翌朝、歯磨きと洗顔を済ませてリビングのドアを開けると、鼻歌が聞こえてきた。妻は上機嫌のようだった。「おはよう」と声をかけると、少し照れたような表情でわたしを見つめた。「おはよう」と返してくれたが、わたしも少し照れ臭かった。
「食べる?」
「うん」
椅子に座ってモーニングショーを見ていると、トーストと目玉焼きとサラダとミルクをトレイに乗せて妻が運んできた。
わたしがトーストにバターを塗っていると、妻は旅行誌を持ってきて、わたしの前に座った。そして、栞が挟まれたページを開けてわたしの方に向けた。〈天国にいちばん近い島〉という文字が目に飛び込んできた。
「ニューカレドニアに行きたいの」
中学生の時、『天国にいちばん近い島』という本を読んで以来、いつか行ってみたいと思っていたのだと言った。
「イギリス領?」
「ううん。フランス領」
「フランスか~」
わたしが知っているフランス語は、「ボンジュール」と「メルシ」と「マダム」と「マドモアゼル」くらいだった。
「大丈夫かな?」
「何が?」
「言葉」
「言葉?」
「うん。英語ならなんとかなるかもしれないけどフランス語は……」
フランス人は英語を喋れる人でもわからないふりをするというのを聞いたことがあったから、ちょっと不安になったのだ。
「大丈夫よ、観光地なんだから。それに、オーストラリアの人もよく遊びに行っているらしいからなんの問題もないと思うわ」
妻はまったく心配していなかった。
「ならいいけど……」
すると、〈言葉の件はそれで終わり〉というように妻は話題を変えた。
「1月の平均気温は27度くらいだって。でも、カラッとしているから、爽やかな暑さみたいよ」
「へ~。ということは、出発する時は冬のコートで、向こうに着いたらTシャツか~、いいね」
さっきまでの心配が嘘のように消え、青い空と青い海が脳裏に浮かんだ。すると、いきなり海岸で寝そべるビキニ美女の姿が鮮明に現れた。もしかしたらトップレスが見られるかもしれないと思うとイソイソしてきた。
「なんか、変な目してる」
妻の鋭い勘がわたしの妄想を止めた。ちょっと慌てたが、すぐに目を真面目にして言葉を継いだ。
「いいんじゃない。ニューカレドニアにしようよ。爽やかな風に吹かれて、のんびりするのも悪くないと思うよ」
「本当?」
わたしは大きく頷いた。
「やった!」
妻が小躍りした。本当に嬉しそうだった。妻の喜ぶ姿を見て、わたしも嬉しくなった。といっても、わたしはニューカレドニアのことを何も知らない。だから、妻がアルバイトに行っている間、旅行誌だけでなくネットでも情報を収集した。



