汰は高鳴る心臓を落ち着けようとする。
(こんなに緊張するなんて、競技前でもあるまいし)
そもそも、こんな美少女に対して詫びを入れられるような覚えなどない。
目を覚ましているとは思わなかったと言っているぐらいだし、もしかして浜辺で寝そべっていたから、何かあって倒れていると思って心配して見に来てくれたのだろうか?
「ああ、いや、そんなに気にしてはいないんで」
蒼汰は手に持ったままだった麦わら帽子を相手に返した。
それにしたって、こんな美少女が島にいただろうか?
彼が考え込んでいると、彼女が甲高い声を上げた。
「あ! 君、天体望遠鏡、持ってきてるんだ!」
美少女は、先ほどまでの儚げな印象とは打って変わって、まるで子どものように目を爛々とさせた。そうして、蒼汰が砂浜の上に設置した天体望遠鏡へと近づいてきたかと思いきや、接眼レンズを覗いた。
「あれ? この望遠鏡、何も観えないね」
彼女が不思議そうな声を上げたものだから、蒼汰は何げなく返す。
「ああ、さっきから真っ暗で何も観えないんだよ。不良品か、何年も放置してたから、観えないんだろうさ」
「放置してたの?」
「ああ」
「う~ん、そうだ、じゃあ、私に任せてみて」
美少女が快活に微笑んだかと思うと、望遠鏡の観察をはじめた。
「ええっと、対物レンズは凹面鏡じゃなくて凸レンズで、接眼レンズは凸レンズ。だとしたら、ケプラー式じゃなくて、ガリレオ式か」
突然かなりマニアックなことを少女が語り始めたため、蒼汰は面食らってしまった。
(なんだ、この女……?)
儚い雰囲気の美少女だと思ったのだが……
(俺の勘違いだったのか?)
そんな蒼汰の気持ちを知ってか知らずか、彼女は三脚の周囲をくるくると回った後、望遠鏡の接眼レンズを今度はくるくると回しはじめた。
「わかりやすく照準は月に合わせることにして、接眼レンズのユニットを回してピントを調整して、っと。はい、覗いてみて」
望遠鏡に何かを施した彼女は、嬉々とした表情を蒼汰へと向けてきた。
「いいからほら、来て来て」
くるりと蒼汰の背後に回った彼女が、彼の背を両手で押した。
「待てって、覗くから」
初対面だというのに、すっかり蒼汰は彼女のペースに乗せられてしまっている。
彼女に促されるまま、彼は接眼レンズを覗いた。
すると……
「月だ」
蒼汰は感嘆の声を上げる。
さっきまでは何も映っていなかったレンズに移るのは、神々しく輝く真ん丸な月。
黄金というよりも白銀に近い。
美少女が何かしたのだろう。ちゃんと望遠鏡で月を観察できるようになっていた。
「ふふふ、天体望遠鏡の扱いなら任せて」
何やら得意げに胸を張っている彼女の姿は、褒められたい幼い子どものようにも見える。
「ああ、ありがとう」
なんだか望遠鏡の操作が出来なかった自分のことが恥ずかしくなってしまい、思わず彼女に背を向けてしまった。
その時、ジーンズのポケットからひらりと一枚の紙が零れ落ちる。
「あ……」
それは今日図書館で手に入れた『天文学部入部』の販促チラシだった。
ひらひらと舞おうとする紙に手を伸ばした時。
「それ!」
目の前の美少女が目をキラキラと輝かせた。
手に紙を掴んだ瞬間、ドンと上半身に衝撃が襲ってくる。
「うわっ!」
びっくりして目を白黒させてしまう。
同時に視界が反転して、砂浜の上に倒れてしまった。
ズンと身体の上に柔らかな重しが乗り上げてくる。
蒼汰の身体の上に覆いかぶさってきたのは、なんと、美織と名乗る美少女だったのだ。
(いったい全体何が起こっているんだよ?)
潮の香りに混じって、ふわりと石鹸の淡い香りが届いてきて、ドキドキ落ち着かない。
さらりとした黒髪の毛先が、蒼汰の堅い頬を撫でてきた。
ワンピースに覆われていても分かる――なだらかな曲線が目の前にあって、刺激が強くて仕方がない。
「ええっと?」
本当に何が起こっているんだ?
頭の中を整理しようとしていると、美織が桜色の唇をゆっくりと開いた。
「君、もしかして入部希望なの!?」
喜々とした声調を耳にすると呆気に取られてしまう。
いったい全体何の話なんだ?
