『人生ラン♪ラン♪ラン♪』~妻に捧げるラヴソング~


 その夜、下半身の違和感で目が覚めた。尿意を催していた。しばらく我慢していたが、どうにもならなくなって、トイレに行った。しかし、思ったほどの尿は出なかった。

 退職したあとくらいから尿意を感じて夜中に起きることが多くなった。日によっては2回行くこともあり、睡眠の妨げになっていた。だから、朝起きてもスッキリしない日が続いていた。年齢と共に機能が落ちるのは仕方のないことだが、まさか60代半ばでこうなるとは思っていなかった。夜中にトイレに行く度に落ち込んだ。

 気になり出した時にネットで調べてみたことがある。『夜間頻尿』という症状らしく、その原因は多岐に渡ると書いてあった。
『水分の摂り過ぎ』
『膀胱容量の減少』
『糖尿病や腎臓の障害』
『睡眠時無呼吸症候群』
 などがあるらしいのだ。
 今まで健康診断で病的なことを指摘されたことはないので、糖尿病や腎臓障害によるものとは考えられなかった。なので、一番可能性があるのは『水分の摂り過ぎ』だと思った。確かに、晩酌後はよく水を飲むようにしていた。アルコール濃度を下げるためには水分補給が効果的という情報を目にしたことがあるので、それ以来、水をよく飲むようになったのだ。
 しかし、それが夜間頻尿に繋がっているのなら考え直さなくてはならない。そう思って、さっそく就寝前の水分摂取を控えるようにした。それでも残念ながら、夜間頻尿は改善しなかった。となると、可能性が高いのは『膀胱容量の減少』だった。それには思い当たることがあった。現役時代の習慣の影響だ。
 現役時代、特に管理職になってからは会議が多くなった。長いものでは3時間を超えるものもあった。そのため会議の前には、尿意を催していなくても必ずトイレに行くようになった。会議中に〈ちょっと失礼〉はできないからだ。それだけではなかった。来客と応対する前や得意先訪問で外出する前には必ずトイレに行くようになった。尿意がなくても行くようにしていた。万が一のことがあるからだ。そういう習慣がついたせいか、家に帰ってからも、風呂に入る前や食事の前には尿意がなくても行くようになった。休日の散歩の前も同様だった。わたしは頻繁にトイレに行くことが習慣になっていたのだ。ということは、尿が膀胱に溜まり切る前に放出していたことになる。これが膀胱容量の減少に繋がったのではないかと疑った。

 我慢する!

 その時、頭に浮かんだ言葉はそれだけだった。退職したから会議はない。来客もない。取引先への訪問もない。何も心配する必要はないのだ。ギリギリまで我慢して、どうにもならなくなった時に行けばいいのだ。それが例え食事中でも構わない。妻は嫌な感じを受けるかもしれないが、事前に話しておけば問題ないだろう。そう考えて、さっそく実行することにした。
〈行きたくなっても行かない〉
〈辛抱たまらなくなってもあと1分我慢する〉
〈トイレに入ってもギリギリまで排尿しない〉
 これを続けた。流石に散歩などの外出の前には行っておかないとまずいと思ったが、よく考えたら、公衆トイレや店舗のトイレを利用すればいいのだから、外出前に無理してオシッコをする必要がないことに思い至った。外出先のどこにトイレがあるのかを頭に入れて出かければいいのだ。
 それと、我慢する時にグッと肛門を締めると効果があるように感じたので、毎日何回か繰り返すことにした。〈キュッキュッキュッ〉とリズムよく締めるのだ。これを入浴時と寝る前と朝起きた時に各10回することにした。でも、うまく締めるのは結構難しいことがわかった。肛門筋など鍛えたことがないので当たり前なのだが、思い通りにいかないのだ。
 それでも続けているとなんとかなるもので、そのうちに肛門周りの筋肉を感じながらしっかり締めることができるようになった。すると、肛門括約筋の筋トレが楽しくなってきた。家の中だけでなく、信号待ちをしている時やベンチに座っている時にもするようになったし、少しずつ回数を増やせるようになった。とはいっても、まだ始めたばかりなのではっきりとした効果は出ていない。それでも、〈継続は力なり! 努力は裏切らない!〉と信じて、今日も排尿前と排尿後に30回やった。寝る前には40回に挑戦するつもりだ。朝まで一度もトイレに行かずに済むことを念じて〈キュッキュッキュッ〉と締めるのだ。