「いや。ぜひ彼とも話がしたいな。どこか場所を移せないか?」
この狭い家の中で、どこに移動するというのだろう。
ホセのことを聞いたとたん、明らかに上機嫌となったセリオに、わずかな戸惑いを感じている。
「だったら、外……とか?」
「外? 外って?」
「すぐそこの、裏庭のテーブルとか……」
「あー」
セリオは少し考えてから、壁を指差した。
「この向こうに、何か部屋はないのか?」
「部屋? この壁の向こうは、お店よ」
「そこでいい」
セリオは当然だといった雰囲気で、店じまいした店内に案内されるのを待っている。
私は仕方なくトリノに許可を取った。
「どうぞ」
扉を開けると、真っ先にセリオが中に入ってゆく。
「クソッ。仕方ねぇな。俺も一緒に行くよ」
エンリケが渋々と重い腰を上げ、ホセも杖をつきながらそれに従った。
ランプの灯りを点すと、私たちは窓際の小さなテーブルに腰かける。
「ねぇ、セリオ。今日は一人で来たの? 前に一緒だった二人は?」
「あぁ、外で待たせてある」
「そうなんだ」
その答えに、エンリケはムッと表情を歪めた。
「随分と感じ悪りぃな、セリオ。アンタ、フィローネとはどこで知り合ったんだ?」
「彼女とはジュルの……」
「ちょっと待った! セリオ、その話はまた後で私からしておくから!」
エンリケやトリノに余計なことがバレたら、後で絶対に怒られる!
「ね、セリオは、お父さんのことを聞きにきたのよね? ちゃんとサムエル先生に聞いておいたから」
「え? あぁ、そうだったかな。本当に? うん。助かるよフィローネ」
「サムエル先生? そんなところに、フィローネがわざわざ行かされたのか?」
詰め寄るエンリケに、先回りしてサラリと答えておく。
「配達のついでに寄ったのよ」
小さなテーブルに四人の肘がぶつかるほど身を寄せ合いながら、私はセリオの碧い目を見上げた。
「先生は、やっぱりベルナト王は病死だって言ってた。ルーランの過剰摂取の症状には似ているけど、それと断定するのは難しいって」
「そう」
「ごめんなさい。力になれなくて」
「いや、いいんだ」
特に新しい情報はなかったからか、それとも最初から私の返答に期待がなかったのか、セリオはあっさりと話題を変えた。
「ホセ。キミはリッキー商会で倉庫番をしていたの?」
「え? あぁ、うん」
初対面のホセに、セリオは興味津々だ。
そんな彼に、エンリケはひどく警戒している。
「なんだよ。ホセがリッキー商会の倉庫番だったからって、なんだ?」
「面白い噂を耳にしたんだ。今日はそれを伝えたくてここに来た」
セリオは真っ直ぐにホセの目を見ると、白く繊細な指を顔の前に組んだ。
「リッキー商会にかけられた疑惑は、虚偽のものだ。誰かが仕組んで、キミたちを陥れた。相手に心当たりは?」
突然のことに、ホセはポカンと口を開けたまま、ただセリオを見ている。
「驚くのも無理はない。ホセが気づかないのも当然だ。ただ、そうと分かっても、疑惑を晴らすのは難しいだろう。なぜならアシオスの守護隊長であるドモーアが、そう判断したからだ。お前たちに、ドモーアと戦うつもりがあるなら俺が協力しよう。絶対に勝たせてやる」
セリオの強い言葉に、私たちは互いの目を合わせる。
エンリケが深く息を吐き出した。
「お前がどこの誰だか知らないが、随分とデカい口を叩くんだな。相手に心当たりだって? もしそんな奴がいるとしたら、倉庫に入り込んだネズミだ。分かったら、とっとと帰れ」
「ちょっと待って。リッキーの倉庫は、そんないい加減な管理態勢じゃなかったはずよ。ホセ、そうでしょ?」
「そうだよ。フィローネの言う通り、実際俺は倉庫で一度もネズミを見たことはないし、床下も倉庫の外壁にも、穴なんてなかった。ネズミの姿を見かけた時には、皆で徹底的に探して処分してたんだ」
「ホセは倉庫番だったんだよな」
セリオの碧い目が、好奇心いっぱいでホセを見つめる。
「キミが望むなら、いくらでも協力しよう。どうする?」
突然の提案に動揺したホセは返事が出来ない。
助けを求められたエンリケが代わりに噛みついた。
「おい。お前、ケンカに絶対勝つ方法ってヤツを知ってるか?」
「ほう。知らないな。どうすればいいんだ。是非教えてくれ」
「勝てるケンカだけを選んでやるんだ。最初っから負けると分かってる相手とは、ケンカしない」
「はは。ずいぶん消極的なコツだな。それじゃあ、ケンカのしようがないじゃないか。それでも勝ちたい時は、どうすればいい?」
セリオの言葉に、エンリケはゆっくりと答える。
「そんなものはない。正面切って死ぬ覚悟を決めるか、降参して服従するかだ」
「殺されてもいいと?」
「最後に生き残った奴が勝つんだよ。『服従』は『敗北』じゃない」
セリオの目が、じっとエンリケを見つめる。
「服従は敗北じゃない? だとしたらなんだ」
「それも最後に勝つために選んだ道なら、戦略だってこと。本当に負けたくないなら、『負け』をわざわざ選びに行く必要ないだろ」
「……。だとしたら、負けはなくても、勝ちはないな」
「バーカ。そうやって勝ち目が来るまでチャンスをうかがってんだよ。勝つためにだったら、何でもやる。どんな卑怯な手段でも、ズルくてもやる。それが出来ない奴に、一生勝てる日なんて来ない」
この狭い家の中で、どこに移動するというのだろう。
ホセのことを聞いたとたん、明らかに上機嫌となったセリオに、わずかな戸惑いを感じている。
「だったら、外……とか?」
「外? 外って?」
「すぐそこの、裏庭のテーブルとか……」
「あー」
セリオは少し考えてから、壁を指差した。
「この向こうに、何か部屋はないのか?」
「部屋? この壁の向こうは、お店よ」
「そこでいい」
セリオは当然だといった雰囲気で、店じまいした店内に案内されるのを待っている。
私は仕方なくトリノに許可を取った。
「どうぞ」
扉を開けると、真っ先にセリオが中に入ってゆく。
「クソッ。仕方ねぇな。俺も一緒に行くよ」
エンリケが渋々と重い腰を上げ、ホセも杖をつきながらそれに従った。
ランプの灯りを点すと、私たちは窓際の小さなテーブルに腰かける。
「ねぇ、セリオ。今日は一人で来たの? 前に一緒だった二人は?」
「あぁ、外で待たせてある」
「そうなんだ」
その答えに、エンリケはムッと表情を歪めた。
「随分と感じ悪りぃな、セリオ。アンタ、フィローネとはどこで知り合ったんだ?」
「彼女とはジュルの……」
「ちょっと待った! セリオ、その話はまた後で私からしておくから!」
エンリケやトリノに余計なことがバレたら、後で絶対に怒られる!
