「えっ、芸能大⁉」

 18歳になった麗華の進路について家族で話し合っていた時だった。予想もしていない大学名を告げられて、思わず大きな声を出してしまった。
 3歳からピアノを習っていたから音楽の素養はある。
 5歳からバレエを習っていたからダンスの素養もある。
 ルックスとスタイルは抜群だからアイドルの素養もある。
 でも、だからといって芸能大というのは理解できなかった。音大の間違いじゃないかと思った。それを質すと、麗華はすぐに反論した。

「クラシックには興味がないの。昔の人が作った曲を再演することに興味はないの。いくら上手に演奏したって、単なる演奏者でしかないから」

 聞いた途端、反論しそうになった。事実と違うからだ。それに、〈単なる〉なんていう言葉で評価してはいけない。演奏家の存在価値を低くみなしてはいけないのだ。ましてや、音大はクラシックだけを教えているところではない。そんなことさえ知らないのに、と叱りつけたくなったが、ぐっとこらえて次の言葉を待った。

「芸能大には作詞作曲専科があって、ジャズ、ロック、ポップスの作詞作曲を学べるようになっているの。わたしは世界で通用する作詞作曲家になりたい。そして、それを表現するミュージシャンになりたいの」

 確かに、芸能大の作詞作曲専科では授業はすべて英語で行われている。それは世界を目指すために必須だと考えられているからで、パンフレットにも『世界で活躍することを夢見る生徒に広く門戸を開いています』と書いてあるし、願書はすべて英語で書くことが決められている。
 しかし、だからといって音大より優れているとは限らない。まだまだ歴史は浅く、卒業後に活躍しているミュージシャンもそれほど多くない。そのことを指摘すると、「そこがいいのよ。これから自分たちで歴史を作っていけるところがいいの」とムキになった。一歩も引くつもりはないようだった。まあ、若い時にはこうと決めたら他のことが目に入らなくなるのはよくあることなので、この場はいったん聞き置くことにして話題を変えた。

「ところで、いつからそんなことを」

 すると麗華は「う~ん、そうね、多分、あの時からかな」と意味不明なことを言った。そして、上目遣いにちらっとこっちを見た。

        *

 麗華が自分の部屋に戻ったあと、妻に向き合った。

「わたしがスナッチだということは言ってないよね」

 妻は頷いた。

「あなたのレコードを聴かせたことも無いわ」

 妻は〈信じて〉というような目で訴えた。もちろん妻が嘘をつくわけはないので〈わかってる〉と頷いたが、それでも心に引っかかっている何かが取れることはなかった。

「なんで、あんな目でわたしを見たのだろう?」

 麗華の視線の意味を、探しあぐねていた。