「アメリカは気づきました。同質の競争から卒業しなければならないと。つまり、改良とコストダウンで戦うレッドオーシャンを捨て、独自技術で悠々と泳ぐブルーオーシャンを選んだのです」

 それを聞いて、独自技術で躍進している企業が次々と頭に浮かんできた。マイクロソフト、アップル、アマゾン、グーグル、フェイスブック、そして、テスラ。
 特に、テスラの株価上昇には目を見張るものがあった。自動車業界で世界一の時価総額を誇るトヨタ自動車に肉薄していたのだ。販売台数では30倍近くの開きがある両社の時価総額が逆転するかもしれないと市場では囁かれており、それはガソリン車から電気自動車へ覇権が移り変わることを見越した動きのように思えた。そして、米国、中国、欧州と次々に生産拠点を構えていくテスラの将来価値を反映しているように見えた。しかし、電気自動車への移行は誰もが認識していることだった。なのに、

「なぜ日本の自動車メーカーはテスラの独走を指をくわえて見ているのでしょうか?」

 日頃感じている疑問を先見さんにぶつけると、間髪容れず速球が返ってきた。

「日本の自動車メーカーは秀才が経営し、テスラは奇才が経営しているからです」

 秀才は常識的な経営しかできないが、奇才は破天荒な経営ができるからだという。

「それに、オーナー経営者とサラリーマン社長の違いも大きいと思います」

「確かに、わかるような気がします。決断力の違いが出ているのですね」

「そうです。選択と集中、そして、深耕に大きな違いが出ているのです。つまり、攻めるべきところを一点に絞り、そこを徹底的に深掘りする決断ができるかどうか、それが勝負の鍵なのです」

「なるほど。確かにそうですね。ガソリン車、ディーゼル車、ハイブリッド車、電気自動車、水素自動車と多面的な展開をしている日本の自動車メーカーはどうしても投資が分散してしまいますからね。テスラのように電気自動車に絞っているメーカーとは集中度が違いますね」

「そうなんです。日本に限ったことではありませんが、レガシーを引き摺りながら経営している経営者は思い切ったことができないのです。特にサラリーマン経営者はその傾向が強くなります。自分の任期中だけのことを考えていますから、10年先、20年先を見据えた戦略的決断ができないのです」

 確かに、任期が4年や5年だと思ったら目先の利益を重視してしまうだろう。その結果、思い切った投資ができず、将来に向けた布石が打てなくなる。納得して頷いていたら、大きな声が耳に飛び込んできた。

「目先の利益を追う者は将来の利益を失う!」

 えっ! 

 まさか今考えたことと同じ言葉が彼の口から飛び出すとは思っていなかった。

 もしかして先見さんはわたしの頭の中が見えるのだろうか? 

 と思う間もなく話は先に進んだ。

「対してオーナー経営者の強みは、どんな会社にしたいかというビジョンに基づいて10年先、20年先のあるべき姿を見据えることにあります。子供の成長を見守る親と同じですね。どんな人になって欲しいか、そのためにはどのようなことが必要か、どのような支援をすればいいか、常に先々のことを考えていますよね。それと同じように会社の成長を見据えるのです。だから思い切った決断をし、思い切った投資ができるのです」

 確かにその通りだと思った。意を強くしたわたしは、ある電機メーカーのことを頭に思い浮かべながら日頃考えていることを口にした。