「ね、セリオは、お父さんのことを聞きにきたのよね? ちゃんとサムエル先生に聞いておいたから」
「え? あぁ、そうだったかな。本当に? うん。助かるよフィローネ」
「サムエル先生? そんなところに、フィローネがわざわざ行かされたのか?」
詰め寄るエンリケに、先回りしてサラリと答えておく。
「配達のついでに寄ったのよ」
小さなテーブルに四人の肘がぶつかるほど身を寄せ合いながら、私はセリオの碧い目を見上げた。
「先生は、やっぱりベルナト王は病死だって言ってた。ルーランの過剰摂取の症状には似ているけど、それと断定するのは難しいって」
「そう」
「ごめんなさい。力になれなくて」
「いや、いいんだ」
特に新しい情報はなかったからか、それとも最初から私の返答に期待がなかったのか、セリオはあっさりと話題を変えた。
「ホセ。キミはリッキー商会で倉庫番をしていたの?」
「え? あぁ、うん」
初対面のホセに、セリオは興味津々だ。
そんな彼に、エンリケはひどく警戒している。
「なんだよ。ホセがリッキー商会の倉庫番だったからって、なんだ?」
「面白い噂を耳にしたんだ。今日はそれを伝えたくてここに来た」
セリオは真っ直ぐにホセの目を見ると、白く繊細な指を顔の前に組んだ。
「リッキー商会にかけられた疑惑は、虚偽のものだ。誰かが仕組んで、キミたちを陥れた。相手に心当たりは?」
突然のことに、ホセはポカンと口を開けたまま、ただセリオを見ている。
「驚くのも無理はない。ホセが気づかないのも当然だ。ただ、そうと分かっても、疑惑を晴らすのは難しいだろう。なぜならアシオスの守護隊長であるドモーアが、そう判断したからだ。お前たちに、ドモーアと戦うつもりがあるなら俺が協力しよう。絶対に勝たせてやる」
セリオの強い言葉に、私たちは互いの目を合わせる。
エンリケが深く息を吐き出した。
「お前がどこの誰だか知らないが、随分とデカい口を叩くんだな。相手に心当たりだって? もしそんな奴がいるとしたら、倉庫に入り込んだネズミだ。分かったら、とっとと帰れ」
「ちょっと待って。リッキーの倉庫は、そんないい加減な管理態勢じゃなかったはずよ。ホセ、そうでしょ?」
「そうだよ。フィローネの言う通り、実際俺は倉庫で一度もネズミを見たことはないし、床下も倉庫の外壁にも、穴なんてなかった。ネズミの姿を見かけた時には、皆で徹底的に探して処分してたんだ」
「ホセは倉庫番だったんだよな」
セリオの碧い目が、好奇心いっぱいでホセを見つめる。
「キミが望むなら、いくらでも協力しよう。どうする?」
突然の提案に動揺したホセは返事が出来ない。
助けを求められたエンリケが代わりに噛みついた。
「おい。お前、ケンカに絶対勝つ方法ってヤツを知ってるか?」
「ほう。知らないな。どうすればいいんだ。是非教えてくれ」
「勝てるケンカだけを選んでやるんだ。最初っから負けると分かってる相手とは、ケンカしない」
「はは。ずいぶん消極的なコツだな。それじゃあ、ケンカのしようがないじゃないか。それでも勝ちたい時は、どうすればいい?」
セリオの言葉に、エンリケはゆっくりと答える。
「そんなものはない。正面切って死ぬ覚悟を決めるか、降参して服従するかだ」
「殺されてもいいと?」
「最後に生き残った奴が勝つんだよ。『服従』は『敗北』じゃない」
セリオの目が、じっとエンリケを見つめる。
「服従は敗北じゃない? だとしたらなんだ」
「それも最後に勝つために選んだ道なら、戦略だってこと。本当に負けたくないなら、『負け』をわざわざ選びに行く必要ないだろ」
「……。だとしたら、負けはなくても、勝ちはないな」
「バーカ。そうやって勝ち目が来るまでチャンスをうかがってんだよ。勝つためにだったら、何でもやる。どんな卑怯な手段でも、ズルくてもやる。それが出来ない奴に、一生勝てる日なんて来ない」



