青い空と磨かれた白い壁に囲まれた庭園は、楽園に見せかけた牢獄だ。
俺は寝室から仕事部屋とされる執務室へいつものように輿で運ばれると、ただベッドに転がってゴロゴロと本を読んでいた。
本のタイトルは「百年の夢が覚めるとき」
アルパラナ国外の作家によって七十年以上前に書かれた文学作品だ。
本当は病気でもないのに不治の病と診断され、同じ病を持ち死を待つ人々の集まる療養所に押し込められた苦悩を描いている。
とは言っても、庭園の花畑でただただ美しい風景に囲まれ花の散る儚さと自分たちの命の短さを重ねたポエムを繰り広げる詩集のようなものだ。
この城の中にある王子のための図書室には、毒にも薬にもならないような本しか置かれていない。

「ニロ王子。失礼します」

 ノックが聞こえ、ディオスが入って来た。
当然その隣にはパブロもいる。
すっかり退屈していた俺は、欠伸をしながら読んでいた本を放り投げた。

「なんだ。どうした?」
「面白い調査報告が入りました」

 ディオスの黒髪の下にある切れ長の目と視線を合わせる。
ディオスがそう言うのなら、面白いと決まっている。

「ほう。言ってみろ」
「ペドリの件です。ドモーアからガルシア家のヘスス公爵へ送られる金の受け取り役を、ペドリがしているようですね」

 アルパラナでも、政治的な目的での献金は禁止されている。
だが条文にそう書かれているだけであって、『政治的』でなければなんでもいい。
たとえば庭園の改修工事費用を無期限で立て替えるとし、実際に行われたのは法外な値段のするレンガを一つ買っただけでも問題にはならない。

「それが不思議だったんだ。ドモーアはどこから金を得ている。あいつは平民の出身だっただろ。違ったか?」
「後ろに貴族はついてないです。どうも、アシオスの守護隊長に就任してからのようですね」

 王から直接任命される守護隊長は、強力な権限を持つ。
だが現代その任命権を持っているのは、王自身ではなく一部の上澄み貴族たけだ。

「ヘススがドモーアをアシオスの守護隊長に任命した見返りとして、金をもらっていると?」
「まぁ、そういうことですね」

 よくある話だ。
特に面白くもない。

「そのドモーアは、アシオスの経済圏を全て手中に収めようとしているようです。随分汚い手も使ってるようですね」
「それがどうした」

 汚職まみれのこの国でそんなことをイチイチ断罪していたら、王城の中は一瞬で空っぽになってしまう。

「あのオレンジの髪の女の子ですよ。あの子が関わっていた商会が、ターゲットにされました。そこを潰して、自分の意のままに操れる商会をアシオスで唯一の卸問屋にしたようです」
「また随分大がかりなことを考えたな」

 単純にヘススに献金するだけなら、それほど大層なことをしでかさなくてもよかっただろうに。
まだ何か違うことでも考えているのだろうか。

「ドモーアの奴、後々面倒になりそうだな」

 そうでなくても鬱陶しいヘススに、これ以上デカい顔されるのも気に入らない。
邪魔になりそうなものは、邪魔になる前に摘み取るのが一番簡単で楽にすむ。

「……。潰すか」

 それを聞いたディオスとパブロは、ニヤリと大きな笑みを浮かべた。
なるほど。
これは面白いことになりそうだ。

「話を聞こう」

 ベッドから起き上がると、ディオスはローテーブルに資料を広げた。
パブロと俺はその上に身を乗り出す。

「ドモーアは、貴族連中に献金するための金を集めることに長けています。平民から守護隊隊長にまで上り詰めるような人物ですから、知力と体力は十分備えています」
「守護隊の隊長って、そんなに大変なのか」
「平民からなろうと思えば。席は限られていますし、ハードルは高いですね。貴族の子弟なら望めば誰でもなれますけど。そもそもなりたがるような人がいないんじゃないですか」
「泥臭い仕事だもんな」
「そういうことです」

 王の勅命で就任するとはいえ、管轄する地区の貴族と平民の間に立つ役職だ。
貴族からは蔑まれ無理難題を押しつけられるし、平民からは常に庇護と判断を求められる。

「ドモーアはアシオスで一番羽振りのよかった、リッキー商会に目をつけました。この商会は長く地域に根付いた商売を続けていて、ほぼアシオス全域の商店と取り引きがあります。そこを押さえてしまえば、商店主たちは逆らえません」
「酒場にいた、オレンジの髪の!」
「そうです。フィローネです」

 あぁ、確かそんな名前だったな。
どこにでもいるような、普通の女の子だった。

「彼女のことも調べました。孤児院出身のようですね。現在は雑貨屋に引き取られそこで働いています。その店がリッキー商会と取り引きがありましたが、今は途絶えています」
「商売が出来なくなってるのか」
「それで酒場まで、わざわざ話をつけにきていたのでしょう」
「あぁ、そんなことを言っていたな」

 ぼんやりとしか思い出せない。
その時に、俺も何か話したような気がする。

「彼女の働く雑貨屋は、仕入れ先をリッキー商会からサパタ商会へ移しました。そのサパタ商会こそ、ドモーアの息のかかった商会です」
「まんまと手の内で転がされてるじゃないか」
「まぁ、ニロ王子からしてみればそう思うかもしれませんが、彼女たちの立場からすると、そういう選択肢しか与えられていないということになるでしょうね」
「意味が分からない。別の取引先を探せばいいじゃないか」
「そうもいかないのですよ」
「なぜだ」
「そういうものなのです」

 くだらない。
ワケが分からなさすぎて若干イラつきもするが、考えても理解出来ないことは、考えても意味がないので考えないことにする。
ディオスはそうでなくても冷静な顔に、涼しげな表情をたたえたまま崩していない。
ディオスがそう言うなら、そういうことなのだろう。
パブロもまだ飽きていないのか、ディオスの話を聞こうとしている。

「まぁいい。続けろ」
「サパタ商会の立ち上げには、ヘスス公爵も一枚かんでいます」
「なるほど。そういうことか」

 あのデブ公爵が悔しがるところを見られるのなら、なんだっていい。

「いいヒマ潰しのネタが出来たな」

 面白くなってきた。
まずはそのサパタ商会とやらに行ってみるか。

「出掛けるぞ。支度をしろ」

 俺は立ち上がると、自分の体にまとわりついていたシャツを脱ぎ捨てた。