「おい。これはどういうことだ」
「申し訳ございません。完全に警戒されております」
アシオスの地下牢で、ドモーアと顔を合わせたのがマズかった。
城下に忍ばせている俺の配下の者たちが、完全に封じられている。
「セリオ」が今の状態で彼らに捕まることは決してないが……。
「マズいな」
ようやく着替えを終え、執務室に入る。
三人だけとなった空間で、やっと一息ついた。
「しばらくは動けません」
「絞首刑の執行はどうなった」
「一旦延期になったところまでは、把握しております」
ここまで監視されると、俺たちはしばらく動けない。
「……。この件を、派手なお祭り騒ぎにしろと言った指示は?」
ディオスは珍しく表情の乏しい顔を緩めると、ツンとすましてみせた。
「順調に動いております」
パブロもニッといたずらに微笑む。
どうやら、上手くいっているようだ。
「はは。ならとりあえず、静観とするか」
今はヘススの警戒を解くことに専念しよう。
しばらく大人しくしていれば、すぐに注意は逸れるだろう。
簡単なことだ。
俺はいつものように閉じられた庭園で寝て過ごし、時にはそうであってほしいと願う連中の望みに合わせ、楽団を呼んで馬鹿騒ぎなんかもしてみる。
そうやって待っていれば、次の知らせが入るはずだ。
「王子!」
そう思った矢先、城外においている者からの知らせが入った。
その一報に、ディオスが駆け込んでくる。
「ホセとフィローネの、執行の日が決まったようです」
「いつだ」
「明後日です!」
「出るぞ」
まだ間に合う。
俺はベッドから飛び降りると、着替えようと箪笥に手を伸ばした。
「お待ちください。今日はもう遅い。昼を過ぎております。今から外へ出ても、夜明け前までに戻って来られるかどうか分かりません。今日は準備を整え、日の入りと共に城を抜け出すのが得策かと」
「それで間に合うか!」
「いずれにせよ、今のままでは執行を止めることまでは出来ません」
クソッ。ディオスの言うとおりだ。
俺には何の力もない。
もし俺が王として強くあったとしても、守護隊長の決定を俺の一存だけで覆すことは不可能だった。
しかも今の俺たちは、外界との接触を断たれている。
確かな情報がほしい。
「明日の早朝に出る。準備を整えておけ」
予定通りまだ日の昇りきる前に、俺たちは城を抜け出した。
行く先はアシオス守護隊本部。
そこにドモーアとホセがいる。
人気のない早朝の大通りを、三頭の馬が駆け抜けた。
「来たぞ! 奴らを捕らえろ!」
守護隊本部を間近にして、複数の守護隊員が路地裏から飛び出してきた。
「なんだコイツら!」
「罠だ! セリオ、逃げろ!」
ディオスとパブロが馬上で剣を抜く。
逃げろって、どこへ?
「クソッ。一旦引くぞ」
本部前を全力で駆け抜ける。
背後から追いかけて来る騎馬隊を連れたまま、郊外の草地まで出た。
「俺たちを捕らえるつもりか! これじゃドモーアと話が出来ない!」
「ここは我々が食い止めます」
それでも、明日が処刑日だ。
追ってくるアシオスの騎馬兵は三体。
俺たちは首に巻いた布で、しっかりと顔を隠し直した。
「シアの所へいく。戻るまで持ちこたえろ」
その瞬間、ディオスとパブロは馬を反転させる。
高いいななきが、明け方の草原に響いた。
追っ手を制するディオスの声を背に、俺はシアのいるブラスへ馬を走らせる。
どれだけ馬を飛ばしても、たどり着くのは昼前だ。
太陽はジリジリと昇り続ける。
「シア! シアはいるか!」
本部へ着くなり、馬を乗り捨て中に駆け込んだ。
驚くブラスの守護隊員を押しのけ、隊長室のドアを突き破る。
「頼みがある。馬を出してくれ!」
シアはブラスの守護隊隊長である証の白い制服を着て、数人の部下に囲まれ執務の真っ最中だった。
「アシオスの守護隊に襲われた。仲間が処刑される。彼らを助けたい」
「守護隊に襲われた? 知らん。アシオスでの出来事は、アシオスの守護隊長に頼め」
「それが出来ないから、お前のところまで来たんだ!」
シアはうんざりとため息をつくと、一度は止めていたペンを再び走らせる。
「出来ないことはないだろう。おかしな奴だ。お前は王子の愛人であり、使者なのだろう? それが本当なら、ドモーアは喜んで協力してくれるはずだ。そっちへ行け」
「はめられたんだ」
ディオスのところへ来た連絡、それ自体が罠だったのか?
処刑日を使って俺を招き寄せた?
「セリオ」を捕らえるため?
