「仰る通りだと思います。単純にオーナー経営者とサラリーマン経営者を比べると、オーナー経営者の方が事業に対する想いも将来を見据える力量も段違いに上をいっているのは間違いないでしょう。思い切った投資ができるのはオーナーであるからこそとわたしも思います。しかし、残念ながら人には寿命というものがあります。オーナーと言えども未来永劫経営を続けることはできません。誰かにバトンタッチしなければならなくなります。それはとても難しい決断で、誰を後継者に選ぶかによって企業の未来にとても大きな影響を及ぼします」
「その通りです。オーナーが経営から手を引く時は親族へ承継することが多いと思いますが、そうでなければ自分の想いを託せる人物にバトンを渡します。しかし、オーナーの想いがその後も継続されることはほとんどありません。創業時のことをほとんど知らないサラリーマン社長に引き継がれていくからです。そうなると、オーナーが経営していた時のダイナミックさは消えて普通の会社に成り下がることが多いのです。例えばソニー」
えっ?
またしてもわたしの頭の中を見透かされた。
先見さんて魔法使い?
と思った途端、言葉が継がれた。
「2人の奇才経営者によって設立されたソニーは誰も思いつかないような画期的な製品を次々に開発して世界を席巻していきました。代表作として『ウォークマン』があります。それまで音楽は家で聴くものというのが常識でしたが、その常識をひっくり返したのです。音楽は外でも聴けると。天地をひっくり返すような素晴らしい発想でした。それは若者を中心に熱烈な支持を受け、全世界で受け入れられるのに時間はかかりませんでした。正に一世を風靡したのです。しかし、2人の創業者が次々にこの世を去ると、次第にその輝きは失われていきました。特に、ガバナンスやマーケティングを重視する人物が経営者として采配を振るうようになると、画期的な新製品は出なくなり、どこにでもあるような普通の会社になっていきました。『常識を打ち破れ!』という創業者の想いは忘れ去られ、常識的な良い会社を目指すようになったのです。それでもソニーらしさを失わなかったひとたちもいました。例えば『プレイステーション』の開発に携わった人たちです。そのリーダーはとても独創的な人で、かつ独特な性格の持ち主でもあったようです。だから上層部の中に理解者が少なかったとも言われており、プレイステーションが1兆円の事業になったこともあって副社長までは上り詰めましたが、社長になることはありませんでした。そしてその後、ソニーを去ることになりました。彼が社長になっていたらソニーはどうなっていただろうか、と時々思うことがあります。あくまでも勝手な想像ですが、今の何十倍、何百倍も面白い会社になっていたのではないでしょうか。『常識を打ち破れ!』という創業者の想いに応えて奇抜なチャレンジを続けていたのではないかと思います。もしかしたらアップルに先駆けてスマホを開発していたかもしれません。そんな気がします。逆に言うと、今のアップルがあるのはソニーのお陰のような気がします。彼を社長に抜擢しなかった当時の経営陣の失敗が現在のアップルを生みだしたと言えるのかもしれません」
その通りだった。わたしが思っていたことを完璧に代弁してくれた。ソニーの凋落は後継者選びの失敗だと思っていたのだ。
「異質が同質にはじき出されたのではないでしょうか。奇才が常識人にはじき出されたと言い換えてもいいかも知れません」
一旦口を開くと、止まらなくなった。
「日本は単一民族の国で、いわば同質の国です。『村八分』という言葉がある通り、掟や秩序を破った者ばかりではなく、考えや行動の異なる者を弾き出す傾向があります。また、『出る杭は打たれる』という言葉もあります。才能や手腕があって抜きんでている人は疎まれたり憎まれたりすることが多いのです。そういう状況の中では『独創』というものは出にくくなります」
「まさにその通りですね。私が声を大にして言っていることは駿河台さんの研究テーマと合致していると思います。『常識を打ち破れ=独創』は異質の中からしか生まれないのです。同質の人間がいくら知恵を絞ってもいくら議論しても決して出てきません。でも、日本人は仲間意識が強く、一匹狼を嫌います。常に異質を排除しようとします。だから独創は生まれないのです」
そして、核心に向かうように言葉を継いだ。
「もしソニーで異質とされた彼が組織の一員ではなかったら、もし彼がアメリカで生まれていれば、私はいつもそう考えてしまいます。先ず組織の一員という観点から考えてみると、日本にもソフトバンクの孫さんやユニクロの柳井さん、日本電産の永守さんなど、異質・異能な経営者はいます。彼らは常識を疑い、壁をぶち破り、世界で戦い、現在の地位を築きました。それは、創業者兼オーナーだからできたのです。サラリーマンだったら無理だったでしょう。村社会の日本においてはまさしく出る杭は打たれるからです。ですので、ソニーの彼がより大きな挑戦をしようとすれば、若いうちに独立するしかなかったのかもしれません。次に、アメリカで生まれていたらという観点で考えてみると、日本においては彼は異質・異能ですが、アメリカにはそんな人はごろごろいます。アップルのスティーヴ・ジョブズ、アマゾンのジェフ・ベゾス、テスラのイーロン・マスクなど、数え上げればキリがありません。何故なら、アメリカにおいては人と違うことが称賛されるからです。だからエンジェルと呼ばれる個人投資家は血眼になって異質な人や異能者を探すのです。そして彼らを全面的にバックアップするのです。だから資金が集まります。その資金を手にした経営者は事業に集中的に投資することができるので、急速な成長が可能になります。そういう背景があるので次々にベンチャー企業が誕生します。そしてその中から既存の価値を破壊するブレークスルーが生まれるのです。ダイナミックですよね」
揺るぎない眼差しになった彼は核心に踏み込んでいった。
「どの組織の中にも異質や異能な社員は存在します。問題は、そういう人材を発掘し抜擢する風土があるかどうかです。経営者が後継者を選ぶ時にその要素を重視するかどうかです。ソニーには風土はありましたが、当時の経営者がその要素を軽視してしまいました。というか、理解していなかったのかもしれません。その結果、ソニーらしさは失われ、画期的な新製品は途絶え、長期低落へと坂を転がり落ちていったのです。見るも無残に」
わたしは大きく頷いた。体の中に溜まったマグマが噴き出しそうになっていた。しかしその時、「あなた」という控え目な奥さんの声が口の動きを封じた。目を向けると、奥さんが置時計を指差していた。10時を回っていた。あれから3時間も経っていた。先見さんは驚いたように大きく目と口を開けたが、ハッとした様子ですぐにスマホを掴んで、タクシーを呼んだ。数分で来るという。わたしは慌ててトイレを借りて、お礼もそこそこにバタバタとお暇した。