「え? 入部、希望?」
「だって、勧誘のチラシを手にしているでしょう? それに天体望遠鏡も持っていたし、そうか、そうだったんだ!」
「は? 勧誘?」
彼女の視線の先を辿る。
それは蒼汰が手にした一枚のチラシ。
「ふふ、ついに私の天文部に入部希望者が現れたんだ! 気合を入れて作って良かったよ!」
身体の上にいる美織は、してやったりといった表情を浮かべている。爛々と瞳を輝かせながら、彼女はまくしたてる。
「上手に加工してあるでしょう? 私がパソコンで色々レイアウトしたんだよ! 不器用だって評判だけど、意外な才能があったなあって自分でも感心しちゃったんだから!」
先ほどから蒼汰を置いてきぼりにして、どんどん彼女の中で何かが発展していく。
「ええっと、だけど、君の場合は、入部できるのかな? ううむ?」
今度は顎に手を当てて唸りだした。
蒼汰は眉を顰めながら、なんとなく返す。
「別に入部希望なんかじゃねえよ」
すると、美織が明らかにシュンと落ち込んでしまった。
「入部してくれないの?」
「ああ、そうだけど」
彼女は、叱られた子犬のように、どんどんしおらしくなっていく。
「うう、このままだと、天文部として成り立たないよ。入部希望者、なかなか見つからなくて、廃部になっちゃう」
美織はこちらをチラチラと伺ってくる。
なんとなく甘えてくる猫を想起させる動きだ。
正直、人の身体の上に乗った状態でやる態度ではないが……
「今俺はもう何の部活にも入ってないことになっているから、入ろうと思えば入れるけどな」
思いがけずそんな言葉が、蒼汰の口を吐いて出た。
そんな返事をするつもりはなかったのに、美少女は得だ。
入部すると言えば、彼女のことをもっと知れるかもしれないとか、そんな邪な感情が過ってしまった。
自分がこんなに現金な奴だったとは思ってもみなかった。
「ああ、やっぱり入部希望なんだ!! すごく嬉しい! これからぜひよろしくね!」
彼女の満面の笑みを見ていると、天文部入部もまんざらではない気がしてくる。
(こんな可愛い子に近づけるチャンスなんて、なかなかないしな)
部活に一生懸命励んできただけで、蒼汰は俗物――もとい、健全な男子高校生だ。
美少女に頼られて悪い気はしない。
「そういやあ、高校に天文部だなんて初めて聞いたがな」
すると、美織は胸をそらし、得意げな表情で答えた。
「ふふ、それはそう! だって、私は天文部部長であり、唯一の天文部員なんですから!」
立っていたら、その場ですっ転んでいたかもしれない。
「は? お前だけ?」
すると、美織が頬を膨らませる。
「そうよ、何か文句ある?」
口を尖らせる表情も正直可愛い。
「ああ、いいから、どけよ、ずっと重いっての。そもそも男の身体に乗ってくるなって」
「え? ああ、きゃあっ、ごめんなさい!」
今頃気づいたと言わんばかりの態度をとったかと思うと、彼女は蒼汰の身体の上から、スカートの裾を翻しながら飛び退いた。
「ったく」
髪に付着した砂を手で払いながら、蒼汰はぼやく。
ふと、彼の硬い唇の上に柔らかな何かが触れた。
正体は彼女の人差し指だ。
蒼汰の頬にさっと朱が差す。
「お前、何やって?」
脇にしゃがみこんでいた美織がイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「言質、とったからね」
彼女が首を傾げると、さらりと黒髪が華奢な肩先から零れた。なんだか白い肌がやけに艶めかしく映る。
雲の影からちょうど月が姿を現わして、彼女をキラキラと輝かせた。
まるで空の上から天使が舞い降りてきたみたいで……
なんだか昔見た映画のワンシーンみたいだった。
彼女に魅了されてしまいそうな本心を隠すべく、蒼汰は視線を砂浜へと戻す。
「ええっと、よるうみみおり、だったか? 俺の名前は……」
そうして、思い切って脇に視線を移した。
「あれ?」
だが、そこにいるはずの美少女の姿はそこにはなかった。
風が吹いて、さらさらと砂が舞い踊る。
波の打ち寄せる音が強く響いてきた。
「あいつ、いったいどこにいった?」
まるで生者ではないかのように、夜海美織と名乗る美少女は跡形もなく消えてしまっていたのだ。
いつの間に?
「やっぱり夢だったのか?」
試しに頬をつねってみるが、痛みはあるから、どうやら現実のようだ。
考えあぐねる蒼汰だったが、荒唐無稽な想像が頭を過る。
「まさか、夏だからって怪談の類じゃあないよな?」
ざわざわと柄にもなく鳥肌が立ち背筋に怖気が走る。
「そんなわけないか。ああ、しかし、やけにリアルな夢だったな。もう帰るか」
きっと夢か錯覚だ。
蒼汰はそんな風に自分に言い聞かせると、その夜は浜辺を立ち去ったのだった。



