「俺だ。分かるか?」

 石垣で固められた柵の前でしゃがみ込む。
 ホセは冷たい部屋の片隅で、両膝を抱え丸くなっていた。

「あ……。えっと……。フィローネの友達の……」
「セリオだ」
「あぁ」

 ようやく思い出したのか、一瞬の安堵が浮かぶ。

「どうしてこんなところに?」
「話を聞きにきた。倉庫への放火は、本当にお前たちがやったのか?」
「まさか!」

 彼は杖を取り上げられていた。
 悪い足を引きずり、床を這いながら柵の前までやってくる。

「何もしてない。本当だ。取り調べはいつ始まる? ここに来てからもう何日も経つけど、誰にも聞かれないし話さえさせてもらえない。どうなってるんだ?」
「いつからここに居て、何をしていた?」
「もうずっとだ。こんなのおかしいよ。君がくれた資料で裏付けを取ってたんだ。確かに、アシオスでネズミの被害なんてなかった。あの資料は、八年前の別の地区で起こったネズミ害の資料を、そっくり写したようなものだったんだ。それなのにどうして、今回の事件の参考にされてしまったのか……」
「セリオ」

 ディオスの声に振り返る。
 石造りの廊下に高らかな足音が響く。
 甲冑のこすれあう複数人の金属音が、地下牢に緊張を走らせた。
 黒い長靴の踵を鳴らし現れたのは、豊かな黒髪をなびかせ、細い口髭を誇らしげにピンと伸ばしたドモーアだ。

「きさまかぁ? ニロ王子の許可証とやらを持って、勝手にここへ侵入したのは」

 立ち上がった俺に、ドモーアの黒い目が上から睨みつける。

「おい、ガキ。そんなものをどこで手に入れた。悪い頭で色々考えたようだが、こんなことは普通に犯罪だぞぉ?」

 ディオスは俺の書いた許可証をもう一度広げ、ドモーアに掲げた。
 それをひったくろうとするドモーアの手を、ディオスはさっと避ける。

「触れるな。これに触ることが出来るのは、ここにいる三人だけだ」

 俺の放った言葉に、ドモーアの口元が引きつる。
 コイツくらいの階級になれば、この類いの本物くらい見たことはあるだろう。
 これが偽物でないことくらい、一目瞭然だ。

「なぜ王子の許可証を持ってるような連中が、こんなところに? コイツに何の用だ」
「王子から特別な依頼を受けている。お前とシア隊長にも、同じ話があったはずだ」
「同じ話だぁ? 話しとはなんだ、言ってみろ」
「アシオスとブラスでの探し物だ」

 今度こそ本当に、俺の話を信じたらしい。
 怒りと蔑みに歪んでいた顔が、ゆっくりと不器用にもぎこちなく形を変え、ついには微笑むまでに至る。

「そうか! キミたちは王子の特命を受けた、仲間だったか。しかし、なぜこの囚人と面会を?」
「本当にリッキー商会で盗品の売買を行っていたのか、それを確かめに来た」
「なっ!」

 焦るドモーアを横目に、ホセが叫ぶ。

「盗品の売買だって? そんなこと、俺たちがやってるわけないじゃないか! なんだそれ。初耳だよ。俺はネズミ害による食中毒の罪で、ここに捕まってるんじゃなかったのか? 盗品の売買って、なんだよ!」
「ホセ。今のお前にかけられている容疑は、ネズミによる被害と、長年にわたるリッキー商会での、闇取引きだ」
「は?」
「フッ。その様子だと、本当に知らなかったみたいだな」

 ホセは顔を真っ青にして、首を激しく左右に振った。
 俺はそれに心から安堵する。
 よかった。
 それを信じて、ここまで来て本当によかった。

「おい、お前。名は何という?」

 ドモーアの眉間には、激しい不快が戻っていた。

「セリオだ」
「そうかセリオ! きさまが王子の使者だか何だか知らんが、お前が受けた特命と、この男に何の関係がある? コイツの件はアシオスの守護隊長である、俺が決めることだ。たとえニロ王子であっても口は出せないことくらい、分かってやってんだろうな?」
「もちろんだ。だが例の人物が、最初に宝石を持ち込んだのがサパタ商会だということを、お前は知っているのか?」
「何だと?」
「そこでこう言われたそうだ。『サパタ商会では、貴族の盗品も扱ってる』ってね」

 ドモーアが完全に言葉を失った。
 やはりシアの言うとおり、コイツらの資金源には、随分といかがわしいところがあるようだ。
 それを全てリッキー商会のせいにして、綺麗さっぱり新しい商会を立ち上げようとしている。

「俺は引き続き調査を続ける。お前から王子への報告を、楽しみにしているぞ」

 アシオスの守護隊本部を後にすると、その足でシアのいるブラス守護隊へ向かった。

「やはり来たな」

 白木の掘っ立て小屋の前で馬を下りると、すぐにシアのいる隊長室に案内される。
 俺は部屋に入るなり、書斎とはとても言い難い粗末な机で書類に埋もれるシアを見下ろした。

「あの小袋はどうした。もう売って金に換えたか?」
「一切手を付けずに残してある。お前が来るのを待っていた」
「はは。さっさと王子に渡して、手柄にすればよかったのに」

 シアの前に置かれたソファに、ドカリと座り込む。
 色白で白金の髪の男は、黒い目で探るように俺を見た。

「きさま、何者だ」
「王子の特命を受けた使者だよ。悪いがその小袋を、しばらくここで預かっていてくれないか」
「愛人というのは、本当か?」
「うるさいな。そんなのどっちでもいいだろ」
「自分で言ったんだろ。王子が城を頻繁に抜け出し、会いに行っているというのは、お前のことか」

 そんなことまで知っているのか。
 まぁ、バレてないと思っていたわけではないが、守護隊長レベルまで知れ渡っているとは思わなかった。