1週間も経たないうちに148人の最上位得意客からYESを頂いた。150人中148人というのは予想を遥かに超えた反応だった。それだけでなく、その多くから嬉しいメールを頂いた。激励や共感や応援など、心温まる内容だった。

『この厳しい時に社員最優先を貫かれる貴社に敬意を表すと共に、心から応援しています』

『私の実家は農家です。外国人実習生が確保できなくなり困っています。困っている会社同士のニーズを合致させた貴社の取り組みが広く知られるようになり、企業と農家のコラボレーションが進むことを期待しています』

『社員の皆様が農作業している姿や古民家で共同生活している姿が目に浮かぶようです。日記風のメルマガを楽しみにしています』

『自粛生活が続き、変化のない毎日に退屈しております。でも、貴社のメルマガを拝見する楽しみができました。まだ一度も行ったことがない岩手県に思いを馳せて、楽しみに待っています』

『定年退職後、妻と2人で行く旅行が最大の楽しみでしたが、当分の間、諦めざるを得なくなりました。家でじっとしていることは苦痛でしかありませんでしたが、これから貴社から届くメルマガで旅行の疑似体験ができそうです。楽しみにしております』

 男はホッと胸を撫でおろした。多くの方が好意的に受け止めてくれたので、俄然やる気が出てきた。期待を裏切ってはいけないと心に強く言い聞かせた。

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 出来上がったばかりのホームページを開くと、トマトと青物野菜を両手に持つオーナーと社員の笑顔が画面いっぱいに映し出された。その2秒後、筆で描いたような太い文字が笑顔の後ろからズーム機能で拡大されてきた。男はその文字を見て、思わず顔を綻ばせた。

『元気だ! 岩手だ! 野菜がうまい!』

 何度見ても幸せな気分になるこのコピーは最年少の女性社員が考えたものだ。タイトルをどうするか、社員同士で色々な案を考えたらしいが、真面目すぎるものや突飛すぎるものが多く、なかなか決まらなかったそうだ。
 そんな時、その女性社員が「野菜でみんなを元気にできたらいいですよね。岩手の美味しい野菜で元気にできたらいいですよね」と顔を紅潮させて、「『元気だ! 岩手だ! 野菜が美味しい!』ではどうでしょうか」と提案したらしい。
 それに対してほとんどの社員が即座に右手の親指を立てたらしいが、キャッチコピーに一家言(いっかげん)ある男性社員が、「『美味しい』より『うまい』の方が言葉が立つんじゃないかな」と言った瞬間、このタイトルに決まったそうだ。
 その話をリーダー格の社員から聞いた時、飛び上がるほど嬉しい気分になった。それは、我が子の成長を喜ぶ親の心境だったかもしれなかった。残念ながら親になったことは一度もないけれど……、

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 第1回のメルマガのタイトルは『マーヤ』だった。ハウス内のミニトマトの花にミツバチが止まっている写真を目立つようにして載せた。受粉させるためにハウス内で飼っている何百匹ものミツバチが忙しそうに花から花へ飛び回っていて、彼らの働きによって受粉すると、約1か月で収穫できるようになる。その流れを写真で詳しく紹介した。
 第2回以降は、農作業と古民家暮らしの両方を発信していった。そして、採れたて野菜とそれを使った料理の写真も送信した。
 メルマガの回を重ねるうち、現地の若手社員からは、宅配定期サービスの案内をいつするのかという催促の発言が出始めた。その気持ちは痛いほどわかったが、それでも、男はあることをじっと待っていた。

 こちらから仕掛けてはいけない。
 急いては事を仕損じる! 

 男はその時が来るのをじっと待った。

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 メルマガが10回を超えた頃、ついに念願の時がやって来た。それは5月2日のことだった。東京では4月1日に初めて感染者が100人を超え、4月9日に187人を記録したあとも高水準の感染者数が続いた。4月下旬に数日間減少傾向が見られたが、5月に入って再度増加し、危機感を強めた首相や担当大臣が「他人との接触を最低7割、できれば8割減らして欲しい」と声を枯らして訴えていた。それでも、緊急事態宣言解除の道筋はまったく見えてこなかった。多くの人は不安を抱えながら暮らすしかなかった。外出することもままならず、買いたいものも買えない日常が続いていた。そんな時、待ちに待ったメールが届いたのだ。

『メルマガを毎回楽しみにしております。拝見する度においしそうな野菜だなと涎を垂らしながら見つめております。そして、一度食べてみたいなと思っております。でも、取り扱いのある高級スーパーが近所にない私は手に入れる手段がありません。直接個人に売っていただくわけにはいかないでしょうか。ご検討ください』

 このメールをきっかけにしたように、直接売ってもらいたいという内容のメールが次々に入るようになった。男はこれを待っていたのだ。こちらから売り込むのではなく、ご要望に応えて販売を開始する形に持っていきたかったのだ。

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 ご要望のメールが75通を超えた時、〈宅配定期サービス開始案内〉を発信するタイミングが来たと確信した。メルマガ受信者の半数以上が要望しているのだ。もうこれ以上待つ必要はない。男は準備していたお知らせメールの送信ボタンを押した。

『弊社発信のメルマガ、並びにホームページ「元気だ! 岩手だ! 野菜がうまい!」をご愛読・ご高覧いただき、誠にありがとうございます。回を重ねる度に多くのご返信を賜り、心より御礼申し上げます。皆様からの激励やご支援の言葉を拝見する度に社員一同感激しております。そして、明日への希望に繋がるエネルギーを頂いております。
 さて、この度、皆様からの数多くのご要望にお応えして、『朝採れ野菜の宅配定期サービス』を開始させていただくことになりました。こちらで厳選した野菜の詰め合わせを定期的に発送させていただくサービスです。詳細はホームページにてご案内しておりますので、リンクを張ったページをクリックいただき、ご確認いただければ幸いです。我々の新しいサービスが皆様の毎日に潤いをお届けできることを願っております。
 末筆ではございますが、皆様の益々のご健勝を祈念しております。最後までお読みいただき、誠にありがとうございました』