■登場人物紹介
Ⅰ.現代(令和)

神田 緋真(かんだ・ひさな)/17歳
地方の公立高に通う二年生。剣道部の“副将”、テストも“二番手の群れ”。「孤高」を装うが中身は凡庸でやさしい。夜ごと見る異様に具体な夢をノートに記録し、そこに現れる少年・沖田静にしだいに惹かれていく。書くことでしか呼吸できないと思い込むが、書くことの暴力も知ってしまう。

祖母(そぼ)/沖田家の生まれ
緋真の唯一の“聞き手”。家系図と沈黙を守る人。語らないことで誰かを守ることを知っており、「名を呼ぶな」という掟を緋真に手渡す。短冊と竹の守りを託す。

緋真の母
口やかましくも健やかな日常の温度を保つ人。「夜更かしは肌に悪いよ」と軽口をたたきつつ、倒れた息子を抱きとめる現実の手。

ケンタ
緋真の同級生で友人。軽い冗談と雑な優しさで距離を保つタイプ。「死ぬな」とだけ言えてしまう誠実さがある。緋真にとって現実側の錘。

担任の先生
「小さな二番手を勝ち続けろ」と言う現実主義者。緋真の胸にちくりと刺を残す。

国語教師
教室で緋真に要約を求め、彼の言葉の足りなさを照らしてしまう人。結果として、緋真の“夢の一行”に火をつける。

剣道部顧問
緋真の呼吸の癖と姿勢を知る人。「舌先の位置で心が整う」と身体の手順を教えた。

老神主
海沿いの小さな神社にいる。風の匂いで記憶が帰還することを知っており、「名は呼ぶなよ」と緋真に告げる。

Ⅱ.夢(昭和前期 ― 緋真が見る“向こう側”)

沖田 静(おきた・しずか)/十五歳→
面を付けた瞬間に空間の密度を変える剣士。勝敗より礼を重んじる。「勝っても負けても、次に繋がらなければ意味がない」と小さく言える少年。道場では鬼神、日常では驚くほど柔らかい。やがて召され、戦地でも礼を失わない。緋真の夢に息づく“だれか”であり、血縁の影でもある。

矢野 蓮(やの・れん)/十六歳
静の親友。踏み込みが強く、眉が凛としたまっすぐな青年。軽口の端々で本音を差し出し、「おまえは真っ直ぐ過ぎる」と静を笑わせる。小川のほとりで竹の守りを交換し合い、互いの弱さを“矯正”していく。緋真にとっては嫉妬と敬意の対象。

師範代
道場で二人を見守る人。「勝ち続けるより、礼を失わずに続ける方が難しい」と静に渡す。冗談めかして「時代が時代なら将軍よ」とも。

道場の子どもたち
拍手し、憧れをまっすぐに発する小さな目撃者たち。二人の同時面に「引き分け」を与える純粋な観客。

同じ隊の兵士たち
戦地で静の周りにいる名もなき人々。乾いた冗談と煙草の匂いをまといながら、「仕方ない」と言って生き延びを図る。

野戦病院の衛生兵
「生きて帰れると思うか」と問う者と、それに「わかりません」と答える静を見てしまう者。名はなく、記録にだけ残る。

Ⅲ.関係を結ぶ「もの」

竹の守り
静と矢野が結び、のちに緋真が握り直す小さな護り。指の腹に食い込む結び目が現在の位置を知らせる。

短冊
「稽古は人を正す」「負けても、次に繋げ」など、静の手が残した言葉が煤けた紙に息づく。家の沈黙を破らずに灯を渡す媒介。

家系図
沖田の名が記され、途中で白い空白になる紙束。沈黙の作法を家に刻む遺物。

海沿いの神社/石碑
「名を呼ぶな、声が泣く」と刻まれた場。風が同じ匂いで吹き、帰還の定義を揺らす。

※本篇では、現代の緋真の生活と、夢の向こう側にいる静・矢野の時間が互いを照らし合います。確定を急がない呼吸で読んでいただければ幸いです。

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■目次
目次
第一章 孤高の仮面
 第一話 孤高の仮面
 第二話 鬼神と少年
 第三話 矢野の影
 第四話 罅の予言

第二章 沈黙の家系
 第五話 家系図の沈黙
 第六話 涙の所有者
 第七話 戦地

第三章 慟哭と依存
 第八話 慟哭
 第九話 睡眠という逃亡
 第十話 行く末
 第十一話 捏造の善意
 第十二話 浜辺の徹夜
 第十三話 飛翔/病室

第四章 遺るもの
 第十四話 遺されたものの場所
 第十五話 海と滑走路
 第十六話 夢のない夜