出勤のない毎日が始まった。365連休の生活が始まったのだ。それは、前期高齢者としてのスタートでもあり、退職翌日から色々な通知や案内の整理に追われた。65歳を迎える誕生日前から各種案内が自宅に届いていたからだ。
最初に届いたのは市役所からだった。『高齢者肺炎球菌ワクチン予防接種のお知らせ』
高齢者か……、
世間では65歳になるとみんな高齢者と呼ばれ、自分もその対象になったことを改めて思い知らされた。
次は、『介護保険被保険者証』。三つ折りになった薄緑色の紙で、介護保険の加入者であることの証明書らしい。要介護度の認定申請などの際に必要になるものなので、大切に保管してくださいと書いてある。
そうですか……、
受け取った時と同じようにため息が出た。
次の通知を手に取った。日本年金機構からのものだった。『年金請求書兼加給金勧奨状の提出のお願い』
これを妻に見せた時の彼女の反応が蘇ってきた。65歳からの受け取りを希望するか、年金の繰下げを希望するかを選択するのだが、「繰下げる余裕はありません」と一刀両断にしたのだ。そして、「私たちの暮らしがどんなに大変なのかわかってないのよ。こんな通知を庶民に送ってくるなんて信じられない」と思い切り頬を膨らませた。まるでフグが膨れたように。それに異論はなかったが、その顔を見て思わず笑ってしまった。
それから……、
そう、この3通。市の総合保健センターから送られてきた『成人歯科健康診査のご案内』と『胃がんリスク検診のご案内』と『前立腺がん検診のご案内』
初めて案内を見た時に出たため息は結構大きかった。今まで会社がお膳立てしてくれていた福利厚生に関することをこれからは自分でやらなくてはいけないことに気づいたからだ。会社を卒業するということは、そういうことなのだと思い知らされた。
これらの通知や案内は老後という言葉を意識させられるものばかりで、読んでいて楽しいものではなかったが、中には嬉しいものもあった。そう、これ。鉄道旅客会社からの『クレジットカード申込書』。65歳以上の人が申し込むと、201キロメートル以上の鉄道料金が30パーセント引きになるという。加えて、夫婦会員になると65歳未満の妻の切符も30パーセント引きになると書いてあった。妻と顔を見合わせた瞬間、申し込みを即決した。
「他にもあるんじゃない?」
妻の言葉に促されて、65歳以上の割引サービスをネットで探してみた。
・リムジンバスが35パーセント引き
・遊園地入園料が10パーセント引き
・水族館入館料が15パーセント引き
・動物園入園料が半額
・温泉の入湯料が100円引き
・美術館や博物館の入館料が無料
無料という表示を見た時、目ん玉が飛び出しそうになって思わず妻の顔を見た。妻も同じような目をしていた。顔を見合わせながら、「悪くないわね」「悪くない」と言葉を交わした。年金生活の始まりは人生の楽園の始まりかも知れない、その時はそう思うことにした。
しかし、実際にはどうなんだろうか?
楽園になればありがたいが、そう簡単なものではないだろう。目の前の通知や案内を眺めながら、これからの日々に思いを巡らせた。