あらゆる可能性が脳内を駆け巡り、もはや何を信じていいのかも分からない。
シアは頬杖をつくと、呆れた目で見下ろした。
「詳しい事情など、俺に興味はない。アシオスの出来事は、アシオスで判断される。俺の出る幕じゃないってことくらい、お前にも分かるだろ」
もちろん分かっている。
分かってはいるけど、それでもどうにかしたい。
今ここで彼らを見捨てることは、俺には出来ない!
「……。王子からの伝言だ。今すぐなくした宝石を持って、城まで来い。ドモーアも一緒にだ」
シアの冷静さを保っていた眉が、ピクリと動いた。
「おい。そんな宝石の使い方、初めて聞いたぞ」
「王子の命令だ。従えないのか」
「それがもし、お前の嘘ならどうする?」
「俺を殺せ。好きにするがいい」
シアの細く黒い目が、じっと俺を見定めている。
俺はそこから目を逸らさなかった。
「……。分かった。いいだろう。その話、今回は特別に乗ってやる」
シアが重い腰を上げた。
手袋をはめ、部下に予定の変更を伝えている。
奥の部屋から、宝石の詰まった小袋がトレイにのせ運ばれてきた。
「ひとまずお前に返しておこう」
「恩に着る。この礼には、いつか必ず報いよう」
「はは。そりゃ楽しみだな」
俺がそれを懐にしまうと、シアは兵舎へ向かい部隊の編成を始める。
「どれくらい人数がいればいい?」
「多ければ多いほどいい。六は欲しい」
「それだけ動員すると、こちらの負担が大きいのだが?」
「補填してやる。心配するな」
シアと俺以外に、供をする六人が選ばれた。
それぞれが馬にまたがり、装備を調える。
俺にも新しい馬が用意され、その手綱を掴んだ。
「行くぞ!」
「待て。セリオ。王子の目的はなんだ。せめてそれくらいは聞かせてくれ」
「知らん。次に会った時にでも聞け」
先を急ごうとする俺の前に、シアは馬を並べ立ち塞がった。
「ならば聞き方を変えよう。お前の目的はなんだ」
「俺? 俺は……」
俺の目的?
なんだそれ。
そんなこと、今のシアに必要だと思えない。
それをシアが知って、何が変わる?
「……。忘れた」
「フッ。まぁいいだろう。今は黙って付き合ってやる」
シアの合図で、部隊が動き出した。
それに合わせて、俺も馬を走らせる。
余計なことなんて、考えている暇はない。
「申し訳ございません。完全に警戒されております」
アシオスの地下牢で、ドモーアと顔を合わせたのがマズかった。
城下に忍ばせている俺の配下の者たちが、完全に封じられている。
「セリオ」が今の状態で彼らに捕まることは決してないが……。
「マズいな」
ようやく着替えを終え、執務室に入る。
三人だけとなった空間で、やっと一息ついた。
「しばらくは動けません」
「絞首刑の執行はどうなった」
「一旦延期になったところまでは、把握しております」
ここまで監視されると、俺たちはしばらく動けない。
「……。この件を、派手なお祭り騒ぎにしろと言った指示は?」
ディオスは珍しく表情の乏しい顔を緩めると、ツンとすましてみせた。
「順調に動いております」
パブロもニッといたずらに微笑む。
どうやら、上手くいっているようだ。
「はは。ならとりあえず、静観とするか」
今はヘススの警戒を解くことに専念しよう。
しばらく大人しくしていれば、すぐに注意は逸れるだろう。
簡単なことだ。
俺はいつものように閉じられた庭園で寝て過ごし、時にはそうであってほしいと願う連中の望みに合わせ、楽団を呼んで馬鹿騒ぎなんかもしてみる。
そうやって待っていれば、次の知らせが入るはずだ。
「王子!」
そう思った矢先、城外においている者からの知らせが入った。
その一報に、ディオスが駆け込んでくる。
「ホセとフィローネの、執行の日が決まったようです」
「いつだ」
「明後日です!」
「出るぞ」
まだ間に合う。
俺はベッドから飛び降りると、着替えようと箪笥に手を伸ばした。
「お待ちください。今日はもう遅い。昼を過ぎております。今から外へ出ても、夜明け前までに戻って来られるかどうか分かりません。今日は準備を整え、日の入りと共に城を抜け出すのが得策かと」
「それで間に合うか!」
「いずれにせよ、今のままでは執行を止めることまでは出来ません」
クソッ。ディオスの言うとおりだ。
俺には何の力もない。
もし俺が王として強くあったとしても、守護隊長の決定を俺の一存だけで覆すことは不可能だった。
しかも今の俺たちは、外界との接触を断たれている。
確かな情報がほしい。
「明日の早朝に出る。準備を整えておけ」
予定通りまだ日の昇りきる前に、俺たちは城を抜け出した。
行く先はアシオス守護隊本部。
そこにドモーアとホセがいる。
人気のない早朝の大通りを、三頭の馬が駆け抜けた。
「来たぞ! 奴らを捕らえろ!」
守護隊本部を間近にして、複数の守護隊員が路地裏から飛び出してきた。
「なんだコイツら!」
「罠だ! セリオ、逃げろ!」
ディオスとパブロが馬上で剣を抜く。
逃げろって、どこへ?
