紅葉のプラハから雪のプラハに映像が移る頃に食事が終わると、「冬から春への映像はあとで見せていただきますね」と先見さんはDVDプレーヤーからディスクを引き出して、ケースに仕舞った。そして、「バックグラウンドミュージックにはどれがいいかな~」と言いながらCDを探し始めたので、「もしよろしかったら、これをかけていただけませんか?」と持参したCDを差し出した。すると、気を使わせて申し訳ない、というような表情になったが、タイトルを見て戸惑いの声が出た。
「セルジュ、デ……」
「SERGE DELAITE TRIOです」
「デラートと読むんですね。それで、タイトルが『TIME AFTER TIME』ということは、何度も何度も、か……」と言いながら、時計が3個イラストされた表紙を食い入るように見つめた。そして、「ふ~ん」と声を発してからアルバムジャケットを裏返すと、「Sawano……。あっ、澤野工房だ」と驚きの声が出た。
そう、わたしが持参したCDは大阪・新世界の通天閣近くにある老舗履物屋さんが立ち上げたジャズ・レーベルのものだった。取り扱うピアノトリオの質の高さに定評のある知る人ぞ知るレーベルで、その中でも特に気に入っているアルバムを持参したのだ。
先見さんがCDプレーヤーにセットして再生ボタンを押すと、小気味よいピアノの音が流れてきた。タイトルナンバーだ。気持ち良くスイングしている。先見さんと目が合うとニコッと笑ったので笑みを返すと、すっと立ち上がって、踊るような足取りで台所へ向かった。どうしたのかな、と思っていると、新たなお酒を持って戻ってきた。スペインに行った時に持ち帰ったシェリー酒だという。
「前回がポートワインだったので、今回はこれにしました」
地中海に面したアンダルシア地方の酒精強化ワインで、今日は辛口を開けるという。
「暑いから炭酸割りにしましょう」
シェリーを1:炭酸を2の割合になるように注いでミントの葉を添えてくれたので、鼻に近づけると爽やかな香りに包まれ、飲むと口の中に涼が広がった。
その時、曲が変わった。クラシックのメロディーが流れてきた。バッハの『INVENTION NO.13』だ。それが前奏であるかのように自然な流れでジャズに継いだ。『MOON AND SAND』
この流れは何度聴いても見事だ。いつものように感心していると、先見さんもオオッというような表情を浮かべ、奥さんはマァ~というような顔になった。これも気に入ってくれたようだ。良かった。ほっと息をついた。



