『人生ラン♪ラン♪ラン♪』~妻に捧げるラヴソング~


 今日は真夏日になるらしい。〈6月28日の最高気温は30度を超える〉と告げるお天気お姉さんのバックには美しい紫陽花が映っていて、夏本番が間近なことを思わせた。それに違わず、まだ扇風機を出していないわたしの部屋はムシムシとした暑さがたむろ(・・・)していた。
 でも、それによって邪魔されることはなかった。妻が新しいタイトルを考えてくれたおかげで追い込みに拍車がかかっていたのだ。締め切りまであと1週間ちょっとしかなかったが、なんとか間に合いそうで、気力が充実していた。

 それにしても、タイトルが変わるだけでこんなにもアイディアが湧き出てくるとは思わなかった。一気に視界が開けて目の前がブルースカイになったのだ。長年の便秘が解消したようなスッキリとした気持ちでパソコンに向き合えているのだ。
 しかし、妻からこのタイトルを聞いた時は驚いた。というより絶句した。〈ウソだろ!〉という感じになった。それほど衝撃的だった。だから聞いた当初は拒絶した。あり得ないと相手にしなかった。それでも、2日経ち、3日経ち、4日目になると、これもあり(・・)だなと思えるようになった。『二毛作』という言葉は直接的で、そこから連想できる膨らみを見つけるのが難しいが、妻が考えたタイトルは、新たなことに挑戦する喜びや将来に向けての希望を表しているように思えてきたからだ。

        *

 7月1日になんとか書き終えて、パソコン上で推敲をして何か所か手を入れた。
 これでもう充分だと思った。それでも念のためにもう一度推敲すると、一か所、気になるところが見つかった。読点(とうてん)(、)だった。それを残すか削除するかで悩んだが、思い切って削除すると、ずいぶん読みやすくなったように思えた。
 すっきりして推敲を終えた。でも、終わりではなかった。もう一つやるべきことがあった。枚数確認だ。これが規定に達していないと応募すらできない。〈レイアウト→余白→ユーザー設定の余白→文字数と行数〉と操作を進めて、固唾を呑んで結果を待った。
 301枚だった。
 セーフ! 
 誰も見ていないのに、掌を下に向けたまま両手を広げるポーズをして、喜びを噛みしめた。
 さっそく妻に読んでもらうと、「直すところは特にないみたい」と笑顔が返ってきた。
〈よし!〉と拳を握った。それは大きなハードルが一つクリアできた瞬間だった。
 といっても、これで終わりではなかった。内容要約文があるのだ。原稿用紙3枚ほどと記載されている。つまり、301枚の原稿を1,200字にまとめなければいけない。
 すぐに取り掛かったが、予想外に難しかった。うまくまとめられないのだ。妻に相談すると、「物語の大筋を書けばいいのよ」とアドバイスしてくれたが、これが簡単ではなかった。大事なところを全部書こうとすると2,000字を超えてしまうし、短くすると端折(はしょ)ったような感じになって全体像が伝わらない。
 これには困った。頭を抱えたまま7月2日と3日があっという間に過ぎてしまい、締め切りまであと4日と追い詰められた。

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 翌日、見かねた妻が助け舟を出してくれた。2,000字を超える要約文を一読して、「描写しているところを全部削って」と言ったのだ。自分の気に入った表現を入れようとする余り描写部分が多くなっているという。「筋だけでいいの。あらすじに絞って書けばいいの」と念を押された。

 さっそく、描写の個所を全部削った。考え抜いて書いたところだったので身を()がれる思いだったが、読み返してみるとスッキリとまとまっていた。内容要約文に拘りを入れ過ぎてはいけないことがわかったような気がした。

 なんとか出来上がったので、5日と6日の2日間で原稿と内容要約文をもう一度読み返した。直すところはないだろうと高を括っていたが、そうではなかった。変換ミスや字抜けを何か所も見つけたのだ。それを直してすべて終了したのは、夜の11時だった。シャワーを浴びて、缶ビールを1本グビッと飲んで、ベッドに入った。