「クソッ。一旦引くぞ」
本部前を全力で駆け抜ける。
背後から追いかけて来る騎馬隊を連れたまま、郊外の草地まで出た。
「俺たちを捕らえるつもりか! これじゃドモーアと話が出来ない!」
「ここは我々が食い止めます」
それでも、明日が処刑日だ。
追ってくるアシオスの騎馬兵は三体。
俺たちは首に巻いた布で、しっかりと顔を隠し直した。
「シアの所へいく。戻るまで持ちこたえろ」
その瞬間、ディオスとパブロは馬を反転させる。
高いいななきが、明け方の草原に響いた。
追っ手を制するディオスの声を背に、俺はシアのいるブラスへ馬を走らせる。
どれだけ馬を飛ばしても、たどり着くのは昼前だ。
太陽はジリジリと昇り続ける。
「シア! シアはいるか!」
本部へ着くなり、馬を乗り捨て中に駆け込んだ。
驚くブラスの守護隊員を押しのけ、隊長室のドアを突き破る。
「頼みがある。馬を出してくれ!」
シアはブラスの守護隊隊長である証の白い制服を着て、数人の部下に囲まれ執務の真っ最中だった。
「アシオスの守護隊に襲われた。仲間が処刑される。彼らを助けたい」
「守護隊に襲われた? 知らん。アシオスでの出来事は、アシオスの守護隊長に頼め」
「それが出来ないから、お前のところまで来たんだ!」
シアはうんざりとため息をつくと、一度は止めていたペンを再び走らせる。
「出来ないことはないだろう。おかしな奴だ。お前は王子の愛人であり、使者なのだろう? それが本当なら、ドモーアは喜んで協力してくれるはずだ。そっちへ行け」
「はめられたんだ」
ディオスのところへ来た連絡、それ自体が罠だったのか?
処刑日を使って俺を招き寄せた?
「セリオ」を捕らえるため?
あらゆる可能性が脳内を駆け巡り、もはや何を信じていいのかも分からない。
シアは頬杖をつくと、呆れた目で見下ろした。
「詳しい事情など、俺に興味はない。アシオスの出来事は、アシオスで判断される。俺の出る幕じゃないってことくらい、お前にも分かるだろ」
もちろん分かっている。
分かってはいるけど、それでもどうにかしたい。
今ここで彼らを見捨てることは、俺には出来ない!
「……。王子からの伝言だ。今すぐなくした宝石を持って、城まで来い。ドモーアも一緒にだ」
シアの冷静さを保っていた眉が、ピクリと動いた。
「おい。そんな宝石の使い方、初めて聞いたぞ」
「王子の命令だ。従えないのか」
「それがもし、お前の嘘ならどうする?」
「俺を殺せ。好きにするがいい」
シアの細く黒い目が、じっと俺を見定めている。
俺はそこから目を逸らさなかった。
「……。分かった。いいだろう。その話、今回は特別に乗ってやる」
シアが重い腰を上げた。
手袋をはめ、部下に予定の変更を伝えている。
奥の部屋から、宝石の詰まった小袋がトレイにのせ運ばれてきた。
「ひとまずお前に返しておこう」
「恩に着る。この礼には、いつか必ず報いよう」
「はは。そりゃ楽しみだな」
俺がそれを懐にしまうと、シアは兵舎へ向かい部隊の編成を始める。
「どれくらい人数がいればいい?」
「多ければ多いほどいい。六は欲しい」
「それだけ動員すると、こちらの負担が大きいのだが?」
「補填してやる。心配するな」
シアと俺以外に、供をする六人が選ばれた。
それぞれが馬にまたがり、装備を調える。
俺にも新しい馬が用意され、その手綱を掴んだ。
「行くぞ!」
「待て。セリオ。王子の目的はなんだ。せめてそれくらいは聞かせてくれ」
「知らん。次に会った時にでも聞け」
先を急ごうとする俺の前に、シアは馬を並べ立ち塞がった。
「ならば聞き方を変えよう。お前の目的はなんだ」
「俺? 俺は……」
俺の目的?
なんだそれ。
そんなこと、今のシアに必要だと思えない。
それをシアが知って、何が変わる?
「……。忘れた」
「フッ。まぁいいだろう。今は黙って付き合ってやる」
シアの合図で、部隊が動き出した。
それに合わせて、俺も馬を走らせる。
余計なことなんて、考えている暇はない。



