先見邸から自宅に戻ってからも興奮状態が続いていた。先見さんのソニー愛に触れた影響はかなり大きかったようだ。社員でもないのにあんなに熱弁を振るう姿を目の当たりにして、ソニーが築き上げてきたブランド力や影響力の凄さを改めて実感した。
だからか、ソニーと共にホンダが急成長し、日本中の若者の心を震わせていた頃のことが知りたくなった。しかし、物心ついた頃には2社共に大企業になっていたし、当然ながら創業者は一線を退いていた。それに、残念なことに家にソニー製品はなかった。車もホンダではなかった。2社についての話を両親から聞いた記憶もなかった。
なので、どういう存在だったのだろうかと思いを巡らしていると、アップルとテスラが脳裏に浮かんだ。多分そんな感じかな、と思ったが、すぐに違和感を覚えた。国も時代背景も違う両社を結びつけることは無理があるような気がした。
それでも、ソニーとホンダの成長の源泉に対する興味は益々募っていった。もっと深掘りしたくなった。もちろん、異質学の研究者としてある程度の情報は持っているが、更なる情報収集が必要だと感じたのだ。
国会図書館へ行って未知の資料を集めようか?
そう思った途端、別のアイディアが湧いてきた。
そうだ、教授に訊けばいいんだ。
安易な考えかもしれなかったが、それ以上に確実で効率的なことは思い浮かばなかった。時間をかけて資料を当たるよりも異質研究の第一人者に訊くのが一番だと確信したからだ。
善は急げ!
牟礼内教授に電話をすると、「いつでもどうぞ」と明るい声が返ってきた。そして、「暇を持て余しているから」と続いたが、それが本当のこととは思えなかった。あの教授が無為に時間を潰すわけはないからだ。
*
翌日、渋谷で手土産を買って、井の頭線に乗り、教授の自宅の最寄り駅に向かった。
吉祥寺の一つ手前の駅、井の頭公園駅で降りた。改札を抜けると、すぐ右側に公園が広がっていた。約束した14時まで少し余裕があるので池の周りを散歩することにした。
平日なのに結構、人が多かった。ほとんどの人はマスクをしているので不安はなかったが、それでも念のためにできるだけ人が少ないところを探して歩いた。
ひょうたん橋を渡って左手にまっすぐ進むと、何隻ものボートが湖で遊んでいた。その先を目で追うと、左側に橋とボート乗り場が見えた。七井橋だ。丁度、池の真ん中を横断しているようにかかっている。
その橋の中央辺りに人が集まっているので、何かいるのかな、と思って近づいてみると、水に浮いた巣の上でじっとしている水鳥が目に入った。全体的にこげ茶色で首のところだけが赤くなっている。カルガモとは違うしな~、と思いながらカメラやスマホを構える人たちの話を聞いていると、カイツブリだということがわかった。親鳥になっても30センチに満たない大きさだという。
そうか、この鳥のことだったんだ……、
先見さんから貰ったメールを思い出した。そこには、『池ではカイツブリが子育て中で、縞模様のヒナが親鳥を追いかけて餌をねだる姿がたまらなくかわいいです。しかし、ちょっと前まではその姿を見かけることもありませんでした。カイツブリの主な餌は在来魚のモツゴなのですが、外来種のブルーギルに占領されて数を減らしてしまったからです。それで関係者が危機感を持ったせいか、二度のカイボリ(池干し)を行って外来魚を駆除することができたため、モツゴの数が増えて子育て環境が整い、あちこちでヒナが生まれているのです。まだ抱卵中の親鳥もいるので、卵から孵る日を楽しみに待っているところです』と書いてあった。
もしかして生まれたのかな、と思いながら見つめていると、羽の中から小さな鳥が顔を出した。するとその瞬間、周りから「わ~」とか「かわいい」という声が上がった。ほんとにちっちゃくてかわいかった。
目が離せないでいると、近くの水面に姿を現したもう一羽のカイツブリが近寄ってきた。父親だろうか? 小さな魚のようなものをくわえていた。それを見つけたのか、羽の中に隠れていたヒナが外に飛び出して、ちっちゃな体で泳ぎ始めた。そして接近するや否やその魚を嘴で奪い取り、飲み込むとすぐにまた元の場所まで泳いで、羽の中に潜り込んだ。
見てて、なんか感動した。
生きてるんだな~って、
必死になって生きてるんだな~って、
あんなにちっちゃいのに頑張ってるんだな~って、
じわ~っと体の中から熱いものが込み上げてきた。
すると、〈わたしも頑張らなきゃ〉ってそんな気持ちになった。
よし!
ヒナに貰った元気をパワーに変えて教授の家に向かった。



