満天の星の下、消えゆく君と恋をする


(なんなんだ、今の記憶は……)
 蒼汰は頭を振った。心臓が早鐘のように高鳴ってうるさい。
 美織はガタガタと震えたままだ。
 学が続ける。
「あの人がお前を庇ったのは……」
 また蒼汰の中で何かが閃く。
(俺は……)
 高潮にさらわれそうになった少女の元へと駆けた。
 彼女の華奢な身体を抱きしめた、その時、そのまま――
「やめてっ!! 学くんっ! この人の前でその話はしないで!!」
 話を遮るかのように叫んだ美織に対して、学が端正な顔を歪めた。
「この人? 美織、お前は何を言っているんだ」
「いるのよ、ちゃんといるのよ、ここに……嘘じゃない……もうすぐ私も死ぬのよ、だから……! 昔もらった流れ星の欠片が私の願いを叶えてくれたんだから! せっかくこの人に会えたのに、邪魔しないで……!!」
 泣き叫ぶ美織の言葉がすんなりとは入ってこない。
 ドクンドクンドクンドクン。
「美織、お前は……」
 蒼汰は背後に立つ彼女の方へと振り返る。
(いったい何の話をしている?)
 美織は、流れ星が願いを叶えてくれたから、蒼汰と会えたと訴えたような気がする。
 どう考えても理解が出来ない。
 学が困惑しつつも慎重に言葉を選んで発言しはじめる。
「美織、お前……」
「違う、違うわ、ちゃんとここにいるのよ、いるんだから……!」
 美織が錯乱したかのように髪を振り乱しながら否定していた。
 そんな彼女に向かって学は申し訳なさそうに告げる。
「美織、すまないが……」
 名前を呼ばれた彼女がハッと顔を上げる。
 蒼汰は彼女を支えたかったが、どうしてだか触れてはいけない気がして、躊躇してしまう。
「俺にはお前のいう、この人というのが分からないんだ」
 蒼汰の全身に雷に打たれたかのような衝撃が駆け抜けた。
 全身の血が沸騰して煮えくり返って、そのまま蒸発してしまうような錯覚に陥る。
 砂浜に確かに立っているはずなのに、蟻地獄か何かに引きずり込まれて前後不覚になってしまっているような、そんな感覚が全身を襲ってきた。
 認めるのが怖かった。
 けれども、気付いてしまった。
(……学には俺が……)
 ――見えていない。
 その事実が蒼汰の心を打ちのめしてくる。
 普段は心を癒してくれるはずの潮騒の音が、今は逆に耳障りにさえ聞こえた。
「美織、君は疲れてるんだよ。僕と一緒に病院に帰ろう。入院日も近いんだ。それに今みたいな調子だったら、おばさんが仕事でいない自宅には一人では置いておけないよ。さあ、帰ろう」
「嫌よ」
 美織は即座に否定した。
 だが、学はゆっくりと首を横に振る。
「いいや、ダメだ。帰ろう」
 蒼汰を無視して、学は美織に帰宅を進めていた。
 完全に自分の存在など、ここにはいないことにされてしまっている。
(だけど、俺はちゃんとここに生きているはずだ)
 蒼汰が揺らぎそうになっていると、美織が声を張り上げた。
「違う、ちゃんとこの人はここにいるわ!! 学くんに視えてないだけなのよ! 自分に視えないからって、否定しないで!」
 蒼汰は自身の身体が震えていることに気付いてしまう。
(そう、美織のいうとおり、俺はここにいて……)
 ふと、蒼汰は自分の身体を見てみた。
 気づいてはいけないことに気付いてしまう。
「あ……」
 全身からどっと汗が噴き出してきた。
 なぜならば……
 掌の向こう、砂浜が透けてみえたのだ。
 一瞬だけ自分の身体が陽炎のように揺らめく。
 ドクンドクンドクン。
 心臓の嫌な音が鳴り響く。
 吐きそうだが、言われてみれば、もうずっと何も食べていない。吐けるものが何もない事実に気づいて愕然とした。
(俺は、いったい、なんだ、どうして? どうして……!?)
 気づいてしまったら、全てが砂浜に建てた城のように、些細なことがきっかけで砕けてしまうような、そんな錯覚に陥った。
「さあ、美織」
 学が蒼汰をすり抜けると、美織の手を取った。
 蒼汰に衝撃が走る。
 背後で学が美織の説得を続けていた。
「とにかく君は大きな手術の前で錯乱しているんだよ、帰るよ」
「離して、学くん! もう会えないかもしれないの! 離してったら!! このままだと、この人がっ!!」
 美織が悲痛な叫びを上げる。
 この人……蒼汰がこのままだと一体全体どうなると言うのだろうか?
「美織、いいから行くよ」
 学が美織の手首を掴むと無理やり連れて歩きはじめる。
「待てっ、お前、美織……!」
 そうして、蒼汰が美織に向かって手を伸ばした瞬間、記憶の暴流が起こった。
(これは……)
 先ほど思い出した記憶の続きだ。
 蒼汰の頭の中に記憶が途切れ途切れに浮かんでは消えていく。