「っ……!」
 蒼汰の脳裏に真っ白な光が弾けて、そこで全てが立ち消えた。
 現在立ち尽くしている浜辺へと意識が舞い戻る。
 心臓がバクバクと音を立てて鳴りやまない。耳元まで拍動が聴こえる。
 立っているのもやっとだった。
「俺は……俺が助けたあの子は……」
 蒼汰は記憶の中で救った少女の姿を覆いだす。
 流麗な黒髪に、ぱっちりとした黒い瞳。ぱっちりとした睫毛。愛らしい顔立ちに華奢な身体つき。
 成長すれば美織になるだろう。
 そんな確信を抱くぐらいに、美織は少女の面影を宿していた。
「だとしたら俺は……」
 蒼汰の全身が戦慄くと同時に一気に血の気が引いていく。
 しっかりしないと、このまま消え入りそうだった。
 どうにかして耐えるべく、ぎゅっと唇を噛み締め、拳を固く握りしめる。
「俺は、もう……」
 その時。
「離して、学くん!」
 美織の声を聴いて、蒼汰の意識が一気に現実へと引き戻される。
 気づけば、あの高潮に攫われた時のように、美織がどこかへと連れて行かれようとしていた。
「学くん、離してったら! せっかくあそこにいるのに! あの人が、私を助けてくれた王子さまがいるのよ! 流れ星が私のお願い、ちゃんと叶えてくれたんだから、だから……!」
 学が静かに首を横に振る。
「美織、もうここにいてはダメだ。最近急激に君の身体の調子が悪くなったと、君のお母さんから聞いているしね」
「身体の調子、悪くなんてなってないんだから!」
 蒼汰は美織が先日倒れたことを思い出した。
(どうして美織の体調が急激に悪くなったんだ……?)
 なんとなく蒼汰の中で嫌な予感がした。
「さあ、帰るぞ」
 学は聞く耳も持たずと言った調子で、美織を引きずるようにして防波堤に向かって前進していく。
「また会いにくるから、君に! 絶対に!」
 美織の悲壮な嘆きを潮騒が打ち消していく。
 蒼汰だって本当は美織の元へと駆け寄りたかった。
 けれども、駆け寄ってはいけないような気がして、一瞬だけ躊躇った後、その場で動けなくなってしまった。
 断片的にだが、蒼汰は一年前――いいや、きっともっと前に起きた記憶を取り戻していた。
 そうして、美織と学が浜辺からいなくなろうとしている中、一人取り残された蒼汰はポツリと呟いた。
「俺はもう……」
 夏のぬるい潮風が頬を嬲る。
 なんだか全てが夢のように感じてきた。
 立ち尽くしたまま動けなくなった蒼汰は、美織が学に連れて行かれる姿を黙って見ることしかできない。
「美織」
 認めるのが怖い。
 だが、認めざるを得ない。
「俺はもう死んでるんだ」
 蒼汰は生きているのか死んでいるのか、自分がそこにいるのかいないのか、分からなくなりながら、その場に立ち尽くしたのだった。