「早くご飯を食べて、歯磨きしようね」

 中々食べ終わらない娘の輝夜(かぐや)に向かって、素羅(そら)宙子(ちゅうこ)が急かした。

「パパに会えるって本当?」

 輝夜は宙子の顔を覗き込んだ。

「本当よ。今夜会えるわよ」

「わ~い、わ~い、パッパと会える、会えるんだ♪」

 輝夜は宙子の周りをぐるぐる回って、歌うように何度も同じ言葉を続けた。それを笑みを浮かべて見ていた宙子は、輝夜に歯磨きをさせてからベランダへ連れ出した。

「パパは、あそこにいるのよ」

 夜空を指差した。

「どこ? どこにいるの?」

「あそこよ、あそこ」

「お月様?」

「そう、そこにパパはいるのよ」

「あんなに遠いとこに……」

 輝夜は宙子の手を握った。

「あそこからパパが来るの?」

 とても不安そうに言った。

「そうよ。もうすぐ会えるからね」

 すると、その通りになった。

「輝夜、パパだよ」

「パパ~♡」

 輝夜はパパに向かって手を振った。

「元気かい?」

 輝夜は大きく頷いた。

「ママの言うことを聞いて、よい子にしてるかい?」

 もっと大きく頷いた。

「とってもいい子よ」

 宙子が微笑んだ。

「もっとよく顔を見せておくれ」

 輝夜が近づいた。

「ピンクのリボンが可愛いね」

 輝夜は嬉しくなってリボンで結んだ髪をくるんとしたが、次の瞬間、目の前からパパの顔が消えた。

「パパがいなくなった……」

 宙子に向かって半べそをかいた。

「大丈夫よ、心配しないで。すぐに戻るからね」

 輝夜を後ろから抱きしめた。

「パパ~」

 すると、呼びかけに応えるように、パパの顔が戻ってきた。

「ごめんね、もう大丈夫だからね」

 輝夜はパパの顔を触った。
 その瞬間、また、パパの顔が消えた。

「パパ~」

 今度は呼びかけても、パパの顔は消えたままだった。

「ママ~」

 輝夜の目から大粒の涙がこぼれた。

「大丈夫よ。少し待てば会えるからね」

 宙子は輝夜の涙を指で拭った。

「あっ、パパ♪」

 パパの顔が戻ってきた。

「もう時間だからバイバイするね。輝夜、パパにキスをして」

 輝夜はパパの口にキスをした。

「愛してるよ」

 パパが笑顔で手を振ると、輝夜も一生懸命手を振った。しかし、3秒後にザーという音と斜めの線しか見えなくなり、輝夜はまた泣きそうになった。それをなだめるように宙子は輝夜を後ろから抱きしめて、語りかけた。

「パパは、お月様でお(うち)を作っているのよ」

「本当?」

 一転して輝夜がにっこりと笑った。

「お月様のお家に輝夜も住みたい」

 満月に向かって小さな指を差した。

「パパみたいに宇宙飛行士になったら、輝夜も行けるよ」

「うん。輝夜もパパみたいになる」

 二人が見上げた満月が、パパの笑顔のように輝いた。

        *

 幸せな夢だった。目覚めた時、気持ちがほっこりしていた。そのせいか、ぐずぐずせずにベッドを抜け出して、顔も洗わずパソコンに向かった。

 習作3作目が完成すると、タイトルがすぐに浮かんできた。

『天空からのアイラヴユー』

 でも、印刷はしなかった。これを妻に見せるわけにはいかない。思い切り笑われるのが決まっているからだ。「おままごとみたいな作文」って言われるに違いない。だから、妻には見せないことにした。見せないことにはしたが、自分では気に入っていた。幼稚かもしれないが、自分の中に残る無邪気な心が嬉しかった。

 童話も書いてみたいな……、

 ふと、そう思った。