前回、先見邸にお邪魔してから1か月が経った。8月2日。日曜日。今日も朝からまっ晴れで、雲一つなく、最高気温は31度、降水確率はゼロパーセントと予報が出ていた。
テレビのニュースは相変わらず新型コロナ関連ばかりだった。感染者が急増して1,500人を超え、1,000人を超えるのは4日連続だとアナウンサーが伝えていた。東京は500人に迫っており、都知事は都独自の緊急事態宣言の検討が必要かもしれないと危機感を露わにした。大阪と福岡も例外ではなかった。感染者数が100人を超えていた。両知事には不気味な足音が聞こえているようだった。沖縄でも感染者数が急増していて、直近1週間の人口10万人当たりの感染者数は全国最悪になっていた。沖縄県知事は医療体制の崩壊が目前であるとして強い危機感を表し、感染者が多く出ている地域からの訪問は控えて欲しいと訴えた。
最近の全国的な感染者数増加は世論の反対を押し切って実施した『Go Toトラベル』が悪影響を及ぼしているのではないかと言われており、経済との両立に舵を切った政権に対する疑念が報じられていた。その上、感染者数ゼロが続いていた岩手県も7月29日に初の感染者が報告され、日本全体に先の見えない憂鬱感が漂っているように思えた。
もうこれ以上、深刻な表情でニュースを伝えるアナウンサーの顔を見る気がしなかった。テレビを消してCDをセットした。
『TIZIAN JOST TRIO』の『WE WILL MEET AGAIN』
澤野工房の2010年発売作品。
最近、澤野工房にはまっている。ナチュラルな音が心を癒してくれるからだ。新型コロナによって窮屈な生活を強いられ、鬱屈とした毎日を過ごしているわたしにとって必需品となりつつある。
1曲目が始まり、心地良い風が吹いているようなピアノの音が部屋を包み込んだ。その瞬間、気分が爽やかになって、体が少し軽くなってきた。すると、ご飯を食べようという気になった。大きく背伸びをしてから台所で準備を始めた。
トーストとハムエッグとプチトマトとミルク。普段と変わらない朝食だったが、気持ちの良い音楽のせいか、いつもよりおいしく感じられた。そのせいかちょっと元気が出てきたので、溜まっていた洗濯物を洗濯機に放り込んで、洗い上がるまでの間に部屋の掃除をした。髪の毛やほこりが結構落ちていて驚いた。もう少しマメに掃除をしなければと反省した。
気を取り直して、今日着ていく服をチェックした。待ちに待った先見邸訪問の日なのでお洒落をしようとシックな肌色のタンクトップに黒のマキシスカートを合わせて鏡に映したが、ちょっと気になった。暑いといっても上半身の肌が露出しすぎるように感じたからだ。それに、タンクトップがピッタリすぎて胸のラインが出すぎかもしれない。独身男性とのデートならバッチリだが、60代後半のご夫婦にお目にかかる装いではないような気がした。もう少しおとなしいものにすることにした。
すぐに白の半そでブラウスとブルーのマキシスカートに着替えたが、それを待っていたかのようにスマホが呼び出し音を発した。先見さんからだった。奥さんの具合が悪いから今日は中止にしてもらいたいという。熱中症かもしれないと心配そうだったので、「お大事になさってください」と言って電話を切ったが、ちょっと気になった。体調不良=新型コロナ感染という疑念がどうしても浮かんでくるからだ。
今の時期に体調を崩したり熱を出すのは本当に怖い。咳をしたり鼻を噛んだりするだけで変な目で見られる。体調管理は万全にしておかなければならない。
それと、誹謗中傷が酷い。感染した本人や家族に対してもそうだが、医療関係者に対する差別や偏見が目に余る。医師や看護師本人に対するものだけでなく、その子供にも影響が及んでいる。幼稚園や学校で虐められることが多いようで、日本全国に魔女狩りと村八分が蔓延しているとしか思えない。
日本人は親切だと外国人は評価してくれるが、昨今の状況を見ていると、とてもそんなふうには思えない。
偏見を持つ排他的な人が増えているのだろうか?
それとも二面性の裏側が顕在化しているのだろうか?
困った時には助け合おうという精神を思い出して欲しい。
着ていた洋服を脱ぎながらブツブツと言い続けた。
ショートパンツとTシャツに着替えたが、先見邸訪問が中止になってやることがなくなった。読みかけの論文を手にしたものの、文字の上を目が滑るばかりで頭に入ってこない。読むのを諦めると何もする気がしなくなったのでベッドに横になったが、それを待っていたかのように曲が変わった。
『I`ll CLOSE MY EYES』
誘われるように夢の中に落ちた。



