・ニューカレドニアの国名は『フランス領ニューカレドニア』
・だから、公用語はフランス語。
・だから、元首はフランスの大統領で、国歌もフランス国歌。
・日本の南約7,000㎞に位置する島。
・1,600㎞にわたるサンゴ礁を有する島。
・面積は四国と同じくらい。
・人口は約25万人。
・首都はヌメア。
・通貨はフランス・パシフィック・フランで、1フランが約1円。
・チップの習慣はない。
・物価は日本より高め。
・ラグーンと呼ばれるサンゴ礁などでせき止められた浅い海が2007年ユネスコの世界遺産に登録されている。
・ニッケルの埋蔵量が多く、世界有数の生産量を誇る。
・日本との関係はニッケルの取引から始まって、今でも最大の取引国となっている。
そんな基本的なことを頭に入れた。
次は行き方だが、これは妻がすでに調べていた。
「直行便が出ているのよ。成田を12時30分に出て、ヌメア・トントゥータ国際空港に23時5分に着くの。フライト時間は8時間35分だって」
「ふ~ん」
「それに、時差が2時間だから楽よね」
「2時間か……、確かに楽そうだね」
海外旅行に行ったことがないから時差のことはよくわからなかったが、ヨーロッパやアメリカに行った人が昼夜逆転したなどという話を聞いたことがあるので、そうはならないような気がしてちょっと安堵した。
「あとは、どの席にするかなんだけど」
エコノミークラスかビジネスクラスかのどちらかを選ぶ必要があるという。これは予算との兼ね合いがあるので、妻の休日にじっくり考えることにした。
*
その日はすぐにやってきたが、昼食後に計算して色々と検討していくと、悩ましいことになった。一つに絞れないのだ。互いの希望が違うので仕方ない面はあるのだが、〈エコノミーで行って2週間滞在する案〉と〈ビジネスで行って1週間滞在する案〉で対立してしまったのだ。妻は〈1週間では短すぎる〉という理由でエコノミー案を推したが、わたしは〈初めての海外旅行だから滞在だけでなく機内でも楽しみたい〉という理由でビジネス案にこだわった。
「1週間なんてすぐに経ってしまうわ。慣れた頃に帰るなんてもったいないわよ」
「それはそうだけど、2週間もいたら暇を持て余すんじゃないかな」
「そんなことはないわよ。非日常の異国の地では1日があっという間に過ぎるから、暇を持て余すなんてことにはならないわよ」
「そうかな~」
よくわからなかったが、妻の勢いに逆らえないような気がしたし、それに彼女が中学生の頃から憧れていた場所ということもあり、無理に意見を押し通すのもどうかと思い始めた。そのせいで、「行きはエコノミー、帰りはビジネスで、10日間というのはどう?」と折衷案を提示した。すると予想外のことだったらしく、妻は目をパチクリとしたが、すぐに何かを考えるような表情になり、試算結果を書き入れていたノートを見ながら電卓を叩き出した。
それからあとは何かを書いては消し、書いては消しの作業が続き、わたしはただそれを眺めているだけだったが、しばらくして合点がいったかのような表情で妻は大きく頷いた。
「行きはエコノミー、帰りはビジネスで、2週間にしましょう」
「えっ、でも、それだと予算が……」
「大丈夫。外食を減らせばなんとかなるわ」
昼は外食をするが朝と夜はホテルの部屋食にして、それも、スーパーマーケットや惣菜店で買ったものを食べるという。
「ビールやワインもお店で買えば安く済むでしょ」
妻の中ではしっかり計算ができているようだった。
「でも、夕食を部屋で食べるのは侘しくない?」
わたしはレストランでディナーとワインを楽しみたいと思っていた。
「そんなことはないと思うわ。毎日違う惣菜店へ行って、見たことも食べたこともないものを買ってきて食べるのってワクワクすると思うの」
「そうかな~」
どういう食事になるのか想像がつかなかったので、すんなりと受け入れることができなかった。すると、「気が乗らない?」と妻がわたしの顔を覗き込むようにした。
「いや、そういうわけじゃないけど……」
妻から視線を外した。
「では、こうしましょ。もし美味しくなかったり楽しくなかったら外食に切り替えるというのはどう?」
「ま、それならいいけど。でも、そうすると予算オーバーになるんじゃないの?」
「その時はその時よ。オーバーした分は帰国してからの節約で補えばいいんだから」
節電、節水、節酒、節食などで帳尻を合わせるという。
「わかった」
帰国後の生活がチマチマしたものになるような気もしたが、先のことを考えてもしようがないので、これで手を打つことにした。
「では決まりね」
この話はもうおしまい、というように妻はノートをパタンと閉じた。
*
旅行の計画や予約は妻が引き受けるというので、これ幸いにわたしは再度、原稿書きの生活にどっぷり漬かることにした。でも、大きな壁が立ちはだかっていた。148枚を300枚にしなければならないのだ。〈どうすればいいか?〉と考えてはみたが、簡単に答えは見つからなかった。それに、必要のない文章を無理矢理くっつけても意味があるはずはないので、根本から見直すしかなかった。わたしはプロローグに立ち戻って書き直すことにした。
しばらくあれこれ考えていると、何故かふっとサラリーマン生活最後の日のことが思い出された。朝起きた時に見た雨と朝食、妻が車で駅まで送ってくれたことや雨に濡れた紫陽花がとても綺麗だったことが鮮明に蘇ってきた。すると、〈これだ!〉という心の声が聞こえた。パソコンのキーボードに指を置くと、誰かに導かれるように指が動き出した。
1時間ほどでプロローグを打ち終わった。読み返してみた。第1稿とはまったく違っていい感じになっているように思えた。何か方向性が見えたような気がした。この感じで書いていけばうまくいきそうな気がしたので、それを信じて書き進めることにした。
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11月最終日にやっと200枚まで書き進めることができた。あと100枚だ。年末までに書き上がるためには1日3枚強のペースで書けばいいことになる。
それは十分可能だと思ったが、気を緩めることはできない。何があるかわからないからだ。体調が悪くなる場合もあるだろうし、急な用事ができることだってある。スランプのようになることも考えられる。だから、目標を1日5枚に定めて、それを完遂することにした。
*
幸いなことに、体調不良も急な用事もなかった。極端なスランプにも襲われなかった。だから、12月24日にエピローグを書き終わることができた。枚数は306枚。初めての長編が完成した。それを印刷して大きなクリップで挟んで本棚に仕舞った。旅行から帰ってくるまで寝かせておくのだ。その間、食材のように熟成することはないが、劣化することもない。ただそこでじっとして、わたしが新鮮な気持ちで推敲を始めるのを待っていてくれるのだ。
「来年会おうね」
一旦小説から離れられる安堵に包まれて、『人生二毛作』にしばし別れを告げた。



