それからしばらく音楽のことで盛り上がったが、それが一段落した時、わたしは用意していた質問をぶつけた。
「ソニーが復活しているようですが、どうお感じですか?」
2019年3月期で過去最高益を出し、一時の業績低迷からは脱したと誰もが感じていた。しかし、先見さんは頭を振った。
「う~ん、どうですかね。直近の決算では減収減益になっていますし、まだ復活とは言えないのではないでしょうか。それに、ソニーらしさという面で見るとまったく回復していないように思いますよ」
意外な返答だったので、「と言いますと」と問うと、「画期的な新製品が出ていないですよね。ゲーム事業とイメージセンサーなどの産業用部門が健闘していますが、ソニーのお家芸の家電部門がさっぱりだから、復活なんてとても言えないんじゃないかと思っています」と不満そうな声が返ってきた。創業者が次々に送り出した画期的な家電新製品が出ない限り本当の復活とは言えないと言うのだ。
「それに、ブランド力の低迷も気になります」
世界のブランドランキングでソニーは50位にも入っていないと顔を曇らせて、「56位なんて聞いたら創業者が腰を抜かしますよ」と顔をしかめた。世界のトップクラスを快走していた当時の面影はまったくないという。
「ブランドに対する意識の低さも気になりますね」
そして徐にスマホをテーブルの上に置いた。アップルだった。テレビを指差した。シャープだった。両方ともソニーにしようかと思ったこともあったが、ブランドに愛着が持てなかったという。
「スマホが『エクスペリア』で、テレビが『ブラビア』って言われてもピンとこないですよね。エクスペリアは『Experience』を基にした造語で、ブラビアは『Best Resolution Audio Visual Integrated Architecture』の略だということですが、説明されないとわからない言葉をブランドに使うべきではないと思うんですよ。私が社長なら、スマホは『ソニーフォン』、テレビは『ソニーTV』にしますけどね」
その声には批判というよりも悔しさが滲んでいるように思えたので、「先見さんて、もしかして」と訊くと、彼は大きく頷いた。
「ソニーが大好きです。大ファンです。ホンダと共にソニーは若い頃の憧れであり、夢と希望と勇気を貰っていました。私と同年代の人は皆そうだと思います。だからなんとしてでも復活してもらいたいのです」
それでわかった。大好きだからこそ辛口だったことを。
「可愛さ余って憎さ百倍ではないですけど、なんか裏切られたような感じがして、どうしても辛口になってしまうんですよね」
もどかしそうに、居たたまれないように首を横に振った。
「最初に結婚した時は家の中にソニー製品が溢れていました。テレビ、ビデオ、ステレオ、ラジカセ、ウォークマン。映像機器、音響機器はすべてソニー製品でした。でも、再婚した今の家には何もありません。ソニー製品は何もないのです」
信じられますか? というような視線が送られてきたので部屋の中を見回すと、確かにソニーのロゴが付いている製品を見つけることはできなかった。わたしの部屋と同様、ソニー製品は皆無だった。
「ただでさえ消費者からどんどん遠ざかっているのに、その上、エクスペリアだのブラビアだの訳のわからないソニーとはなんの繋がりもないブランド展開をしているのが信じられないんですよ。そんなものに莫大な広告宣伝費を使っているのが信じられないんですよ。もっと『憧れのソニー』ブランドに集中しなければだめなんですよ。プレイステーションは独り立ちできた数少ないブランドですけど、わたしだったらソニーステーションにしますよ。ソニーこそが唯一のブランドなんですよ。それに早く気づいて欲しいんですよ」
製品力を貶しているわけではないのですが、と言い添えた彼の目が少し充血しているように見えたが、それだけでなく、悔しさともどかしさとじれったさが全身に表れているように感じた。それは、連敗続きの野球チームに歯がゆい思いをしている応援団長のようでもあった。



