翌日、開店前に売場に向かった。
「おはようございます」
売場主任に挨拶をした。
「早いね~」
主任は驚いていた。
「今日はこれを提案してみます」
POPとイラストを見せると、〈ふ~ん〉というような表情を浮かべたが、「頑張ってね」とわたしの肩をポンと叩いて、笑みを浮かべた。
特陳コーナーに『低脂肪でヘルシーな《はんぺんハンバーグ》を今日の食卓に!』というPOPを付けた。それから、はんぺんだけでなく、他の売場の責任者から許可を貰って、玉ねぎや鮭フレークなどを並べた。最後に調理方法のイラストを付けた。
その瞬間、少しドキドキした。〈関心を持ってくれるだろうか? 立ち止まってくれるだろうか? 手に取ってくれるだろうか? 買ってくれるだろうか?〉と不安になった。
それでも、弱気にはならなかった。先輩が親身になって協力してくれたプランなのだ。夜遅くまでかかって作り上げたPOPなのだ。 必ずうまくいく! と気合を入れて、開店を待った。
*
開店して30分ほど経った頃、小さな子供を連れた若い母親が特陳コーナーで立ち止まった。
「ハンバーグにしようか」
「やった~、ハンバーグ♪」
小さな子供が嬉しそうにはしゃいだ。それを見た母親が頷いて、はんぺんと鮭フレークをカゴに入れた。それは、自分が提案した商品が初めて売れた瞬間だった。体が固まって動けなくなった。そのうち、何か今までに経験したことのないような気持ちになってきた。じわ~っと体の中から喜びが湧き出してきた。
嬉しいな~、
こんなに感激するなんて、こんなに最高の気持ちになるなんて、思ってもみなかった。
*
その日は何十人も特陳コーナーに立ち止まり、そして、多くの人が買ってくれた。
結果を報告すると、売場主任から賞賛と労いの言葉をもらった。これも嬉しかった。他人から褒められることの喜びを噛みしめた。
もちろん、この成功は自分一人でできたことではない。売場主任や先輩のアドバイスや協力なくしてはあり得なかった。もし、一人で右往左往していたらドツボにはまっただろう。周りの知恵を借りられたからこそ、うまくいったのだ。そのことを学べたことは大きな収穫だったし、これからも多くの知恵を借りることを肝に銘じなければならないと思った。
空になった特陳コーナーを見つめながら、心の中で売場主任や先輩に頭を下げた。
*
仕事が面白くて、たまらなくなった。その店だけでなく、担当したほとんどの店で売り上げが増え、店長や売場主任からの信頼を勝ち取っていった。
その後は年を追うごとに販売成績が上がった。連れて社内の評価も上がり、30歳で量販本部担当になった。スーパーマーケットのバイヤーと交渉する重要なポジションだ。ここでも顧客目線の提案を続けて、バイヤーからの信頼を勝ち取っていった。その後も順調で、広域量販課で売り上げ上位の常連になるのに時間はかからなかった。
そして遂に39歳の時、念願のポジションに辿り着いた。売り上げ成績のトップに立ったのだ。それだけでなく、翌年も、その翌年もトップを守り抜き、自他共に認める広域量販課のエースになった。
そして42歳の時、課長に昇進した。入社してちょうど20年が経っていた。
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課長就任の挨拶をするために各量販店を回ることにした。最初の訪問は新人の頃お世話になったあの店に決めていた。当時の売場主任は店長になっていた。
「三木田さん、おめでとう」
当時よりふくよかになった彼がわたしの手を強く握った。
「ありがとうございます。その折は本当にお世話になりました。頂いたアドバイスのおかげです」
すると、彼が首を傾げた。
「君に何か言ったかな?」
「はい。『主婦の気持ちに寄り添って提案してね』とアドバイスしていただきました」
「そうだったっけ……」
「はい。常にお客様の気持ちに寄り添って仕事をするきっかけになりました。あのアドバイスがなかったら、自社製品を売ることだけに囚われていたかもしれません。本当にありがとうございました」
「嬉しいね、そんなことを覚えてくれていて。それをやり続けてくれていて。そんな人はなかなかいないよ。ありがとう、こちらこそ」



